第6話  遺書

 太が帰って来なくなってから四日目に、祖母の妙子は、気がとがめたが太の部屋を調べることにしたのだっだ。ここまで来たら、なんで太が帰らなくなったのか手掛かりを調べる必要があると考えたのである。そして、机の引き出しから遺書を発見したのである。

 彼女は震える手で封を切って読み始めた。


  遺書                 野中 太


おじいちゃん、おばあちゃんへ

おじいちゃん、おばあちゃん。今まで育てて呉れて有難う。母さんにもお礼を言いたいですが、もう亡くなっていません。

 僕は生まれた時から父さんはいませんでした。幼稚園、小学校の時、よその子供たちが父さん、母さんと一緒に楽しそうにしているのを見て、いつも寂しい思いをしていました。なんで、僕には父さんがいないのだろう。父さんとキャッチボールをしたり、サッカ-ボールで練習したり出来ないのだろうと悲しく思っていました。でも、いつの間にか諦める事が出来るようになりました。母さんから、亡くなった父さんが

、どんなにか僕たちの生まれてくるのを楽しみにしていたかを聞かされたからです。

 僕たちのために無理して、働きすぎて亡くなったことを知ったからです。でも、その母さんも亡くなりました。もう、これ以上無くすものはありません。

 おじいちゃん、おばあちゃん、高校まで出して貰って、本当に感謝しています。

 今年は交通局にも就職出来ました。有難いことです。

 これから、一生懸命に頑張って、将来は愉しい家庭を築こうと希望に満ちていました。でも、働き始めてから、仕事が終わって帰宅して、独りになると急に寂しくなるのです。何故だか自分にも良く解らないのです。毎日、独りになると無気力で何もしたくなくなるのです。このままでは、仕事も続けられなくなりそうです。

 僕は家を出ます。家を出て放浪して、自分の居場所を探そうと思います。

 交通局には退職届を送ります。迷惑を掛けますが、後の事はよろしくお願いします。

妙子は夫の光明に遺書を見せた。光明は

「遺書とは書いているが、まだ、遺書ではないだろう。単なる置手紙だよ」と平気であった。

「でも、何処かで死ぬつもりじゃないの?」

「自分で決めたことだ。ほっとけ!」光明はのんびりと応えた。

「警察に届けなくていいやろか?」妙子は落ち着かなかった。

「一か月以上帰って来なかったら捜索願でもだすさ」

 妙子は娘の八重子に相談した。八重子は

「もう、社会人だし、父さんの言う通りにしばらく様子をみましょう」と、こちらも余り、慌てていなかった。妙子も納得せざるを得なかったのである。ちょうど、この日の昼過ぎになって、交通局の田中課長から野中家へ電話が掛かって来た。妙子が電話に出た。

「もし、もし。太さんのおばあ様ですか。交通局の田中です。実は今、太さんから退職届が送られて来たのですが、一体、どういう事なのでしょうか?」興奮した声であった。そして、

「今、太さんは家に居ますでしょうか?」と訊ねたのだった。

「いえ、居ません!行方不明です」

「えっ、噓でしょう!。本当に居ないのですか?いやあ、びっくりしましたよ」田中課長はため息をついた。そして、

「こちらと致しましては、一応、退職届については受理いたします。ただ、本人に会って、詳しい事情を訊きたかったのですがね」妙子は訊ねた。

「あのう、退職理由は何と書いていたでしょうか?」    

「ああ、一身上の都合とだけ書かれていました」

 妙子は何度も謝りながら電話を切ったのである。交通局としては事務手続き上、四月十日付で退職を処理するとのことだった。

 これで、交通局と太の繋がりは完全に切れたのであった。

 

太は自殺するとは、どうしても書けなかったのである。でも、この内容で洋は納得したのであった。彼は、太の遺書の下書きを読んで

「これでいいよ。これを持って俺は死ぬから」と胸のポケットにねじ込んだのである。「多分、死体は上がらないと思う。上がったところで、俺は太その者だから大丈夫だよ」と笑いながら太と別れたのである。

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