第18話:とびっきり賢い言葉

「ーー俺の鱗剣シーエカイユでな!」


 セルパンは最短距離で突っ込んできて、ワンツに接近してくる。

 至近距離で見たのこぎり剣は、長い刃渡りにしては薄く、軽そうだ。

 ワンツは剣で受けようと、右手に力をこめる。


「最短距離を詰めてきて真正面からの攻撃。受けるのは簡単、だけど……」


 セルパンはあいも変わらず、いやらしい笑顔を向けてくる。

 自信に満ちたあの顔は、何か企んでいるからに違いない。


「ならここは回避だ」


 ワンツは最小限の動きで、振り下ろされたのこぎり剣を回避する。

 瞬間、近くの空間が切り裂かれたような感覚をワンツは覚えた。


「うん? この感じ……」


 この感覚はただ、体の近くを剣が通過して空気を切り裂いた、というだけではない。


「そうか、のこぎり剣ってのはそういうことなのか」


「何ぶつぶつ言ってんだ、気でも狂ったかぁ!?」


 楽しげに暴言を吐きながら、セルパンはのこぎり剣を振るってくる。

 のこぎり剣が近くを通過する度に、ワンツの周囲の空間が切り裂かれる。

 この感覚は間違いない。

 のこぎり剣の特性は……。

 大ぶりの攻撃を、ワンツは剣で受け止める。


「逃げ回るのはもうおしまいか?」


「あんたのそれ、防御魔法を切り裂くのに特化した剣だろ。まともに食らってたら怪我じゃすまなかった。これをあんたは、決闘で使ってきたのか?」


「当たり前だろ、俺の愛剣だからな。だが決闘で人殺しはご法度だ。大変なんだぜ、人を殺さないように手加減するってのはな」


「なるほどな。よく分かったよ、俺の立ち位置が」


「そうさ。魔王は必ず討たれなければならない。だからお前は、黙って俺に殺されなくちゃいけないんだよ!」


 黒剣ロンドと麟剣シーエカイユ。

 全く異なる2振りの剣がぶつかり合う。

 激しい剣戟の最中に向けられる憎悪の視線は、目の前でいやらしく笑う男からだけではない。

 どれだけ動こうと、ワンツに向けられた悪感情は減ることない。

 ギャラリーのほとんどが、あの連なった鋭いウロコがワンツの体を抉り取ることを期待しているのだ。


「ちっ!」


 セルパンの大振りな攻撃を受け流しきれずに、ワンツは姿勢を崩す。

 即座に飛んでくる追撃になんとか対応して、仕切り直しのために距離を取る。

 我ながらよくさばいたと思う動きだったのだが、ワンツたちを囲むギャラリーからは不満の声が上がった。

 勇者が宣言した時に向けられた無数の視線を思い出し、全身から脂汗が吹き出してくる。

 至る所から浴びせられる罵声が脳内で響き、体を強張らせる。


「ワンツ様……信じております」


「私に勝ったんだから、そんな雑魚相手に負けてんじゃないわよ!」


 呼吸が荒くなってきたその時、しっかりとふたりの声が聞こえた。


「……うるせえよ、まったく」


 ワンツを信じて、応援してくれている仲間の声。

 ふたりの声が、頭の中を暴れまわる雑念を吹き飛ばしてくれ、思考がクリアになる。


「言われなくても勝つさ、これくらいの相手」


 大きく息を吐くと、体が軽くなった気がした。


「……なに笑ってんだ、てめぇ」


「知らないのか? 人は勝ちを確信したその時、自然と強ばっていた口元が緩むんだ」


「言うじゃねぇか。ならお望み通り、ぶっ殺してやるよ!」


 セルパンが何度か大げさな動作で、のこぎり剣を振り回すと、ウロコのような刀身が破裂音を鳴らしながら光を放つ。


「雷系の魔法か。かすかに帯電させていた電気を大っぴらにして、どういうつもりだ……?」


「さぁどうだかなぁ!? 抉り取れ、シーエカイユ!」


 セルパンは勝ちを確信したような笑顔で、のこぎり剣を振り上げる。

 ワンツの意識を、電気をまとった剣に集中させるような、大仰な動作。


