第8話 父の仕事
「ミミ、入るよ」
父さまと母さまが一緒に部屋に来てくれた。
全然眠れなかったので、二人の来訪はとても嬉しい。
「父さま、母さまどうしたの?」
「きっとミミが眠れないんじゃないかと思ってね。様子を見に来たんだ」
「それに初めてのお部屋でしょう? 広いし、怖がっていないかと心配だったの」
確かに、今まで住んでいた別荘の倍以上広い部屋だから、普通の五歳の子供なら怖く思うかもしれない。
これからのことを考えていたというのもあるけれど、精神年齢が大人の私からすれば、まるで高級ホテルのスイートルームのような部屋に暮らせることになって、嬉しいとしか思っていなかった。
「本当? 嬉しいです! 怖くて眠れないから、何かお話して欲しいです!」
私がおねだりすると、両親はそれぞれ私の横に来てくれた。俗に言う”川の字”状態だ。
生まれて初めての親子の”川の字”を異世界で体験するとは思わなくて、何だかとても恥ずかしい。それでもワクワクしてしまうのは、ミシュリーヌの年齢に引っ張られているからだろうか。
「じゃあ、ミミはどんなお話が聞きたい?」
「えっとね、父さまのことが知りたいです。父さまのお仕事はなんですか?」
さっきランベール家が騎士の家系だと知ったのところなので、父さまも騎士なのかな、と予想はしているけれど。
「父さまは騎士団で働いているよ。これでも団長なんだ。すごいだろう?」
「ええっ?! 本当?! 父さますごーい! 格好良いです!」
まさか本当に騎士団で働いているとは思わなかった。
父さまはどう見ても文系タイプだからだ。しかも団長だなんて、とてもそんな風に見えない。
母さまも父さまのことを本の虫みたいに言っていたし。
「ふっふっふ。そうだろう、そうだろう。父さまはとても強いんだよ」
見た目は綺麗な顔をした細身の男性なのに、騎士団長を務めるほど強いとは、敵もきっと油断するだろうな、と思う。
「じゃあ、ずっとお城で働いているのですか?」
騎士団長なんて重職なのであれば、ミシュリーヌに会いにモンテルラン領まで来るのは簡単では無いだろう。
だから父さまは原作では登場しなかったのかもしれない。
「いつもはそうなんだけどね、ここ五年程はずっと魔物退治をしていたんだ」
「魔物?!」
この世界は魔法が存在する。それは人間が魔力を持つように、動物や植物も例外ではない。多少に関わらず、魔力を持つ動物は須らく魔物と呼ばれるのだ。
「大丈夫だよ、ミミ。もう魔物はほとんど退治したからね。ミミが魔物と会うことはないと思うよ」
私が魔物を怖がったのだと勘違いした父さまが、安心させるように言ってくれるけれど、私は別荘の裏の森で迷った時に出逢った子犬を思い出していた。
(そう言えば、ずっと子犬だと思ってたや。ぱっと見魔物に見えなかったし)
思い込みとは恐ろしい。前世の記憶の影響でてっきり迷い込んだ子犬だと思っていたけれど、よく考えたらそんな訳なかったのだ。
父さまに魔物のことを詳しく聞いてみると、何年かに一度の周期で魔物が大量に発生する事があるらしい。
その魔物達の発生源は運が悪いことにここ、ラヴァンディエ王国の国境付近の森で、魔物の発生規模によっては王都まで被害が伸びるのだという。
私が生まれた年が所謂”当たり年”だったらしく、他の貴族達も魔物が生まれる森からなるべく遠い領地へ避難していたそうだ。
そして騎士団や衛兵団、冒険者ギルドの活躍により、魔物の異常発生を乗り越えることが出来たという。
そんな五年がかりの魔物の討伐なんて、さぞや大変だっただろう。
正直、どうして母さまに会いに来てくれなかったのか、原作を読んだ私は父さまを心の中で責めていた、それなのに──もしかすると、父さまは魔物討伐で命を落としたのではないか、と私は思い至る。
「父さまお怪我は? 大丈夫だったのですか?」
原作で命を落とすような規模の、魔物の異常発生だったのだ。それが全く無傷だったなんてあり得ない。
「もちろん、幾つかの怪我はしたけどね、治癒魔法で治る程度の軽い怪我で済んだよ。でも、父さまがこうして生きていられるのは聖獣様のおかげなんだけどね」
「え、聖獣様? 聖獣様って?」
(原作にそんな設定なんてあったっけ……? んん〜〜?)
