第35話:正義の少女

「ここから先へは一歩たりとも通しません!」


 若い木の葉のような色のお団子頭を持つ少女は、人混みの中から現れると、高らかにこう宣言した。


「……え?」


 嘘みたいに静かな世界にワンツの声が響く。


「ど、どうぞ?」

 

「へっ? な、なんで?」


 ワンツのやけに素直な反応に、お団子頭の少女はポカンと首を傾げる。

 しかしワンツの返事は当然だ。

 ワンツの仕事は、ルキウスと戦っているフレアの邪魔をさせないように決闘場の入口を死守することなのだから。

 敵の集団の前で通せんぼ発言をされた所で、どうぞどうぞと言うほかない。


「こ、これはどういうこと? サーラ、なんで皆ポカーンとした顔をしてるんです?」


 不思議そうな顔でお団子頭の少女は、黒髪の少女へ問いかける。

 黒髪の少女ーーサーラはワンツの後ろにある入口を指差しながら言った。


「デオンちゃん。私たちのお仕事はルキウス様に援軍を送ること。そのためにはどうすればいいと思います?」


「そんなの簡単だよ! 魔王を倒せば……あ」


 ようやく自分がどれだけおかしなことを言いながら登場したのかを、理解したのだろう。

 顔を真っ赤にしながら、ぷるぷると小刻みに震えている。


「ひとりで答えを出せるなんて、デオンちゃんは偉いです!」


「えへへ、そ、そうかなぁ……じゃなくて! これじゃあ私が、いきなり現れたと思ったら、意味のわからない所で通せんぼし始めた、頭のおかしい人みたいじゃない!」


「大丈夫です。もしデオンちゃんの頭がおかしくても、私は変わらず愛してあげますよ」


「私の頭はおかしくないよ! ちょっと失敗してしまっただけです!」


 顔を真っ赤にしながら否定するデオン。

 そんな子供っぽい様子を、サーラは少し狂気が感じられる笑顔で眺めていた。


「な、何を見せられているんだ俺は……」


「はぁ、またおバカがひとり増えたようですわね」


 素っ頓狂な会話劇を見せられて、すっかり力が抜けてしまった。

 ゲルダも頭を抱えてしまっている。


「初対面でここまでコケにされたのは初めてです。やはり魔王とは、噂どおり非道な人間のようですね!」


「いや俺は何もしてないぞ」


「言い訳は無用!」


 ワンツの言葉に被せるように言い放ち拳を合わせる。

 すると手錠が出現しデオンの両手を拘束する。

 

「ロックオープン!」


 金属同士がこすれあうような音を鳴らしながら、デオンは両拳を離す。

 するといつの間にか、デオンの両手首から手錠が垂れ下がっていた。

 手首のスナップで手枷部分をグルリと回し、ふたつの銀円を繋ぐチェーンを握り構える。


「私の名前はデオン・ジャース。風紀管理委員会の会長です」


「あんたがあの……」


「なんですかその面倒くさそうな目は。あのってなんですか、どの意味なんです」


「あのけったいな集団の会長なのか」


「けったいではありません! 私たちの活動目的は、ルールを守れない人たちを捕まえ、更生へと導くこと。学園から認められた、正義ある活動です!」


「正義ある活動ね。それにしても一方的だと思うけど」


「一方的であろうとも、ルールがある以上それは守られなければなりません。だからあなたは黙って、神妙にお縄につきなさい!」


「お縄につきなさい……か。会長さんは、随分とお優しいんだな。今までの奴らは皆、殺しにかかってきてたぜ?」


「私の仕事は、敵を殺すことではありませんから」


 ピシャリと強く否定してきた言葉に、ワンツは少し驚いた。

 一方的に断罪してこようとしてくる奴らなら山程いたが、デオンみたいな返事をしてきたのは初めてだ。

 少しデオンと話をしてみたくなって、ちょっとしたことを聞いてみる。


「へぇ? じゃあ、あんたの仕事とはなんなんだ?」


「私の仕事は、悪人を捕らえることです」


「俺が何か悪いことでもしたのか?」


「あなたは魔王なのでしょう? なら理由はそれだけで十分。反論があるなら、私たちに勝って見せなさい!」


 デオンは一方的に言い放つと、手錠の鎖を握り空いている手枷を振り回しながら突っ込んでくる。


「ちっ、なんて脳筋なお嬢さんなんだ!」


 突っ込んでくる以上、対応せざるをえない。

 デオンが振り回しているのは、ワンツが知る物よりも幾分かチェーンが長いだけの普通の手錠だ。

 拘束が目的にしても戦闘にはなる。

 少しの失望感がありながら、剣を構える。


「ただの拘束具でどうやって戦う気なんだ?」


 ワンツの独り言には、すぐに回答が返ってきた。


「私は脳筋じゃありません!」


 そう言いながらデオンが振りかぶると、鎖部分が勢いよく伸びてしなりながらワンツに迫ってくる。


「そうか、鞭になるのか!」


 反射的に剣で弾き、一気に距離をつめる。

 鞭になるということは、鎖を大きくしならせて攻撃したいはず。

 次の攻撃が来る前に、素早く懐に入り込み切り上げる。

 

