第2話 処刑回避のための方法

 悪役令嬢と言っても、愛される方ではなく本当に悪い方の悪役令嬢、ミシュリーヌ・ランベールに転生した私は、今自分が置かれている状況を整理してみることにした。


 現在、私は5歳。

 そして私が住んでいる場所は、モンテルラン領にあるランベール家が所有する別荘だ。ここで私と母さまは二人で暮らしている。


 私──ミシュリーヌの両親はお互い愛し合っていたものの、母さまが屋敷の使用人だったために、祖父に結婚を認めて貰うことが出来なかった。

 だけど、母さまのお腹の中にミシュリーヌが宿っていたことで、仕方なくこの別荘を与えたという。


 ちなみに父さまは私達と一緒に暮らしていない。

 母さまは父さまが迎えに来てくれると信じているけれど、それが叶わぬ願いだと私は知っている。

 何故なら私が7歳の時に母さまは病気を患って帰らぬ人となるからだ。


 母さまが亡くなって、一人ぼっちになったミシュリーヌは孤独と絶望の中、<災厄の魔女>として覚醒する。それは奇しくもミシュリーヌの七歳の誕生日だった。


 それから後日、ミシュリーヌは迎えに来る祖父を無意識に<魅了>し、言いなりにさせるのだ。

 だけど、傍から見たら孫を溺愛する祖父にしか見えないので、誰も祖父が<魅了>されているとは気付かない。


(うーん。母さまが亡くなるまで後2年……。どうにか病気にならないように出来ないかな……)


 転生したとは言え、私にとってかけがえのない母さまだ。病気に罹るのはなんとしても阻止したい。


「……そうだ! 薬草!!」


 ここ、モンテルラン領は穏やかな気候で農作物がよく育つ。それは薬草にも同じことが言えるのだ。

 幸い、ランベール家の別荘の裏には森があり、薬草を採取するには便利な立地となっている。

 私は早速、薬草を集めるための準備をすることにした。


(とは言っても、私に薬草の知識はないんだよね……)


