第3話 薬草を探して
父方の家門である、ランベール家が所有するモンテルラン領の別荘で、母さまと二人で暮らしている私は、2年後の未来で起こる母さまの病死を阻止する計画を立てることにした。
そして私はその計画の第一歩として、薬草を採集するために別荘の裏に広がる森へ、足を踏み入れたのである。
「うわぁ……どうしよう……」
森に入ったは良いけれど、私の心は早々に挫折しそうになっていた。
「どこに向かえばいいの……?!」
私がいるこの森一帯はランベール家の所有となっているので、領民は無断で入ることが出来ないらしい。だから全く人の手が入っていない分、私が歩けるような道が見当たらないのだ。
「これは薬草どころじゃないかも……」
まずは森全体を把握してからじゃないと、薬草の群生地まで辿り着けないと思う。
別荘の裏にある森とはいえ、私のような初心者は気をつけないと方向感覚が狂い、あっという間に遭難してしまうだろう。
私はリュックの中に入れていたナイフを取り出すと、冒険者がよくやるアレ──木の幹に印を刻むことにする。
ちなみにこのナイフは私が装備を集めるために倉庫を漁っていた時、偶然見つけたものだ。
古そうだけれど、しっかりした作りで刃こぼれもなく、十分使えそうだったので自分専用にしてしまおうと思っている。
「よいしょ……! う、固……っ!」
だけど、5歳の子供がシュシュっと格好良くナイフを扱えるはずがなかった。
印を刻むなんて簡単だと思っていたのに、実際やってみるとメチャクチャ難しい。
(うーん、困った……。印を刻むんじゃなくてヘンゼルとグレーテル方式で行けば良かった……!)
白い石のような、何か目立つものを目印にと思ったけれど、森の中にそのようなものは見当たらない。
「……仕方ない、一旦家に帰って計画を練り直そう」
私は薬草探しを早々に諦めた。たとえここで無理しても、遭難フラグが立つだけだ。
まだ森に入ったばかりだし、引き返すなら今だと思った私は、来た道を引き返そうと踵を返す。
そしてほんのちょっと歩けば別荘の裏門が見えるはず……と思っていたけれど。
「あれ? あれれ? な、なんで……っ?!」
森に入って3分ほどしか歩いていないのに、何故か私は迷子になっていた。
前世の私は方向音痴どころか”生きるカーナビ”と言われるほど、方向感覚に優れていたはずなのに。
「え、どうしよう……っ」
歩けば歩くほど、現実から遠ざかっていくような感覚に陥ってしまう。
「……なんだか暗くない……? まだお昼前だよね……?」
木の枝が幾重にも重なり、葉っぱが太陽の光を遮っているからなのか、やけに周囲が薄暗く感じる。しかも小鳥のさえずりも無くシーンとしているから余計に怖い。
今日はちょっと様子見程度で、お昼には家に帰ろうと思っていたのに、このままでは間に合わなくなってしまう。
「母さまに気付かれる前に帰らないと計画が……!」
私が一人で森に入ったなんて知られたら、もう二度と薬草を探しに行けないだろう。
だけど今いる場所が何処なのかわからない以上、母さまにバレる心配をするより命の心配をした方が良いかもしれない。
「うぅ……っ、どうしよぅ……怖いよぉ……」
このまま森を抜けることが出来なければ、生きて母さまに会えないんじゃないかと思ったその時、小さい声のような音が私の耳を掠めた。
「……? 何だろ……声……?」
私はその場にじっと留まって、もう一度声を聞こうと耳を傾ける。
すると、小さいけれど確かに何かが鳴いているような声が聞こえてきた。
「確か、こっちの方向だったよね」
正体不明の声の主の元へ向かうのは危険だと頭ではわかっているけれど、この世界にたった一人取り残されたような恐怖に陥ってた私は、とにかく何でも良いから生物の気配を感じたかったのだと思う。
草を掻き分けて声が聞こえた方向へ歩いていくと、白い何かが横たわっているのが見えた。
