お題「魔王が勇者になる話」

 単純な話、私は、ひとりの人間に惚れてしまったのである。

 あなたに倒されるべき存在なのにね。

 私は、魔物を支配下に置いている。人を大勢殺したんだ。

 しかし、それは人間が魔物を殺すから始めたことである。私たちと人間は、生存圏を争っているという訳だ。

 ある日私は、人に化け、一介の新米冒険者の振りをして偵察をしていた。

 まさか、私のようなものが堂々と人里にいるとは思わないだろう。

 冒険者の先輩に着いて行き、ゴブリンが棲む洞窟へ向かう。

 先輩は、当然ゴブリンに剣を振るう。私は、それを止めるために、後ろから刺し殺そうとした。

 でも、先輩はゴブリンを殺さなかったんだ。先輩の剣は、切っ先を向けた相手を眠らせるという魔術の込められた剣だったのである。

 そうして、洞窟中のゴブリンを眠らせた。


「殺さないんですか?」

「ゴブリンたちは、眠っているうちに、人里から離れた場所に移す」


 生ぬるい人。笑いが漏れそうになる。


「先輩は、優しい人なんですね」

「ただのエゴだよ。この先、今眠っているゴブリンたちが、人を襲うかもしれない。自分がしてるのは、そういうことだ」


 分かってるじゃないか。


「それでも、生存圏さえ被らなければ、争わなくて済むはずだと信じている」

「…………」


 私は、冷血であった。その私の血潮が、熱く脈打っている。

 魔物を統べる王は、人間に恋をしてしまった。

 それから私は、先輩に着いて回り、長く共に過ごす。王としての仕事は、宰相に念話をして行った。


『人を傷付けることを禁ず』

『しかし陛下、そのようなことは……』

『人里から離れろ。人に干渉することを禁ず』

『陛下! 乱心めされたか!』

『私は正気だ。これは、王の勅令である』

『……かしこまりました』


 宰相は、よくやってくれた。人間たちの間で、魔物が逃げ出すようになったことが徐々に報じられる。


「先輩、嬉しいですか?」

「ああ。夢が叶うかもしれない」


 その笑顔を見て、私は満足した。

 月日は流れ、魔物と人間の生存圏が重ならなくなった時。先輩に魔王討伐の依頼がきた。

「魔王だけは、倒さなくてはならない」と、苦しそうに言う先輩。


「先輩、私、魔王なんです」


 私は、告白した。


「さよなら、先輩。大好きでした」


 短剣で、心臓を貫く。

 先輩が、倒れた私を抱き締めて、泣きながら何か言っている。

 ごめんなさい。もう、何も聴こえないの。

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