第34話:あなたのならきっと明るい未来が

「ふたりとも構えろ! そろそろだぞ!」


 無骨な4階建ての建物、第7決闘場までだいぶ近づいた頃。

 ワンツは背中を追いかけてくるフレアとゲルダに、注意を促した。

 昨日ルキウスが帰った後、急ごしらえではあるが立てた作戦。

 予定通りであれば、間もなくセレーネによる先制攻撃が行われるはずだ。

 ちょっとした岩陰に隠れて、様子をうかがう。

 うようよと蠢くドット模様。

 それらの集団が防衛している第7決闘場に光が突き刺さった。

 反射的に目をつむり耳を覆う。

 

「グッ、2回目とはいえ、相変わらずなんて威力だ……」


 大岩が大爆発を起こしたような轟音が、耳元で響き渡る。

 岩陰に隠れて小さく縮こまっている3人を、砂煙が覆い囲む。


「やっぱりか。この感じでは本丸は無傷だな」


 チカチカとしている目に、大きな影が映り込む。

 おそらくルキウスが防御結界で防いだのだろう。


「フレア、ゲルダ。作戦通りこの砂煙に隠れながら戦線を突破する。浅はかな作戦なんてルキウスには読まれてるはずだ。急ごう」


「はい、そうですわね。ほらフレアさん、いつまでふらふらしていますの。いい加減シャキっとなさいな」


「うーん……、ハッ! やっと目と耳が返ってきたわ。それでなんだっけ? このままバーンと突っ込むんだったかしら?」


 作戦を理解しているんだか、理解していないんだか、能天気なフレアを一瞥すると、ゲルダはワンツへ顔を向ける。


「……行けるところまで急いで突破します。行きましょう、ワンツ様」


 砂煙が視界を悪くしている内に、ワンツたちは進軍する。

 戦力差が絶望的な魔王陣営。

 少ない時間の中、なんとか考え出した唯一の作戦。


「くそぉなんなんだこの砂煙……」


「なんだ? 今何かが通り過ぎていかなかったか?」


「ケホッケホッ、お前何を言って……おい、あれを見ろ!」


 ひとりの生徒が異常に気がつき声を上げる。

 第7決闘場の入口の前。

 生徒が指を指した先には、ワンツら3人が立っていた。


「やれやれ、本陣を突破されて初めて気がつくとは。テンスラウンズが率いると言っても、大概は寄せ集めなのですね」


「まぁそう言うなよゲルダ。おかげで一気に本陣を突破できたんだからさ」


 余裕ありげな笑みを浮かべながら、ワンツは黒剣ロンドを構える。

 砂煙からいきなりワンツが現れて警戒しているのか、それとも指揮官クラスの指示が無いと動けないのか。

 誰でもいい。

 はじめのひとりが動き始めるのを、全員が待っている感じだ。

 このまま睨み合いを続けた所で意味はない。

 ワンツは分かりやすい、きっかけを投げ入れた。


「いいのか? このままじゃ俺たち、ノーダメージで本陣に突入してしまうぜ?」


「な、何をボーっと突っ立っているんだ! 魔王を倒すんだ!」


「「「「お、おおおぉぉ!!!」」」」


 困惑が含まれた雄叫びを上げながら、最前列にいた者たちが突撃してくる。


「ようやく本格的にミッションスタートって感じだな。よしゲルダ!」


「はいワンツ様! アイシクル・ウォール!」


 ゲルダが唱えると、突撃してきた敵たちの前で氷の壁が立ちふさがる。

 炎系魔法をぶつけたり、乱暴に殴打したりと破壊を試みてはいるが、突破されるまでは少し時間がかかりそうだ。


「よし今のうちだ行け、フレア!」


「え、ええ。分かったわ!」


 ワンツと目配せをして、フレアは入口の方へと駆け出す。

 しかしすぐに足を止めてしまう。


「ワンツ!」


「なんだ?」


「私の仕事はルキウスを倒すこと……よね?」


「あぁ。一対一の状況なら、一番破壊力があるのはお前だからな。俺たちがここで時間を稼いでいる間に、お前がルキウスを倒す。昨日、みんなでそう決めたろ?」


「ええ、覚えてるわ。分かってる、さすがの私でも……」


「フレア?」


「ううん、なんでもない。私は私のやるべきことをやるわ。行ってくる!」


「フレア!」


 フレアは無言で振り返る。

 期待と不安がないまぜになったような表情で、ワンツをジッと見つめる。


「期待してるよ。お前ならルキウスを倒せる。俺は本気でお前を信じてる」


「ふ、ふん当然じゃない! むしろ相手がテンスラウンズなんて、腕がなって仕方ないわ!」


 フレアは自信満々の言葉を残して、第7決闘場へ入っていった。


「ワンツ様は、あの人を甘やかしすぎです」


「そうか? そんな気は無いんだけど」


「そうでしょうとも。ワンツ様はえこひいきなさる方ではないと、心得ておりますもの、わたくし」


 そういえばこうして、ゲルダとふたりきりになるのは久しぶりだ。

 子供っぽい所があるフレアとセレーネとは違い、ゲルダは周囲に気を配ることができて、大人っぽい雰囲気がある。

 淑女を自称しているだけあって、周囲から一歩身を引いて他人が気持ちよく過ごせるように、気を使っているのだろう。

 ワンツはそんな周囲から身を一歩引いてくれるゲルダに甘えていた。

 少し悲しそうな顔をしている彼女を見て、やっと気づいた。

 だからこそ皆のいる前では言えない、気恥ずかしいことも今なら伝えられるだろう。


「……ゲルダ」


「はい、ワンツ様」


「一緒に頑張ろう。あの大群からここを守り切るのが、俺たちの仕事なんだ」


 ワンツの言葉に驚いたように目を大きく見開いた。