「もらった!」


「甘いです! ロック!」


 左手の手枷が勢いよく伸びて右手首を縛り、きつく張った鎖でワンツの剣を受ける。

 金属同士が激しくぶつかり合い火花が散る。


「ロックオープン!」


 手枷が急に外れ前につんのめる。

 ワンツが姿勢を崩している間に、素早い動きで背後へ回り込み、ワンツの腕を後ろへ回し拘束する。

 鮮やかな拘束劇に、大衆から感嘆の声が聞こえてくる

 

「確保完了、観念しなさい魔王」


「それはどうかな」


 展開しておいたファイアダガーをデオンに突進させる。

 多少狙いが定まらなくても、ここまで至近距離にいれば命中させるのは容易い。

 しかしデオンは、ワンツを拘束する手の力を一向に緩める気配がない。


「避ける気なしか!?」


「なぜ避けないのか。答えは簡単です、避ける必要がないからです」


「トライアロー」


 そんな声と共に複数の破裂音が同時に聞こえた。

 顔を上げるとサーラが弓を構えていた。

 取り回しのしやすい、ショートボウと呼ばれるタイプの弓だろう。

 かなり高度な技術だろうに、緊張した様子もなく変わらず余裕が感じられる微笑を浮かべている。


「小さなダガーを狙撃させるなんて、ずいぶんとあの黒髪の子を信頼してるんだな」


「サーラです。もちろん、私の一番の相棒ですから」


「そうかい。だが、お生憎様こちらもひとりじゃないんでね」


「アイシクルランス!」


「くっ、そういえばもうひとりいましたね!」


 氷の槍を避けることに意識を割いた隙をついて、デオンの拘束から逃れる。

 一度仕切り直すため、距離を取りゲルダと合流する。


「悪い、助かったゲルダ」


「いえ滅相もございません。ワンツ様、あの攻撃は」


「分かってる、だけどいくら変則的な攻撃でも、二度目はないさ」


 表情から会話を察したのか、サーラがワンツの考えていたことを、改めて言葉に起こす。


「言ってみれば、デオンちゃんの戦い方は鞭を振り回して相手を翻弄、最終的には拘束するのが目的。だから攻撃が読まれやすい。そうですよね?」


「あぁ。敵を倒すんじゃなくて、拘束し捕らえる。だから選択肢が絞られる分、対応がしやすい」


「では次は攻め方を変えましょうか」


 サーラは矢を弓へつがえると、狙いを澄ますようにゆっくりと構えた。

 よく見ると、矢は少し電気をまとっているのか、バチバチと電撃が爆ぜている。

 

「どうか集中してくださいね。私の矢は雷光すらも置いてけぼりにしますから」


 そんなことを言われると、無意識に集中力は矢を回避することに割いてしまう。

 サーラの指が矢を離した瞬間、ワンツは大きく体を反らせた。

 耳元を一筋の光が通り抜けていく。

 轟音を聞きながら目線を戻すと、両手に短剣を持ったサーラが最接近していた。


「こんッのぉ!」


 矢が放たれてから一瞬も経っていないのに、すでに懐に入り込まれている。

 剣で受けるには間に合わない。

 反射的に左手に防御結界を集中させ、剣を受けた。

 額に冷や汗を浮かばせている自分をごまかすように、強がりが口からこぼれる。


「後衛役なら相方の援護に徹してろよ」


「あら、つまらない男ですね。これで完成しているのですよ、私たちのタッグは」


「完成? どういう……!」


 サーラの動きに集中していると、双方向から勢いよく伸ばされた手枷が迫ってくる。

 

「あの改造手錠、アンカーにもなるのか。クソッ」


 下手なところに回避しようとすれば、飛んできている手枷に捕まる。

 しかしあれだけ素早い動きをすることができるサーラを、無視することはできない。

 まさに八方塞がり。

 

