第17話:蛇頭のクラン

 胡散臭い男の後を追って中へ入ると、ワンツはやはりとため息をついた。


「……やっぱり、この感じか」


 薄暗い空間に色味の強い光がギラギラと輝く中の雰囲気は、良く言えばヤンチャな人が好きそうな感じのあるバー。

 悪く言えば、ギャングみたいな不法者が出入りする酒場のようだった。

 そんな、あちらこちらに物が散乱しているアングラな空間の最奥。

 一段床が上げられた場所にひとりの男がいた。

 豪華そうなひとりがけソファに深く座り、ワンツを見てニヤニヤ笑っている。

 刈り上げられた頭に蛇が走っているような髪型を見ていると、男が話しかけてくる。


「待ってたぜ魔王」


「あんたは?」


「おいおい、おいおいおい。俺はお前を助けてやったんだぜ? まずはお前が名乗るのが筋だと思わないか?」


 蛇頭の男が、いやらしい笑顔でそんなことを言ってくる。

 ワンツは、おい、が多すぎるだろ、おい、くらいにしか思わない。

 しかし、問題はワンツの後ろに控えている女性陣だ。

 ワンツは背中からくる殺意が、爆発しないことを願いながら答えた。


「それもそうだな。俺はワンツ」


「知ってるよ、あんたは有名人だからな」


 背中から飛んでくるプレッシャーが、一段と強くなった。

 少しイラッとしたワンツの気持ちよりも、今は後ろに控えている女性陣ふたりが暴れ出さないかの方が気がかりだ。

 顔を蛇頭の男へ向けながら、プレッシャーを放っているふたりに釘を刺しておく。


「おいフレア、ゲルダ。分かってるとは思うけど、ドンパチはなしだからな?」


「分かっています、わたくしは冷静ですわ。そこの爆発女と違って」


 明らかに苛ついている様子のゲルダが、そんなことを言う。

 ひやひやしながらフレアの方を見ると、鬼の形相でゲルダを睨みつけていた。

 ここで怒鳴ってしまったら、ゲルダの言う通りになってしまうと思ったのだろう。

 なんにせよ我慢ができたのだから、あとで褒めてやらなければ。

 しょうもない考えを頭の片隅に追いやって、蛇頭の男に聞く。


「それで目的はなんだ? 普通は魔王なんて助ける理由がないはずだ」


「何も大した話じゃない。お前に俺のクランに、入って欲しい」


「クラン? クランって確か、あんたらみたいな、お仲間集団のことだろ?」


「ハッハッ、お仲間集団とは言ってくれるじゃないか」


「なんにせよ、俺みたいな厄介者を、仲間に加えるメリットは無いはずだ」


「まぁまぁ、そう言うなよ魔王さんよ。クランってのは学園から認められた、正式な学生団体なんだぜ? その証拠に、クランに入れば個人戦を拒否できるし、こうして隠れ家もゲットできる。なに、悪い話じゃないだろう?」