 5歳の子供が薬草に詳しいはずがなく、しかもファンタジー世界に転生なので、動植物の生態系がどんなものなのか全くわからない。


 それにミシュリーヌは祖父の意向なのか外出を禁じられていて、この世界のことを殆ど知らない。

 後々、祖父から教育を受けることになっているので、今はまっさらな状態だ。


「困った時の本頼み! 図書室を調べよう!」


 何も知らなければ調べれば良いのだ。精神年齢が前世の年齢プラス5歳の私なら、すぐ調べることが出来るだろう。

 知識を得るのはまず本から。これもよくあるファンタジー作品の定番だ。


 私は図書室へ向かい、まずはこの世界の文字を覚えることにした。

 独学で覚えるためには、絵本や教本のようなものがないか探す必要がある。


「うーん、意外と本が多い……あ、これかな?」


 早速絵がたくさん描かれている本を見つけることが出来て、ワクワクしながら本を開いたけれど、それは絵本ではなく図鑑のようなものだった。


「あ、でもこれで単語がわかるかも」


 それから私は図鑑を中心に読み漁り、この世界の言語形態を知った。文章の構造は英語に近いようだ。


 そうして文字を覚えようと奮闘した結果、私は何とかいくつかの単語を覚えることが出来た。しかし図鑑の内容を理解するのには全然足りない。


「あら、ミミったらまた本を読んでるの? 偉いわ、お利口さんね」


 今日も今日とて文字の勉強をしていると、母さまが図書室にやって来た。ちなみにミミというのは私、ミシュリーヌの愛称だったりする。

 将来、ミシュリーヌが魅了した各属性のイケメン達も、彼女をミミと呼ぶようになるのだ。

 自分的にはかなり恥ずかしい愛称なので、出来れば家族以外は遠慮して貰いたいけれど。


「うん、色んな絵があって楽しいよ! あ、母さま、この文字を教えて!」


 私は母さまに時々こうして文字を教えて貰っている。母さまは元使用人だったから、文字はかろうじて読める態度だけれど、とても助けられている。


「ふふっ。もう母さまよりミミの方がよく文字を知っているわね。本好きなのは父さまに似たのかしら」


 私が図書室に籠もっているのは文字を覚えるためなので、本好きとはちょっと違う気がするけれど、母さまは私の中に父さまの面影を求めているのだろう。


「父さまは本が好きだったの?」


 母さまは父さまのことをあまり話したがらないので、私は父さまがどんな人なのか詳しく知らない。

 だからこうして母さまが話題に出した時、チャンスとばかりに父さまのことを質問している。


「そうね。とても本が好きで、ミミみたいにずっと図書室に籠もっていたわ」


「他は? 髪の色は? 目の色はどう? 他にも似ているところある?」


「あるわよ。ミミの顔と目の色は父さま似よ。髪の毛は母さまに似ちゃったわね」


「でもミミ、この色好きよ。だって可愛いもん!」


「ふふふ。なら良かったわ」


 ゲームやアニメのヒロインに多いピンク髪だが、ミシュリーヌも例に漏れずピンク髪で描かれていた。

 だけど、実際の私の髪の色はストロベリーブロンドで、イラストのピンク色ほど派手ではなく、むしろ可愛い色なのが不幸中の幸いだ。

 でも、私より母さまのようにふんわりおっとりした美人によく似合う色だと思う。


 今日の母さまは機嫌が良いのか、父さまのことをよく話してくれた。

 原作では父さまは登場していないので、どんな見た目なのかわからなかったのだ。


(私の顔って父さま似だったんだ……え、父さまってもしかして女顔?!)


 自分で言うのも何だけれど、正直ミシュリーヌは文句なしの美少女だ。そんなミシュリーヌに似ている父親なんてイケメンに違いない。


(そんなの、見逃す訳にはいかないよね!)


 イケメン好きの私は父さまがどれぐらいの美形なのか見てみたい衝動に駆られてしまう。

 そして、将来ランベール家を訪れることがあれば、父さまの肖像画がないか探してみようと、私は心の中にメモをしておくのだった。






 * * * * * *






 ──私が文字を覚え始めて3ヶ月が経った。


 母さまの協力もあり何とか文字を覚えた私は、ようやく薬草図鑑を読破出来た。

 だけど文字は読めるものの、薬草の特徴を全て覚えるのはまだ無理だったので、図鑑を見ながら薬草を集めることにした。


 私は薬草を探しに森へ向かうため、以前から準備していた装備に、図鑑を追加したリュックを背中に担ぐ。


「どっせい!」


それが予想以上に重かったので、思わず美少女が発してはいけない声が出てしまった。


(あ! やべっ! 気をつけないと!)


 私は周りに人がいないか確認した後、こっそりと裏門から外に出る。

 今住んでいるランベール家所有の別荘の裏には、広葉樹が生い茂った森が広がっていて、人の手が入っていない自然の宝庫となっている。

 きっと病気に効く薬草も沢山自生しているに違いない。


 2年後の未来で母さまが病気にならないために、どうすれば一番良いのか考えた結果、私は薬草でポーションを作ることにした。

 そうして、普段からポーションを母さまに飲んで貰えば、母さまが病気に罹ることはないだろうと思い付いたのだ。


 そう思い付いたは良いけれど、いきなり娘がポーションを作り出すと変に思うかもしれない。

 だからもし母さまに理由を聞かれたら「将来の夢はポーション屋さん!」と答えるつもりである。


 一先ずポーションを作れるように今から薬草を集めて試作し、これからに備えるのだ。

 ポーションの作り方が書いている本も図書室にあったし、薬草さえ見つけられれば原作と違う展開を迎えることが出来るかもしれない。


(それに大好きな母さまと一緒に、ずっとここで暮らしたい……!)


 もし母さまが生き続けることが出来れば、祖父が私を迎えに来ることはないだろうし、ラグランジュ学院に入学しなくても済むかもしれない。

 そうなればベアトリスとオーレリアンにはもう会えないだろうけど、自分と母さまの命には代えられない。生きてさえいれば、きっといつか遠目でも二人を見る機会があるかもしれないし。


 それに私が<災厄の魔女>になる切っ掛けは母さまが亡くなったからだ。ならば私は全力で母さまを守ろう、と固く心に誓う。


 ──そうして、意を決した私は、鬱蒼と生い茂る森の中に足を踏み入れたのだった。

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