私は初めて聞く言葉に驚いた。早速原作に無い設定が登場したようだ。
「ミミ、聖獣様はね、人々を襲う魔物とは違って、清く正しい心の持ち主に加護を与えてくれる存在なの。神様の使いって考えている人もいるわ」
母さまが聖獣様のことについて教えてくれた。
「へぇ……! 聖獣様は優しいのですね。じゃあ、聖獣様が父さまを助けてくれたのですか? 父さまがきれいな心を持っていたから?」
「うーん、父さまがきれいな心を持っているかはさておき、強力な魔物が現れてね、もう駄目だって父さまが覚悟した時に、聖獣様が降臨されてね。魔物を蹴散らしてやっつけてくれたんだよ」
「すごい……! 聖獣様って強いのですね! どんな姿をしているのですか?」
大量に、しかも強力な魔物を蹴散らすなんて、聖獣様はかなり強い力を持っているようだ。もしかして伝説のドラゴンだろうか。
「聖獣様はね、銀色に輝く美しい毛並みのフェンリルだよ。とても神々しい姿なんだ」
前の世界でフェンリルは狼型の魔物だったな、と私は思い出す。ファンタジー小説定番の魔物でとても人気だったと記憶している。
「フェンリル……! 良いなぁ! 私も見てみたいです!」
「ふふ、聖獣様はそう簡単に姿を現さないのよ。人が訪れることが出来ない、深い深い森の中で暮らしているんですって」
「深い森……」
母さまの言葉に、私は以前迷い込んだ別荘裏の森を思い出す。
──深い森、銀色の毛皮、子犬……。
(あの時罠に掛かっていた子犬の毛皮は白だったよね? だけどもし、私の勘違いで本当は銀色だったら……?)
私の頭の中で、ある仮説が浮かび上がる。
(……いやいや、ないない。流石に考えすぎでしょ。それにまだ子犬だったし、聖獣にはとても見えなかったし)
あまりに都合がいい憶測を、私は頭の中から消去する。
「もし聖獣様に会えたら、父さまを助けてくれたお礼が言いたいです」
聖獣様のおかげで、原作と違うルートに入ることが出来たのだと思う。これはもう命の恩人と言っても過言ではない。
「……ミミっ!! ああ、なんて良い子なんだ……!」
「ふふ、ミミがこれからも良い子にしていたら、いつか会えるかもしれないわね」
ふるふると感動している父さまを見て、とても感受性が豊かなんだな、と思う。私の言葉にいつも超反応してくれるのはちょっと困ってしまうけど。
父さまと母さまは似た者同士に見えて、実際は全然違うタイプだった。母さまはおっとりと言うか、落ち着きすぎてむしろ貫禄すら感じる。
その点、父さまは感情豊かで、予想より遥かに気性が激しく見えるし、おじいちゃまはビシッとしていて威厳に溢れているけれど、ホントは孫に甘い好々爺だ。
見かけによらない人達だけど、私を心から大切にしてくれている姿は本当で、たくさんの愛情と優しさが伝わってくる。
そんな優しい両親とおじいちゃまに囲まれて、今の私はとても幸せだ。
母さまの言う通り、これからも良い子にして、いつか本当に聖獣様と会えたら良いな、と願う。
その時はお礼の気持ちをたくさん伝えたい。
私は両親の愛に包まれて、いつの間にか穏やかな眠りについていた。
──その日以来、私が怖い夢を見ることはもう無かった。
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