「俺にとってはな。俺をクランに参加させる、あんた側のメリットは?」


「お前が魔王だから。勇者よりも魔王に憧れるお年頃なのさ」


 男は犬歯を光らせ笑う。

 明らかに、腹の奥に何か別の企みを隠している。

 蛇頭の男が腹の奥底に何かを隠していることを察したのか、ゲルダが耳打ちしてくる。


「ワンツ様……」


「分かってる。あんた名前は?」


「おうっとと、そういや自己紹介がまだだったな。セルパン・オーンズだ」


「ならセルパン・オーンズ、ありがたいお話だけど、今回は遠慮させてもらうよ」


「そうか、残念だ。ならこうするしかなくなるわな」


 セルパンが指を鳴らすと、黒い影がもぞもぞと壁を這い回る。

 部屋の湿度が上がり、ツンとした空気が、鼻を通る。


「この感じ……結界か」


「ご名答。おっと、そこのクセ毛女。結界には触れないことをおすすめするぜ? その手をズタズタにしたくなければな」


 部屋の壁を這い回る、黒いヘビの鱗のような結界に手を伸ばしていたゲルダに、セルパンは忠告する。


「あら見た目にそぐわず、お優しいのですね」


「俺の狙いは魔王だからな。関係ない奴に怪我をされると、後々面倒なんだ」


「でしたら、わたくしの手ひとつで、ワンツ様をお助けできるということですわね」


「ちょ、おいゲルダ!」


「なにしてんのよ、あんた!」


 結界に向かって手を伸ばしていたゲルダの手を、両方から掴む。

 鱗に触れてしまう寸前で止まった手をふたりに掴まれながら、ゲルダは不思議そうな顔でワンツを見る。


「こうなってしまったのは、わたくしの責任です。でしたら、わたくしがこの場を突破するきっかけを作るべきかと」


「そんなこと頼んでないし、頼む訳ないだろう。そうやってお前が傷つくところは、見たくない」


「……はい、ワンツ様がそう仰るなら」


「ちょっと、私もあんたを助けたんだけど?」


「はいはい、助かりました。でもあなたが手を出さなければ、ワンツ様おひとりに助けて頂けたんですよね……。やっぱり謝ってください」


「なんでよ!」


 いつもの調子で口喧嘩を始めてしまったのを横目に、ワンツはセルパンに向き合う。


「魔王、俺と決闘しろ。負けたらお前には、俺のクランに入ってもらう」


「決闘だって? どうしてそこまでして俺を引き込もうとする?」


 少し悩むように頭をかくと、セルパンは開き直るように言い放つ。


「こうなっちまったら、隠す必要もねぇか。魔王の身柄を確保して、勇者に売るためだ」


「それは随分と、商魂たくましいようで」


 たいして驚きはしない。

 一般人が魔王に向ける感情がどのような物なのか、それをついさっき嫌というくらいに思い知らされたからだ。


「さっきも言ったが、クランには個人戦を拒否する権利が与えられる。手柄を取られる前に、穏便な形で囲っちまおうと思ったんだがな。仕方ない、半殺しにして連れて行くことにするよ」