「だけど……考えてる時間はない!」


 ワンツは左手に力をこめて、サーラを押し返した勢いで後方へ飛ぶ。

 サーラは空中にいながら、短剣の柄同士を組み合わせ、ショートボウを構える。

 二振りの短剣を合わせた姿が、あのショートボウだった。


「どおりで弓を消して、剣を出してってタイムラグが無いはずだ」


 ワンツとサーラはふたりとも宙に浮いている。

 一瞬の空中戦。

 サーラは空中で身動きが取れないはずのワンツを、矢の早撃ちで仕留めようとしている。

 ワンツは至近距離で放たれる矢を弾くために、すでに射線上に剣を置いている。

 こんな極限状態の中で、デオンの手錠アンカーのことを考えている余裕はなかった。

 いいや、初めから頭の片隅ですらも考えていなかった。


「クッ間に合えッ……!」


 雷光すらも置いてけぼりにする一撃。

 今思えばあれは、自分は弓兵なのだと印象づけるための誇張表現だったのだろうが、あながち嘘ではないと感じる。


「グッ……重い!」


 もう一方の手で剣の腹を支え力を入れているはずなのに、金色の矢は押し戻そうと進んでくる。

 このまま空中で力比べをしていたら着地がおろそかになり、2射目を構え始めているサーラに確定的な隙を晒してしまう。

 ワンツはあえて片手の力を抜き、体をそらす。

 矢は剣の腹を滑っていき地面に激突、爆散した。

 それと同時に空中で破裂音がなり、氷の結晶が降ってくる。

 顔を向けなくても分かる。

 ワンツの意図を察して、ゲルダが手錠アンカーを迎撃してくれたのだろう。

 後方からのちゃちゃ入れに注意しなくてもよいなら、目の前の相手に集中できる。

 

「今度はこっちの番だ!」


 間一髪で矢を回避し、剣を振るう。


「そう思い通りにはさせませんよ!」


 サーラはすぐさまショートボウを分離し、2振りの短剣に持ち変える。

 至近距離で始まった剣戟。

 どちらも一歩も遅れを取っていない。


「何がおかしいんです?」


「そうか俺……今笑っているのか」


 サーラの短剣を受け止め、至近距離で顔を向き合わせる。

 

「そっちこそ、上品な雰囲気に似合わない顔をしてるぜ?」


「あらまぁ、私はどんな顔をしているのかしら」


「思いっきり力比べをできる相手を見つけた時の顔」


「ええ。ええ、そうでしょうとも。そしてあなたも似たような顔ですよ、魔王!」


「俺が? バカ言えよ、バカを!」


「信頼できる仲間がいる者同士が、その連携を競い合っている。険しい表情も緩むというものです。それはあなたも、同じはずでしょう!」


「そうだな……否定はできないか。けど!」


 力任せに押し返し距離を取る。

 瞬時にショートボウに構え直したサーラの攻撃を回避しながら、仕切り直す。

 それぞれの近接戦闘組が後方に下がって、毛色の異なる2人組が相対する。


「いつまでも、あんたらだけの相手をしてる訳にはいかないんでな。一気にケリを付けさせてもらう」


「あらツレナイですね。魔王はあぁ言ってますけど、どうしますデオンちゃん?」


「私たちの仕事は時間稼ぎをすることじゃない。望むところよ、勝つのは私たちだもん」


「そうですね。あとデオンちゃん、いいんですか? 会長っぽい喋り方しなくて」


「なっ! と、とにかく勝つのは私たちですから!」


 デオンとサーラの様子を見る限り、勝負に乗ってくるらしい。

 

