お題「月」

「オムレツと間違えた」のだと、先輩は言った。

 昨日、三日月になったのは、先輩が月を一口食べてしまったからである。

 どうやら、この先の人生ではもう、三日月しか見られないらしい。

 先輩は、私にだけ、月を食べたことを教えてくれた。もちろん、私は誰にも話すつもりはない。

 例えば警察に話したとして、先輩は、なんの罪にあたるのだろうか?

 なんにせよ、先輩は特にお咎めもなく、今日も平和に暮らしている。

 先輩の細い体に、月のほとんどが入っているのだと思うと、少し面白かった。


「月って、どんな味がしましたか?」


 私は、先輩に尋ねてみる。


「チーズに似てたよ」

「へぇ。美味しそうですね」

「まあね」


 先輩は、クスクス笑った。

 それから、月が欠けた影響で、地球になんやかんやあったけれど、先輩はどこ吹く風で過ごしている。

 凄い精神力だ。図太い。いや、天然なのかも。

 月が欠けたことによる一番の問題は、月人と地球人の関係の悪化だった。

 月人からしたら、居住面積が大幅に減ったワケだから、無理もない。

 とはいえ、犯人が地球人だという決定的な証拠はなく、どうにも膠着状態になっているようだった。

 そもそも、地球人が月を破壊する動機もない。

 先輩は、「オムレツと間違えた」だけだから、そりゃそうだ。

 政治的な意味合いも、侵略的な思考も、先輩の起こしたことには含まれない。

 私は、先輩のことをよく知っているから、本当に、うっかり間違えただけなのだと思う。


「先輩、太陽は食べないでくださいね」

「あはは。まさかぁ」

「やれやれ…………」


 先輩は、口元を手で隠して、からから笑っている。

 あなたなら、やりかねないと思います。という台詞は呑み込んだ。

 だって私は、先輩が色々なものを食べるのを見るのが好きなのである。

 ただ、月は、私が見ていないところで食べられてしまったから、それだけが残念だ。

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