 満足そうにひとり語りを終えると、セルパンは長い舌で唇をなめる。


「俺はせっかく、平和的に解決しようと思っていたのに。お前が悪いんだぜ、魔王」


「楽しそうに計画を話してるけど、そんなの俺が決闘を断ればいいだけじゃないのか?」


「いいや、魔王。お前は俺の決闘を受けるしかない。お前の今の学年順位を言ってみな」


「俺の順位? ええと……」


「昨日、わたくしとの決闘に勝利しましたから、100位ですわ」


「100!? 俺って底辺順位だったはずだろ?」


「順位というのは、入れ替わり制だからですわ。ですので逆に言えば、今のわたくしの順位は、フレアさんと同じで最底辺になっているでしょうね」


「最底辺って言い方やめてよ。まるで私が弱いみたいじゃない」


 フレアが間違いを訂正するように、割り込んでくる。

 皮肉を返すのも面倒くさいのか、ゲルダはため息混じりに首を横にふる。


「……そうは言っていません。第一、最下位からスタートする推薦組が、入学2、3日で100位台に到達すること自体が、有り得ないことなんです」


「ふ、ふーん。それなら私はいいわ」


 なぜか満更でもない顔をしているフレアを横目に、ワンツはセルパンに問いかける。


「何が良いか知らないけど、ともかくなんで俺はお前の決闘を断れないんだ? できるなら毎日、毎日決闘なんてしたくないんだけど」


「そんなの決まってるさ。俺の今の順位が200位くらいだから。それだけだ」


「それがどうしたんだよ」


 ワンツが疑問符を頭に浮かべていると、ゲルダが耳打ちしてくる。


「ワンツ様、決闘は下位順位者が上位順位者に挑む時、上位者は断ることができないのですよ」


「……マジかよ」


 そういえばゲルダとの決闘の時に、アリスがそんなことを言っていたような気がする。

 だから形式的には、ワンツがゲルダに決闘を挑むということになったことを、今さら思いだした。


「そういうこと。さぁ、早速始めようぜ。表に出ろよ」


 昨日の今日で体も疲れているので、心の底から決闘をしたくない。

 では絶好調ならばどうか、という話でもない。

 そもそもワンツは、できれば決闘はしたくないのだ。


「やるしかないのか」


 しかし決闘が避けられないのならば仕方ない。

 ワンツはセルパンの背中を追い外に出た。



「げっ、なんだこの人だかり」


 ワンツがセルパンを追うと、地下への階段を囲むように人が集まっていた。

 直接的なブーイングはないものの、やはり悪意のこもった視線を向けられるのはつらい。

 セルパンの背中を追い地上に出ると、聞き覚えのない男の声が聞こえてきた。


「せっかく、魔王が決闘をやるというんだ。これだけのギャラリーを用意するのは、当然の話だと思わないか?」


 人混みの中から、ひとりの男が出てくる。

 高身長で体つきが良いのが、制服の上からでも分かるくらいに、がっしりとした恵体だ。

 おまけに顔も整っていて、線が細いがキリッとした男らしい顔つきでもある。

 ベージュがかった髪は短く切り揃えられており、髪型にふさわしい爽快感のある笑顔を浮かべている。


「ルキウス・ランギス、どうしてお前がここに?」


 セルパンが怪訝そうに聞く。

 常に人を小馬鹿にしたような笑みを崩さなかったセルパンが、ルキウスという男に対しては、険しい表情を浮かべている。


「今、俺が言った通りさ。魔王が討たれる瞬間なんて、人生で一度見れるかどうかも怪しい。ならばぜひとも、自らの目でその瞬間を見届けたい。こう思うのは、自然なことだろう?」


 ルキウスという男は、快活な好青年という雰囲気を一変させる。

 少し離れた所に立っているワンツにまで伝わるくらいに、迫力の感じられる声でセルパンに問いかけた。


「それとも、下級生のひよっこに負けるのが怖いのか?」


「はっ! 俺が誰に負けるって? 冗談じゃない、俺は学園に入学してから負けなしだ」


「勝てる相手ばかりを選んでいたら、それは負ける訳ないだろうな」


「魔王をヤッた後は、お前と決闘をやってもいいんだぞ」


「俺はいつでも構わないぜ? だがそう言うからには、魔王に勝つ自信があるんだろうな」


「当然だ」


 セルパンとの問答を終えて、ルキウスはニヤリと口元を緩ませる。

 大衆に自分の言葉を聞かせるように、両腕を大きく広げる。


「そうか、ならこの決闘をより面白くするために、ひとつ賭けをしよう」


「賭けだと?」


「この決闘で負けた者は、この学園を去ること。決闘に賭けるのはこれだ」


「ふーん、いいぜ。万が一にも俺が負けることは、あり得ないからな」


 どよめいた群衆を面白くなさそうに見ながら、セルパンは渋々といった様子で了承した。

 するとルキウスは、ワンツへ顔を向ける。


「ちょっとあんた! いきなり出てきて、仕切り出したと思ったら急に何よ! 決闘に負けたらワンツは退学なんて、絶対にいい訳ないでしょ!」


「気に入らないですが、フレアさんと同意見です。ワンツ様、このような決闘を受ける必要はありません。そもそもあのルキウスという男、あたかも自分は中立であるかのように出てきましたが、あれはテンスラウンズの末席です。そもそも勇者側の人間なんです」


「テンスラウンズの末席……ということは学園の10番目ってことか」


「やっぱり知ってたか、ゲルダ・スノウクイン」


「天才ルキウス・ランギス。この学園で、あなたの名前を知らない人間の方が少ないのでは?」


「その名前で呼ぶのはやめてくれ。恥ずかしくて産毛が逆立ちそうだ。それに、だ。別に魔王にとっても、悪い話じゃないんだぜ? あくまで今回は、公平だ」


「今回は、公平か」


 確認するようにワンツが聞くと、ルキウスは、ああ、と楽しげに笑う。


「これから魔王は四六時中、決闘を挑まれるだろう。しかし、ここで己の命を賭けた、文字通りの意味での決闘を行い、クレイジーさを演出する。そうすれば少なくとも暫くは、平穏な日常を送っていくことができる。どうだ、別に悪い話ではないだろう?」