「ゲルダ、次の一撃で決めたい。ひとりなら後のことを考えて出し惜しみする大技だけど、お前となら、なんとかなるかもしれない。力を貸してくれるか?」


「ええ、ワンツ様のためなら命すらも喜んで差し出しますわ」


「いらないよ、それは。あの時、お前の結界を突破した時のあれをやる。できるか?」


「あれをふたりで……分かりました。やってみましょう」


「助かる、ロンド・オーバーファイア」


 炎をまとったロンドをふたりへ向ける。


「ゲルダ!」


「はい! 猛々しい炎すらも、優しく抱きしめて見せましょう。アイシクルランス」


 激しく燃え盛るロンドを氷が包み込んでいき、巨大な投げ槍へと変化する。


「一気に決めるぞ、ゲルダ!」


「はいワンツ様!」


「いっけ……え?」


 炎を内包した氷の槍を射出しようとした瞬間、巨大な爆発音が聞こえる。

 発射体制を中断し、爆発音の聞こえた決闘場の方を見る。


「あ、あの爆発は!?」


 第7決闘場、その最上階のあたりから黒煙が上がっている。

 爆発があった場所から吹き飛ばされてきて、焦げ付いた瓦礫や破片が崩れ落ちてくる。

 爆心地は今、一体どのような状況になっているのか。

 反射的に回れ右をしてデオンたちから背を向けようとした体を、必死に引き止める。

 あの爆発の原因など、ひとつしか考えられない。

 しかし自分勝手な考えで、この場所を放棄して助けに行くことはできない。

 決闘場の入り口を守り、敵をひとりたりとも通さない。

 ただでさえ多勢に無勢というこの状況で、ゲルダひとりに負担を強いる訳にはいかない。

 なぜならワンツの仕事は、この場で時間稼ぎをすることなのだから。


「行ってくださいませ、ワンツ様」


「え?」


「十中八九、フレアさんが無茶をしたんでしょう。だからワンツ様、あなたは行ってくださいな」


「だがお前をひとり置いていく訳には……」


「はぁ……ワンツ様はただ一言、ここはお前ひとりでしのぎきれ。と、わたくしに命じればよいのです。それがこの場における、最善策です」


「……分かった。ゲルダ、ここはお前に任せる。さっさと片付けて、フレアと帰ってくるよ」


 ゲルダにこの場を託して、ワンツは第7決闘場へと走って行った。

 暗闇へと消えていくワンツの背中を眺めながら、ゲルダは少し嬉しそうに呟いた。


「まったく……わたくしは命じろと申し上げましたのに」


「に、逃げる気だぞ! 魔王を逃がすな! うわぁっ!」


 ワンツの背中を追いかけようとした男の進路上に、氷の槍をぶつける。


「改めて申し上げておきましょうか。ここから先へは一歩も通さない。わたくしが、この場に立っている限りは」


「私でも分かる。それはただの強がりだって。仲間が減ったのに、さっき以上に戦えるとは思えません」


 正論をぶつけてきたデオンに、ゲルダは両唇を釣り上げ歪んだ笑顔を見せた。


「あなた、デオンさんとか言いましたっけ。それは時間稼ぎをしていた時の話でしょう?」


 雪女の魔眼、起動。

 心の中で唱えて、右目に魔力を集中させる。


「この完全な感覚……逆に違和感がありますわね」


 右目を開くと、両目を大きく開け、驚いたような表情でこちらを見てくるデオンの姿がうつる。

 分かりやすく狼狽えているデオンを見ていると、なんだかおかしくなってきて笑いがこみ上げてくる。

 魔眼とは、己の器官を代償に差し出し獲得する魔法使いのような物だ。

 ゆえに、魔力を与えていない休眠状態では、器官として働かない。


「その眼は! 魔眼ですって!?」


 青白い煙のような光を放つ右目を、デオンへの返答代わりに細める。

 氷の結晶を内包する美しい魔眼だ。

 そこに絶望の色は感じられなかった。


「魔眼を見るのは初めてですか? そうでしょうね、わたくしだって他の魔眼を、見たことはないですもの」


 氷の杖、カイを地面に突き刺しイメージする。

 いつかあの人と共に過ごすことができたなら。

 そんな理想の城のイメージを。


「ここからは、皆さんを殲滅させて頂きましょう」


「全員下がりなさい! 巻き込まれるより前に!」


 サーラがゲルダの思惑を察知し、背後の味方に指示を出すがもう遅い。

 ゲルダにとってそれは、0からイメージを固める必要があるような世界ではない。

 なぜならゲルダの心は、あの時から常にあの世界を待望しているのだから。


「展開せよ、スノウキャッスル」


 第7決闘場の前に集まる群衆のすべてが光に包まれた。

 痛いくらいに冷たい空気が、頬の上を走っていく。

 目を開けるとそこは、雪と氷の世界だった。

 無骨な決闘場は、広大な雪原にポツリと佇む氷の城へと変化している。


「本当はわたくしと、ワンツ様だけの世界なので、皆様は招かれざるお客様。なのですけれど、今回は特別ですわよ?」


「クッ、これだけの結界を瞬時に……何者なの? あなたは」


 デオンの質問に、ゲルダは少し考えてから答える。


「そうですね、あまり目立つことは好きではないのですけれど、今回に関しては、この方がそれっぽいでしょうね」


 ゲルダが両腕を大きく広げると、無数のアイシクルランスが出現し群衆に狙いを定める。


「初めまして、有象無象の方々。ここからは氷の魔女、ゲルダ・スノウクインがお相手いたしますわ」


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

次回は2月2日、18時頃公開予定!

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