第5話
俺は失意のまま、自宅へと戻った。
両親は共働きでいない。
そうだ、旅の支度をしなければ。
俺は部屋に入り、適当な衣服と財布をもって出掛けようとする。
そこにメイドロイドのメイが現れた。
「おかえりなさいませ、健介様。どうされましたか? 気分が優れていないようですが?」
「……うるさいなぁ! お前にはわかんねぇよ!」
俺はそんなひどい顔をしているのだろうか?
鏡を見ているわけじゃない、しかしメイには何かわかるようだった。
「差し出がましいようですが、話を聞くことくらいは出来ます。どうかその思いを吐き出してみてはいかがですか?」
アンドロイドが何を!
と以前の俺なら思っていただろう。
そのアンドロイドに礼子を取られた、その思いがこみ上げてくる。
こいつになら、いいか。
いつもみたいに、話を聞いてくれるだろう甘い算段だった。
俺はおかしくなったのか、アイに今まであったことを全てぶちまけた。
俺は前世の記憶があること。
そのせいでアンドロイドに忌避感があること。
礼子と付き合いたかったこと。
礼子を他のアンドロイドに取られたこと。
たった今、完全に礼子との関係が切れたこと。
余計なことまで口走ってしまったが、もう全てがどうでもよかった。
俺は旅に出るのだ。
最後に遺言のように残しておくのも悪くない。
そう思っていると思案顔になっていたメイが返事をしてくれる。
「それは、辛い思いをなされて、いえ現在もですね。私とお話するときも一歩引いた感じを感じたのはそのせいでしたか」
そうだよ、お前がアンドロイドじゃなかったらって考えたことは何度もある。
そうすれば家族のように迎え入れることが出来る。
でもお前が正真正銘アンドロイドなのだ。
「お可哀そうに、そんな苦悩を抱えていたのですね。ではこちらも秘密をお話ししましょう。」
秘密?
アンドロイドに秘密なんて出来なかったはずだが。
両親が何か仕込んでいたのか?
俺は訝しみながらも話の続きを待つ。
「実は貴方の両親はアンドロイドなんです。そしてメイドの私は人間。これはアンドロイド同士の子育てがどのような影響を与えるか実験をしていたのですよ。貴方はその被験者、これ本当は秘密なのですが、やはりこの様な事、非人道的だと反対する意見も多く上がっていました。私もその一人です。もうやめにしましょう、こんなことは」
一瞬理解が追い付かなかった。
何の話をしている?
俺の親がアンドロイドで、メイが人間?
俺は実験の為だけに観察されていたマヌケな人間ってか?
ハハ、涙はでない、呆れてなにも感じない。
なんて悪趣味なんだろう。
アンドロイドと人間、やはり分かり合うことなど出来ないのだ。
今更だがそう思うと両親とのやり取りにもなんだが嫌悪感を覚える。
やけに優しかったり、怒らなかったりしたのはアンドロイドだからか。
何故かメイのいうことに納得して俺は少し落ち着きを取り戻す。
「そうか、俺はただのマヌケだったってことか」
メイとの会話に楽しさを覚えたのも人間だったから。
思い込みって怖いな、知らなきゃずっとメイとは分かり合えなかっただろう。
「それで健介様、お詫びと言っては何ですが、私が慰めてあげましょうか?」
そう言ってメイが両手を広げて俺を呼び込んでくる。
豊満に出来たボディ、アンドロイドだからなあ、なんて思っていたけど人間だと考えるとすごく美人だし、ナイスバディだ。
年?ちょっと年上くらいの方がちょうどいいだろ。
女の方が長生きだし、ちょうど俺と一緒に永眠できるだろう。
……いかんいかん、何最後まで想像してるんだ。
メイはただ俺に抱きつけと待ってくれているだけだ。
俺はその胸の中に入り、メイに優しく抱きとめてもらった。
そこには人の温もりがあった。
ああ、やはり人はいい。
ほのかに漂ってくるいい香りに俺は心が浄化されていくことを感じる。
「これからは私が貴方を癒してあげます。年増はお嫌いですか?」
「そんな年じゃないだろ、そうだな。俺が満足するまで、メイには優しくしてもらうかな」
「ええ、ずっと、死が二人を分かつまで」
「それはちょっと重くない?」
礼子以外で俺がまともに話をしている女はメイくらいだ。
これで俺は孤独じゃない。
両親がアンドロイドだったのは驚いたけど、今更だ。
俺にはメイがいる。
この実験がいつまであるか分からないけど、今はこの愛情を受け取っておこう。
例え、儚く消えてしまうようなものであっても。
そう思っていると俺は電源が切れるかのように安心したのかアイの胸の中で眠りについた。
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