 ワンツの方へ歩み寄ってきて、ニコリと笑う。

 ルキウスの言葉を聞いていると、その真偽はともかく、理屈が通っているように聞こえるので、説得力があるように感じる。

 ここで命のひとつくらい賭けた方が、これからのためになるのではないか。

 そんな異常な理屈で、自分を納得させられそうになるくらいに。


「命を賭けた決闘って、大げさ過ぎやしないか? 負けても退学になるだけ。別に命を失うような状況になる訳じゃない」


「ああ、そうだな。ここの生徒の大半は、いいとこの坊っちゃん嬢ちゃんだ。もちろん俺も含めてな。退学になった所で、名誉が傷つくだけ。だが魔王、お前はどうだ。負けても退学になるだけ。本当にこれだけで済むのかな」


 ルキウスは大きな体でワンツを隠すように近づいてきて、ワンツにだけ聞こえるような声量で言ってきた。

 ワンツやアリスなど、ごく限られた人間しか知らないはずの情報を投げられて、つい反射的に険しい目つきでルキウスを見てしまう。

 ただのブラフだったかもしれないのに、ワンツの反応で確信を与えてしまった。

 ワンツには退学になってはいけない、重要な理由がある。

 それを悟られてしまった以上、引く訳にはいかない。

 せめて怪我の功名をと、無駄だろうと思いながら探りを入れてみる。


「……ルキウスとか言ったっけ、あんた。どこまで知ってるんだ? 俺のこと」


「さぁどこまでだろうな。少なくとも、お前はここで退学になる訳にはいかないってことは知ってるぜ、俺は」

 交渉、というよりは、もはや恐喝に近いだろう。

 この本音が探れない感じも不気味だ。

 ここで抵抗して話をこじらせるより、口車に乗せられていたほうが得策だろう。


「……分かった。その条件で受けるよ」


「ちょっと待ちなさいよ! 負けたら退学になるのよ!? あんたが退学になるなんてことになったら私……」


「ようは勝てばいいんだろ? 大丈夫だよ」


「そのお顔……勝てる見込みがある、ということなんですよね?」


「さぁ、それはやってみないと分からないかな」


「……分かりました。もしもワンツ様が退学になってしまった場合は、わたくしもお供致します」


「それは勘弁してくれ」


 本気か冗談か。

 ゲルダの目つき的には、本気そうに見えた応援を受けて、ワンツはセルパンの方へ一歩でる。


「ご愁傷さまだな、魔王」


「何がだ?」


「魔王を討った英雄として、俺の名前が、未来永劫この世界の歴史に刻まれるんだぜ? 考えただけで笑いが込み上げてくる」


「……それよりいいのか? 俺の身柄を押さえて、勇者に売り飛ばすとか言ってたが」


「いいさ、そんなことはどうでも。どう考えても、こっちの方がうまい」


 意地汚く笑みを浮かべるセルパンに、返す言葉がなかった。

 ワンツは目を細めながら、ルキウスへ準備完了の意を示す。


「俺の方は準備完了だ」


「けっ、面白みのない男だ」


 ワンツに続いて、セルパンもルキウスに準備完了の意を示す。


「了解した。テンスラウンズの権限において、ルキウス・ランギスが立会人をつとめる。それぞれの得物を構え、決闘を開始してくれ」


 あっさりとした宣言で決闘が始まった。


「こいロンド」


 ワンツが呼ぶと、軽やかな音楽を鳴らしながら黒剣が現れる。


「どんなおどろおどろしい武器を出してくるかと思えば、ただのショートソードじゃねえか。魔王のくせに芸がない武器使ってるんだな」


「そういうあんたは、ただならぬ武器で勝ち上がってきたのか?」


「あぁそうさ。だが面白いだけじゃないぜ、俺の剣は。こい、俺のシーエカイユ!」


 セルパンが高らかに宣言すると、ワンツのロンドよりも刀身の長いロングソードが現れる。

 しかしセルパンの言う通り、一般的なロングソードではない。

 刀身は鋭いウロコを積み上げたように見え、ギザギザと波打っている。

 剣というよりは、刃部分が長いのこぎりのように見える。


「お前の名誉、誇り、そして命。その全てを削り取ってやるよ。俺の麟剣シーエカイユでな!」


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

次回は1月15日、19時頃公開!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る