「え……っ、子犬……?」
横たわっている何かにそっと近付いて見てみると、白い子犬が草むらの中に倒れていた。
「どうしてこんなところに犬が?! っ!? ああっ!!」
私は子犬の足元を見て驚いた。何故なら、子犬の足には動物を捕まえるための罠であるトラバサミの歯が食い込み、血が出ていたからだ。
「なんて酷いことを……! もしかして密猟者の仕業?!」
前世で私が暮らしていた国、日本では動物を無差別に捕まえて大怪我を負わせる危険な狩猟用の罠だとして、トラバサミの使用は禁止されていた。
しかしここは漫画の世界だ。未だに罠として使われていても仕方がない。
「うぅ……すごく痛そう……!」
いつから罠に掛かっていたのかはわからないけれど、白い子犬はぐったりとしていて意識を失っているようだった。早く助けてあげないと死んでしまうかもしれない。
私は子犬に近づくと、トラバサミを解除するための板バネを踏んだ。5才児の身体は軽いのか中々解除できなかったけれど、全体重を掛けようやく歯を開くことに成功した。
「酷い……血がいっぱい出てる……」
子犬の白い毛皮は血で真っ赤になっていて、とても痛々しい。
私はリュックから水筒を取り出すと、傷口に水をかけて血を洗い流す。
「傷が化膿したら大変だよね……」
前世の日本だったら抗生物質が手に入ったけれど、この世界に存在するかわからない。何か代わりになるものがあれば……と考えた私は、薬草図鑑を持ってきていたことを思い出す。
「そうそう、困ったときの図鑑頼み!」
私は早速リュックから図鑑を取り出すと、抗生物質の代わりとなる薬草を探してページを捲っていく。
「あ、あった!」
私が見付けたページには”ホゥツィニア・コーダータ”という植物の名前と、濃いグリーンのハート形の葉っぱと白い小花の挿絵が描かれていた。
「……ん? 何処かで見たような植物だなぁ。ま、とにかく探してみよう!」
私は子犬を起こさないようにそっと立ち上がると、ホゥツィニア何とかを探しに周囲を捜索した。
図鑑によるとこの植物は湿り気がある場所に自生しているらしい。
子犬がいる場所から遠く離れないように森の中を探していると、独特の臭気を放つ植物を発見する。
「この匂いはドクダミ? あ、図鑑の植物ってドクダミだったんだ!」
挿絵に見覚えがあると思ったら、前世でも見かけたことがある植物だった。見た目は可愛いけれど、とにかく臭い。しかも繁殖力が強くてうちの庭も毎年侵略されていたことを思い出す。
とにかく、ドクダミは化膿止めに使えると図鑑に書いてあったので、いくつか採取させて貰うことにする。
私は子犬がいる場所へ戻ると、採ってきたドクダミを石ですり潰し、子犬の傷口に貼り付けた。そしてハンカチを包帯代わりに巻いて固定する。
「……ふぅ。これで大丈夫だと思うんだけど……後はいつ子犬が目を覚ますかだよね」
怪我は処置出来たし、流石に生命の危機は去ったと思う。
いつから子犬が罠に掛かったのかはわからないけれど、毛皮についた血は固まっていなかったから、そんなに時間は経っていないかもしれない。
「起きた時のために水でも用意しておこうっと」
リュックの中にお皿は入れていないので、代わりになるものを探さなければならない。
私は周りを見渡して大きい葉っぱを見つけると、いくつかの石を拾い円状に並べた。そして石の上に葉っぱを置き、破れないように葉っぱを押し込んで窪みをつける。
「葉っぱの水入れ完成〜!」
試しに水を入れてみると、漏れずにちゃんと水が溜まっていて安心する。
私は子犬の目覚めを待ちながら、子犬の観察をする。
ふわふわとした毛並みは真っ白で、野生動物のはずなのに妙にキラキラしていた。あまりの綺麗さに誰かの飼い犬かな、と思う程だった。
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