「電撃を飛ばす攻撃……いや違うなこれは」


 一瞬、電撃を斬撃として放つ攻撃かとワンツは思った。

 しかしそれは違う。

 セルパンは狡猾で残忍。

 そして己の武器に、絶対の自信を持っている。

 だとすれば、チャージした電撃を飛ばすなどという、芸のない攻撃をしてくることはないはず。

 セルパンが望んでいるのは、ワンツの体がズタズタに引き裂かれること。

 ならば意識を集中させるべきなのは、のこぎり剣の刀身だ。

 のこぎり剣の刀身に意識を集中させていると、世界がゆっくりになったように感じる。


「電撃が消えて……刀身が分離した? そうかウロコのような刀身、蛇腹剣だったのか!」


「今さら気づいたところでもう遅いんだよ!」


 ワイヤーを通してウロコをかたどった刃が接近してくる。


「防御魔法を前面に最大展開!」


 攻撃を受け止めるために、左手を大きく開く。

 命令を唱えると、ワンツの前に光が乱反射する、クリアの障壁が現れる。


「防御魔法を容易に切り裂く、つったのはてめぇだろうがぁ! 愚かな奴だぜ、死んじまいな魔王!」


 麟剣シーエカイユの能力か。

 セルパンの魔法の影響か。

 そのどちらなのかは分からないが、防御魔法が簡単に切り裂かれていく。


「さぁこれで終わりだ!」


 シーエカイユのウロコのような刃が、防御魔法を抉りワンツを切り裂く。

 そんなセルパンの目論見は、ただの想像で終わった。


「そうか、これで……この程度で終わりなのか」


「……て、てめぇ、どうして、どうして俺のシーエカイユを受け止めてやがる!?」


 誰もが疑いもしなかったワンツの無惨な姿が現実にならず、ギャラリーはどうしてよいのか分からず、シーンと状況をうかがっている。

 そんな静かな世界に、セルパンの絶叫だけが響き渡る。


「確かに俺のシーエカイユは、お前の防御魔法を切り裂いていたはずだ! それなのにどうしてお前は死んでいない。死んでないんだ!」


「簡単な話だよ」


 左手でウロコを掴みながら、ワンツはゆっくりとセルパンへ歩み寄っていく。


「あんたのその……なんだっけ、のこぎりみたいな蛇腹剣ね。結界破壊とか、そういう方面に特化した能力なんだろう。確かに、俺の防御魔法を簡単に、突破してきていたよ」


 ワンツが目の前までくると、セルパンは腰から地面に崩れ落ちる。

 手足は震え、口元は意味もなく開閉を繰り返し、ワンツを仰ぎ見る。


「じゃあどうしてだよ!」


 第三者から見れば、すでに勝敗は決している。

 それでも認められないのか、セルパンは駄々をこねるように叫ぶ。


「簡単な話だよ。防御魔法を切り裂くことができる特殊能力。それをあんたが発動できる程度よりも、高いレベルで展開すればいい」


「そ、そんなデタラメな話、あってたまるかよ! 俺のシーエカイユで、抉り取れなかったモンなんて、ひとつもなかったんだ!」


 セルパンは跳ね起きて、蛇腹剣で切り裂こうと突進してくる。

 しかし足を踏み出した瞬間、透明の壁にぶつかったように、不自然な姿勢で硬直する。


「嘘でもデタラメでもない本当の話だよ。ほら」


 ワンツが左手に力をこめると、鋭いウロコはセルパンの目の前で砕け散る。

 ぱらぱらと崩れる愛剣だった粉を追うように、セルパンの顔は落ちていく。


「そ、そんなバカな話があって……」


 ワンツが一歩進むと、セルパンは一歩下がる。

 そんな無駄なやり取りをしていると、ギャラリーからルキウスが拍手をしながら出てくる。


「面白い決闘だったよ。さすが魔王を継ぐ男なだけあるよな」


「そっちは楽しそうでいいな」


「いいや、実のところはだな。お前があれで真っ二つに捌かれるんじゃないかと、ヒヤヒヤしてたんだぜ。どっちかが死ねば、立会人である俺の責任問題になっちまうからな」


