お題「産褥期」

 子供を産んだ後の、先輩の産褥期は壮絶なものだった。

 体が重くて痛くて、強酸のおりものが出る。

 おりものを放置すると家に穴が空いてしまうため、専用のナプキンとおりもの入れを用意した。

 また、先輩は、三日に一回は、火の粉を吐く。


「げほっ………ごほごほっ…………」


 私は、先輩が出した火の粉をフライパンで集めて、流しに捨てた。


「先輩、何かしてほしいことはありますか?」

「この子が寝てるうちに、寝かせて」

「分かりました」


 赤ちゃんを預かり、ベビーベッドへ寝かせる。

 少しぐずついたが、またすぐ眠ってくれた。

 先輩の元に戻ると、ソファーですやすや眠っている。


「おやすみなさい、先輩」


 私は、毛布をかけてから、椅子を持ってベビーベッドの側に行く。

 ミステリー小説の終盤。名探偵が、推理を披露しようとしたところで、赤ちゃんが泣き出した。


「う、うぇ~!」

「はいはい。どうしたの?」


 赤ちゃんを抱き上げ、あやす私。


「はい、交代ね」


 いつの間にか背後に来ていた先輩が、赤ちゃんを抱く。


「よしよし。お腹空いたんだね」


 先輩は、赤ちゃんにお乳を飲ませた。

 こういうところを見ると、先輩は、“お母さん”でもあるんだなぁと思う。


「どうしたの?」

「あ、いえ。私ってちゃんと親の自覚あるのかなって思って」

「うーん。まあ、私が一方的に産んだからねぇ。君は、間違いなくこの子の親だけど」


 私と先輩が両想いだからこそ産まれた子。私たちの娘。


「もしかして、嫌だった?」

「びっくりしましたけど、嫌ではないです」

「よかった」


 先輩は、聖母みたいに笑う。

「マズい。吐きそう」と短く言い、先輩は娘を私に寄越した。


「げほっ……げほっ…………」


 先輩は、鉄製のゴミ箱を抱えて、火の粉を吐いている。辛そうだ。


「はぁっ……はぁっ…………」


 ゴミ箱に蓋をしてから、先輩は洗面所へ行く。

 戻って来た時には、憔悴していた。


「先輩、もうひと眠りしてください。私が、この子を見ていますから」

「ありがとう。よろしくね」


 先輩は、寝室へ向かう。

 ぐずる娘に、私は歌を唄った。


「夕やけ小やけの赤とんぼ。負われて見たのはいつの日か。山の畑の桑の実を小篭に摘んだはまぼろしか」


 我が子は、ぐっすり眠っている。

 私は、娘を揺らしなから、先輩の寝室へ行った。

 先輩は、眉間に皺を寄せて寝ている。

 どうか、あなたとこの子が、健やかでありますように。私は、そう願った。

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