第7話  焼き鳥屋でのバイト

 偽洋は大学生活にも慣れて来た。講義も楽しかった。彼は勉強することは昔から好きだった。多分、三つ子の中では、一番勉強が好きであったかも知れなかった。しかも、憧れだった医学の道に進めたのである。

 一学年次の試験の結果はすべて優上であった。彼はテニス部に入部した。両親も大学時代はテニス部だったと母の育代に聞かされていたので、福岡高校の時からテニスはやっていたのである。

 偽洋は貸与型と給付型の奨学金を二か所からもらっていた。これらの合計が月に約二十万円だった。それで、一学年時は経済的にも余裕を持って過ごせたのであった。

 彼は無事に二学年時になることが出来た。そして、昨年の暮れから、焼き鳥屋でバイトを始めたのだった。夕方の七時から十一時までの四時間である。

 医学書を買う費用を捻出するためであった。ここは時給が高かった。1500円であった。しかも、夕食は賄い食が出て、非常に助かったのである。仕事を始める前に食事をして、それから店に出れば良かった。

 彼は十八時までに店に出勤して、ゆっくりと食事を摂ってから、仕事を始めれば良かった。店の隣に休憩室兼食堂が併設されていたのである。

 焼き鳥店の営業時間は十七時から二十四時迄だった。但し、開店準備があったので、バイト生たちは十六時から二十四時までの時間帯を最低三時間以上の契約で働いていたのである。それで、場合によっては十六時からラストの二十四時まで働く日もあったのである。その場合は途中で三十分の有給休憩が貰えたのだった。

 勤務は一か月単位でシフトが組まれていた。

 一日通しで働けば一万二千円になった。東大生は彼だけだった。東大では二年間は教養学部で三年から専門学部に進学する。まだ、残りの年数は五年間あった。彼は東京に住み、学習する為には金を稼ぐ必要があったのである。養父母からの援助は期待できなかった。

 焼き鳥屋のオーナ-は、偽洋の採用面接の時に質問したのである。

「池田君、うちは今迄に多くの学生バイトを雇ってきたけど、東大生は初めてだよ。しかも、医学部に進む学生とは珍しいね!実家は病院とかで、お金持ちのボンボンとかではないの?」

「とんでもないですよ。養父母に育てられていたのですが、離婚してしまって、養父母からの援助も期待できません。自分で稼ぐしか大学に残る事はできないのです」と応えた。

 実際に福岡の養母の八重子からも、大阪の養父の民雄からも全く仕送りはなかったのである。それは、太も洋から聞いてはいたのである。でも、何にも増して、偽洋は学生であり続けられるのが幸せであったのである。

 その話を聞いたオーナ-は即、彼を採用したのである。実は、このオーナ-も、家の事情で大学に行けなかった過去があったのだった。その為に学生バイトを優先して雇っていたのである。そして、情にもろいところがあった。

 一生懸命に自分の力で頑張っている学生たちを応援することに生き甲斐を感じている様な男であった。頼まれれば、下宿先を世話したり、保証人にもなってくれたりもしたのである。

 偽洋は良いバイト先を見つけたのだった。

 この日も彼は、何時いつものように店の厨房で、串に鶏肉を刺す作業をやっていた。ちらちらテレビを観ながら作業をしていた。

 テレビでは、今、話題のクイズ番組をやっていた。現在の日本のクイズ番組では、破格の賞金額のクイズ番組であった。なにしろ、全問正解すれば、一千万円貰えると云うクイズ番組だったのである。

 店のお客さん達も飲食しながら熱心に画面を観ていた。司会は真野もんたであった。店のオーナ-が思いつきで、

「池田君。君もこのクイズに出てみたら?」と冗談半分に笑いながら誘った。

 偽洋は真顔で頷いたのである。そして、予選会の応募案内をメモしたのである。

 しかも、本気で、その翌日に申し込んだのだった。

 応募専用電話の番号に掛けたのである。すると、四択の問題が二十問出題された。彼はそれを全問正解したのである。その後、指示通りに、住所、氏名、年齢、電話番号を伝えた。彼は、指示通りにテ-プに吹き込んだのである。吹き込み終わると、今後の抽選の結果を待つように言われて、電話は切れたのだった。

 二日後に当選の連絡が来た。そして、今度は四択ではなく、一問一答の問題が出されたのである。問題数は十問であった。偽洋は八問正解したのである。

 すると、

「おめでとうございます。合格です」と云われたのである。そして、選考会の案内状を送るので、選考会に来てくださいとの事であった。

 店では大変であった。まだ、選考会の段階なのに、オーナ-は大喜びであった。

「いやあ、何でもチャレンジしてみるものですね」とお客さんと大はしゃぎである。

 それから二週間後に選考会の案内状が送られてきた。会場はRテレビの別館であった。ここでは、四択問題が百問出された。そして、面接、過去のクイズ番組の参加歴や詳しいプロフィール等を記入させられたのである。

 後は出演の決定連絡を待つだけであった。

 それから二か月後のことであった。偽洋はクイズ番組に出演したのである。

 この日は焼き鳥屋でもスタッフ、お客さん達は固唾を飲んで、テレビを観ていた。

 そして彼は、正解すれば、七百五十万を獲得出来る段階まで、正解を重ねてきたのだった。

 さて、どうするか?みんなが見守っていた。

 司会者の真野もんたが、チャレンジして、先へ進むか、それともドロップアウトするか?を繰り返し訊いて来たのである。

「はい。次は七百五十万円の問題です!正解すれば七百五十万円を手にする事ができます。そして、次の一千万円にもチャレンジする権利が得られます。また、この段階でドロップアウトすれば、二百五十万円は持って帰れます。さあ、どうします!チャレンジするか、ドロップアウトするか?決断して下さい。さあ、どうします?」

 真野もんたが叫ぶ!あおって来る。

 ドロップアウトすれば、二百五十万円は貰えるのである。チャレンジして、失敗すれば、すべてパ-である。ゼロ円なのである。テレビ局のスタジオに居る観客も焼き鳥屋のお客さんたちも店のスタッフも成り行きを凝視したいた。

 偽洋はドロップアウトしたのであった。

 スタジオの観客も焼き鳥屋のお客さん達も大きな溜息をを漏らしたのだった。

 でも、焼き鳥屋のオーナ-は頷いていた。

「うん。これで良かったのだ」と一人つぶやいていたのである。

 それから、しばらくは、偽洋は店での人気者であった。

 

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