「……よく言うよ、煽ったのはそっちのくせに」


「まぁ無名の生徒がひとり死んだくらい、テンスラウンズ権限でどうとでもなるからな」


 人の命がかかっているというのにこの男は、少しの罪悪感もないように言い放った。

 ルキウス・ランギス。

 そもそもこの男の口ぶりからして、ワンツが圧勝することは予測できていたはず。

 それなのになぜ、セルパンが逃げられないように群衆を集め、決闘を煽ったのか。

 地面に情けない姿で転がっているセルパンに個人的な恨みがあった?

 それとも、別の目的が……。


「何がしたいんだ、この男は?」


 整った容姿に貼り付けられたような、へらへらとした笑顔。

 感情や思想など、個人が持つ色をほとんど感じられない。

 ルキウスの背中に問いかけてみるが、当然返答はなかった。


「さて、残念だったなセルパン・オーンズ。お前は決闘に負けたから、残念だが今日で退学だ。お前とはあまり接点がなかったが、悲しいよ俺は。大切な学友がひとり減ってしまうんだからな」


 ルキウスはゆっくりと膝を折り、嘘っぽい鳴き声を作った。


「ふ、ふざけるな! 俺はまだやれるぞ。決闘で負け無しの俺が、こんな奴に……。こんな弱そうな見た目の野郎に、負ける訳ねぇだろうがぁ!」


 相手を威嚇するように叫んだ暴言は、自らを奮い立たせるための虚言か。

 明らかに怯えたような表情で、セルパンは立ち上がる。


「そうか分かった。お前の覚悟、しかと理解したぜ。そこまで言うならやろう、延長戦を」


 ルキウスは勢いよく立ち上がり、セルパンの肩を抱く。

 まだ負けていないことを認められたと感じたのか、セルパンは引きつった顔で笑みを浮かべた。


「延長戦じゃない。なぜなら、まだ決闘は終わってないんだからな」


「ま、そこはどうでもいいよ。だけど決闘を再開するにあたって、少しルールを変更させてもらう」


「ちょ、おい、あんた。決闘は俺の勝ちなんじゃないのか」


「まぁまぁ、話は最後まで聞いておくものだぜ魔王」


「こっちは聞きたくないんだけど」


 ルキウスが言ったルール変更とやらの内容を聞いてしまえば、ワンツは決闘の延長を認めることになってしまう。

 しかし、ワンツの小さな抗議は、無視される。


「決闘の勝利条件を、相手の首を討ち取った者とする」


「首をって……ルキウス・ランギス、お前まさか」


 内容を理解したのか、セルパンの血の気がサーッと引いていく。

 この状況で向けられるルキウスの笑顔は、恐怖以外の何物ではないだろう。


「決闘での殺しは、ご法度って言ったな。あれをテンスラウンズの末席である俺の権限で、今回に限り不問とする。どうぞ思う存分、殺し合ってくれ」


「だ、だが……」


「どうした? セルパン・オーンズ。お前、さっきまであんなに意気揚々と言ってたじゃないか。魔王を討ち取り英雄になるのは俺だって。お前は運がいい。普通は無いんだぜ? 失敗した人間に、2度目のチャンスが訪れるなんてことはさ」


 セルパンは青ざめた顔を逸らすが、肩をしっかりとルキウスに掴まれていて逃げることはできない。

 はた目で見ているワンツからでも分かるくらいに、セルパンの呼吸は荒い。

 肩で呼吸をしているセルパンを、楽しげに見ながらルキウスは語りかける。


「そうだよな、ずっと安全な場所から命を狙う側にいたんだもんな。そんな卑怯者が、いきなり取るか取られるかの極限状態に放り込まれたら、確かに固まっちまうよな。でもさ、もう決闘は決まっちまったんだ。望んだのはお前なんだぜ? 俺じゃないし、ましてや魔王でもない」


「い、いや俺は……」


「まさか、一方的に暴力を振りかざしておいて、いざ暴力の矛先が自分に向いたら腰が抜けて動けません。なんて情けないこと言うはずがないよな。いや、そんなこと俺が言わせない」