 しかしすぐに口元を緩ませ、上品に微笑んだ。

 光の加減だろうか。

 いつものように軽口が返ってきたが、頬は少し朱に染まっているように見えた。


「ワンツ様は恥ずかしがり屋さんですわね。そこもお可愛らしいのですけど」


「まったく……」


 ふたりの間に流れていた暖かい空間は、破裂音によってかき消された。

 氷の壁がついに破壊されたのだ。

 先頭集団が雄叫びを上げながら、突撃してくる。

 それぞれが凶器を持った集団が迫ってくるという恐怖体験に、足がすくみそうになる。

 しかし自分に余裕だと言い聞かせるように口元を緩ませ、怯みかけた精神を奮い立たせる。


「行くぞゲルダ! ここから先へは誰ひとり通さない!」


「はいワンツ様!」


 素早く深呼吸をしてワンツも駆け出す。

 接敵までは数秒もかからなかった。

 ひとり目、大振りな攻撃を剣で受けて蹴り飛ばす。

 ふたり目、体に乗った勢いに任せて剣を振るう。

 3人目、間近に迫っていた火球を間一髪で回避し剣撃を飛ばす。


「いける、この調子だ!」


 各個撃破形式で連戦を続けていく内に、強張っていた体もほどけてきた。

 むしろ勢いに乗ってきたのではないかとすら、思えてくる。

 迫ってくる敵をひたすら倒していると、突然攻撃が止まった。

 このまま突っ込み続けても消耗するだけだと判断したのだろう。

 ワンツたちを包囲するように動き始める。


「このままじゃ囲まれるな。なら強引に突破……はできそうにないか」


 あっという間にワンツたちは何重にも引かれた人間の輪によって包囲されてしまった。

 円の中心で、ゲルダと背中がぶつかる。


「すっかり囲まれてしまいましたね」


「悪い。いくらなんでも、勢いに任せて突っ込みすぎた」


「いいえワンツ様。わたくしはむしろ、感謝申し上げたいくらいですわ」


「感謝? なんでだよ」


「こうしてワンツ様と背中を合わせて、戦うことができるのですもの。この場でワンツ様と共に生涯を終えてもいい、なんてことすら思ってしまいますわ」


「ゲルダ」


「わたくしは嬉しいのですよ。こんなことすら思ってしまうほどに」


「生きていれば何度だってこんな機会が訪れるさ。だから早まるなよ」


「かしこまりました。あなたに出会えたこと、そしてあなたと決闘することができたこと。いくら感謝の言葉を贈っても、足りることはないでしょう」


「俺はたいしたことはしてないよ」


「ええ、ワンツ様ならそう仰ることでしょう。しかしこれだけは言わせてください」


 雑音に囲まれていても、それに続くゲルダの言葉は、はっきりと聞こえた。


「わたくしは、ワンツ様のおかげで少しだけですけど、自分のことを許せるようになったのです。ワンツ様、これからもわたくしには明るい未来が待っているのだと、信じさせてください」


「何を言われるのかと思ったら……。あぁ! それくらい何度だって見せてやるさ。まずは手始めに、この布陣を突破させてもらおうか!」


「はい、ワンツ様!」


「フレアへ追っ手を行かせるわけにはいかない。多少強引にでも突破して、決闘場入口を守り切る。ファイアダガー!」


 黒剣ロンドの腹に刻まれている赤い三本線を撫でると、軌跡は炎となり5本のダガーへと変化する。


「援護任せる! 行け、ダガーたち!」


「任されましたわ!」


 ゲルダの頼もしい言葉を背中に聞きながら、ワンツは敵集団へと突っ込む。

 ついさっき、勢いに任せて突っ込みすぎたと反省したばかりだが、やはり体が軽いことには間違いない。

 5本のダガーを別々に動かしながら自分も動くなど、普段ならばもっと気を張って行動しているはずだ。

 集中していなければ当然、自分かダガーかのどちらかの動きがおろそかになってしまうからだ。

 しかし今は違う。

 なぜこの程度のことが、普段からできないのか分からない。

 こんなことを思ってしまうくらいに、タガーが自由に周囲を飛んでいる状況が自然に感じる。

 

「さて、ひとまずは振り出しに戻ったと言ったところかな」


 あっという間に分厚い包囲網を抜けて、ワンツたちは再び入口の前に立っていた。


「助かったよゲルダ。お前の援護が無かったら、もっと手こずってた」


「お褒めいただき光栄ですわ」


 軽く息を整えていると、集団の中からふたりの人間が歩み出てくる。

 ひとりは、後頭部にあるお団子を囲うように髪を結い上げた小柄な少女。

 お団子に光が当たると、若い木の葉のような色合いに見える。

 もうひとりはお団子頭の少女よりも、少し背の高い少女。

 少し短めに切りそろえられた黒髪が後ろで小さく結ばれており、余裕有りげな笑みを浮かべている。


「あのパーカーどこかで……」


 突然現れたふたりの少女は、一般生徒が着ている制服とは異なるパーカー風の上着を着ていた。

 あの姿には見覚えがある。

 それもあまり良くない意味での見覚えだ。

 お団子頭の少女はワンツとゲルダへ順番に視線を送ると、大見得を切るように声を上げた。


「ここから先へは一歩たりとも通しません!」


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

次回は2月1日、18時頃公開予定!

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