第4話

 それはいつもと同じように、礼子と安藤の密会を見ていた時だった。

 最近の礼子は下校も一緒ではない。

 用事があるって言っていつも先に帰らせる。


 俺はどうせ安藤と会うんだろうと思い、帰ったふりをして物陰から礼子を監視していた。


 するとやはりと言ったところか、後ろから安藤がやってきた。

 俺に隠し事なんて出来ると思っているのか?

 何年一緒にいたと思ってるんだよ。


 二人は人通りが多いところでは普通に歩いていた。

 健全な男女といった感じだ。


 まあまだそこまで進んでいないだろう。

 俺は少し安心しながら後ろからバレないように着いていった。


 そして人通りがなくなってきたころ、二人が手を繋いだ。

 しかも普通のじゃない、指と指を絡ませたいわゆる恋人繋ぎだ。


 なに!? お前らもうそこまで行ってるの?

 俺だって手を繋いだこと、子供の頃はあった。

 でも恋人繋ぎなんてしたことない!


 なんでだよ礼子。


 俺は打ちひしがれた。

 そして俺の家と礼子の家の最後の曲がり角で決定的な場面を目撃してしまう。


 二人は見つめあったかと思うと、手を放し、安藤が両手で良子の顔に手を掛け、キスをしたのだ。


 ああああああああああああああああああああ。


 そのキスは!!

 ファーストキスは俺のものだ!

 なんでお前が!! お前があ!!!


 最悪だ。

 見なければよかった。

 知らなければよかった。

 もう遅い、見てしまった知ってしまった。


 そうか、もう二人は……。


 俺は二人が別れ、礼子が家に入るのを見届け、少ししてから自宅へと戻った。


「おかえりなさい、健介様」


「メイ、か。これカバン」


 俺はメイドロイドのメイにカバンを頬り投げ、ソファへと寝ころぶ。


 礼子……俺には礼子しかまともに話せる女性がいない。

 その礼子がいなくなってしまったら俺はどうすればいい?

 

 前世のように灰色の青春を送らなければいけないのか?

 いやだいやだいやだ。


 あれはそう、欧米式のキスだったんだ。

 きっと別れの挨拶にしただけだ。

 そうに違いない。


 そうだな、まだ俺の告白の返事も聞いていない。

 俺はまだ思考の定まっていない頭で礼子の家を訪ねる。


「礼子ーいるかー?」


「あ、健介。今行くー」


 インターホン越しに聞こえる声はいつもと同じだ。


 しかし玄関から出てきた礼子は少し顔を赤らめていた。


 やめてくれ、そんな顔しないでくれ。

 

 でも、と俺は一縷の望みをかけて礼子に問いかける。


「前さ、俺お前のこと好きっていったじゃん? あの後ちょっと気まずくなって返事貰ってないからさ、差し出がましいけど、返事聞いてもいいか?」


 沈黙がその場に流れる。


 礼子の顔の紅潮は消え去り、いつもの礼子の顔のようだった。


「実は安藤君と付き合うことになったの、ごめんね。健介君の気持ちには答えられない」


 俺は膝をついた。

 終わった、完全に終わった。

 ここから逆転のゴールは果たしてあるのだろうか?


「付き合ったって、相手はアンドロイドだろ? もっと人間味のあるほうがいいんじゃないか? 確かにアンドロイドは裏切らない、でもそれって道具と何が違う? 心の通った人間同士じゃなきゃ分からないことだってあるだろ」


 俺は必死に相手を下げた。

 どうにかして俺に振り向いて欲しい。

 今からでも遅くない。

 俺のもとに戻ってきてくれ。

 こんなあっさり、俺の初恋が終わっていいものだろうか。


「ごめんね、健介。今まで健介がアンドロイドと接する機会を私から奪っていたのは知ってた。けど強く言えないから、健介が不機嫌になるから言わなかったけど、健介って乱暴だし、わがままだし、ひどいことも言う。でも安藤君はそんなことしないし、私の話もちゃんと聞いてくれる。アンドロイド? そんなの普通じゃん。今更何を言ってるの? 頭おかしくなっちゃった?」


 ああ、分かってるさ。

 俺がこの世界で異端なことくらい。

 でもしょうがないだろ。

 俺にはアンドロイドとの付き合いなんて出来るわけがない。

 心が拒絶する。

 無理なものは無理なのだ。

 分かってもらおうなんて思っていない。

 でももう礼子と共に生きる道はない、俺の幼馴染としての立場もすべて失ったのだ。


 なら他の女の子と付き合うか?


 無茶を言うな。俺は不細工だ。そして横暴らしい。


 ただえさえ、女子へのリソースは礼子に割いてきた、今更他の女なんて、いっそ、どこか誰もいないところへ行ってしまおうか。


 世の中には俺と同じ考えを持った人達がいるはずだ。


 いくら大多数が常識だと思っていることでもマイノリティは存在する。


 そうだ。旅に出よう。


 俺はよくわからないことを考え、礼子の元を去って自宅へと戻った。

 家同士が近くて嫌になるよ。

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