「おお、おれはーー」


 ルキウスが肩から手を放すと、セルパンは膝から崩れ落ちる。

 地面に手を付きながら、ブツブツと独り言を言い始めてしまったセルパンを見て、ルキウスは他人事のように肩をすくめる。


「やれやれ、これじゃ決闘の続行は不可能だな。おめでとう、勝者はお前だ魔王」


 ルキウスが歩いてきて、ワンツの肩を叩く。

 ルキウスは勇者側の人間のはず。

 ならばセルパンを挑発したり、追い詰めたり。

 魔王であるワンツの肩を持つような行動をする理由が分からない。


「そう怖い顔すんなって、俺は期待してるんだぜ。お前に」


「期待? お前は勇者の命令で、俺を殺しに来たんじゃないのか?」


「俺に求められているのは、魔王を殺すという結果だけ。ならせめて結末に至るまでの過程くらいは、俺が好きに演出しても文句を言われる筋合いはない。そういうことさ」


 別れ言葉の代わりに意味深な微笑を残して、ルキウスは歩いていく。

 別れ際に軽く叩かれた肩には、いやに重みが残っていた。


「ワンツ!」


「ワンツ様!」


 まだ会って間もないのに、この声を聞くと心が落ち着く。

 ゆっくりと振り返ると、笑顔のふたりが立っていた。


「ワンツ様、よくぞご無事で。わたくし惚れ直しました」


「ほれ!? ちょ、あんたなに言ってんのよ!」


「言葉にした通りの意味ですが?」


「なっーー」


 顔を真っ赤にしながら、当てもなく手を振り回しているフレアを宥めていると、背後からかすれた叫び声が聞こえてくる。


「お前らはどうしてそうなんだよ! そいつは魔王で、生きてるだけで世界を不幸にする悪者で、いつか絶対に勇者に殺される運命なんだぞ! それなのにどうしてお前らは、魔王の近くにいようとするんだ!」


 セルパンはひとしきり憎しみの思いを叫ぶと、ワンツたち3人を睨みつけてくる。

 ルキウスが去ったのを合図に、ギャラリーもどこかへ散った。

 静かな空間に、ただセルパンのどす黒い感情だけが、響き渡る。

 風が吹く音の中に足音が混ざる。

 砂を踏む音が聞こえた方へ顔をやると、無表情のゲルダがセルパンへ足を進めていた。


「ゲルダ」


「決闘以外での暴力は禁止。わたくしが言ったことですもの。分かっていますわ」


 耳元が凍りつきそうな冷たい口調を言い残して、ゲルダは迷うことなく歩いていく。


「あなたは少し勘違いをしています」


「あ? 俺が勘違いだと?」


「わたくしたちは、魔王に付いて行っている訳ではありません。全てを捧げたいと思った相手がワンツ様で、そのお方が、たまたま魔王だっただけです」


「……はぁ?」


「偏見で凝り固まり、肩書きでしか人を判断できないあなたには理解できないでしょうね。まぁ最悪の魔王に付き添った氷の魔女として、勇者に討たれるのも悪い結末ではないですけれど。あの方はそんなこと、望んでいないでしょうね」


 言いたいことを言って、ゲルダは帰ってくる。


「ふん、あんたもたまには良いこと言うじゃない」


「そうやって他人の功績に乗っかっていないで、たまには自分の頭で考えて行動した方がいいですよ」


「はぁ? どういう意味よ」


「フレアさんが、もっとバカになってしまうってお話ですわ」


「なっ!? わ、私だって嫌味のひとつくらい賢く言えるわよ!」


「その言い方が既にバカだって気づかないのが、フレアさんの可愛らしい所ですわよね」


「本人の前で言うなよ、それ」


「おほほほ」


 ずかずかとセルパンの方へ歩いていくフレアの背中に向かって、なんとも失礼な会話が飛んでいく。

 それが聞こえたのか否か、フレアは仰々しく腕を組みながら、とびっきり賢い言葉で嫌味を言い放った。


「ばーーーーーーか!!」


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

次回は1月16日、19時頃公開!

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