第11話:スノウガーデン

「やっぱり若いってのは、それだけで価値があるよな」


「は? 朝から何言ってんの? あんたバカなんじゃないの?」


「お前もそのうち分かるよ」


 ワンツはそう言いながら、大きく背中を反らせる。

 昨日は歩いているだけでも全身の筋肉がぴきぴき悲鳴を上げていたのに、今日はすっかり本調子に戻った。


「しかし凄いな決闘場ってのは」


 天井を見上げると、途中で暗闇に飲まれてしまって無限に続いているように感じられる。

 建材として主に石材が使われているからか、ただ広い空間には冷気が漂っていて肌寒い。

 灰色の四角い箱という外観の通り、中身もかなり殺風景だ。


「そんなことより大丈夫なの?」


「大丈夫って何が?」


「何がって、あんたは決闘に前向きじゃないでしょ? だから体は元気でも、心が疲れてないかなって思っただけ!」


 一息で言い放ってフレアは、ひとつにまとめられた金色の髪を揺らして、そっぽを向いてしまう。

 フレアのことだから、絶対に勝てと釘を刺してくるものだと思っていた。

 考えなしで乱暴な少女だとばかり思っていたが、どうやらそれだけではないらしい。

 正直予想外の言葉を貰った。

 しかし悪い気持ちじゃない。


「ありがとう、大丈夫だ。そら乗り気じゃないけど、やるからには勝つよ」


「そう、ならいいわ」


 ワンツが言うと、フレアは微笑みを浮かべた。


「あらあらまぁまぁ、朝からお熱いですわね。わたくし溶けてしまいそうですわ」


 長い銀髪をたなびかせながら、ゲルダが歩いてくる。


「お望み通り溶かしてあげましょうか。氷の魔女さん」


 フレアが安い挑発をした瞬間、ガラスが割れるような音が響き渡る。

 だだっ広い空間に、いつまでも破裂音が反響する。

 その正体は、いつの間にか出現させた氷塊を、乱暴にゲルダが握りつぶした音だった。


「あなた、確かフレア・スカーレットさんとか言いましたわね」


「そ、そうよ。なんか文句でもある訳?」


 あまりにも一瞬の変化だった。

 数秒前までニコニコ笑顔を貼り付けていたのが嘘のように、殺気を隠そうともせず鋭い視線を、フレアに送り続けている。


「二度とその名前でわたくしを呼ばないでくださいまし」


「呼ぶなって……あんたが自分で言ったんでしょ」


「自称はいいのです。しかし他称を許すことはできません。あなたは後で叩き潰しますわ。この氷粒のようにね」


 さっき手で砕いた氷塊をグリグリと踏み潰しながら、ゲルダは睨みつける。

 失礼な態度にフレアは一瞬顔を怒りで歪ませるが、すぐにフッと笑った。


「望む所よ……って言いたいところだけど、私があんたと戦うことはないわ」


「逃げる気ですか?」


「こいつが、私が唯一認めた人間、ワンツがあんたを倒すからよ!」


 言い放ってフレアはふふーんと胸をはっている。

 なぜ人のことなのに、こんなに鼻を高くしているのだろう。

 なんてことを思っていると、ゲルダの首が人形のようにカクンと動いて、殺気がこちらへ向けられる。

 相変わらずゲルダの放つ雰囲気は独特で怖い。

 ゲルダの青い目を向けられると、ざらざらの氷板で体の内側から、ゆっくりこすられているように感じるのだ。

 何か皮肉のひとつでもお見舞いしてやろうかと考えたが、唇が凍ってしまったように開かない。

 ゲルダはジッとワンツの目を見つめてくる。

 底なしのクラックを覗き込んでいる時のような、臓器が絞り上げられているかのような恐怖感。

 逃れたくて目をそらそうとするが、なぜかゲルダの宝石のような青い目から目が離せないのだ。

 ワンツには時が止まったように感じたが、実際は何秒程度だったのだろうか。

 ゲルダは突然にっこりと笑った。


「そうでした。わたくしったら、本来の目的を忘れてしまうところでしたわ」


 緊張と緩和。

 平常心をたもつための糸のテンションが、乱高下している。

 愛想笑いすら出ない。

 格上の怪物に睨まれている時のような、本能的な気味の悪さを感じる。

 今すぐこの場を立ち去りたい。

 そう思った瞬間、トーンの高い足音が響く。


「おはよう、早いねみんな」


「アリス……」


 よく知った顔を見ると、途端につまっていた息が溢れ出る。

 しかしいまだ心臓の鼓動は激しく、緊張の糸はぴーんと張っている。


「ケンカでもしたの? 若者は朝から血気盛んだね」


「いいえ、学園長様。お互い正々堂々全力で決闘しましょうと、ご挨拶申し上げただけですわ」


「そう、ならいいや。ふたりとも、もう準備は済んでいるのかな」


「ええ、いつでも」


「ああ、こっちも大丈夫だ」


「よろしい。ならふたりとも、位置について」


 アリスの指示通り、ゲルダはワンツに微笑みを残して歩いていく。

 それにならおうとしたワンツの袖をフレアが掴んでくる。


「フレア?」


 何かを言う訳でもない。

 フレアは少しも逸らすことなく、ワンツの目を見つめてくる

 否が応でもフレアの暖かい色の目に、意識が集中してしまう。


「忘れてないわよね、私とした約束」


 約束、と聞いてフレアと決闘した日のことを思い出した。

 最後に見せたフレアの笑顔が浮かんできて、口元が緩む。


「……ああ、もちろん。絶対に勝つ」


「ならいいわ。行ってきなさい!」


「おう」


 袖から離された手の代わりに、応援を受け取ってワンツは背中を向ける。

 まったく、フレアは不器用なやつだ。

 こっ恥ずかしくて素直に、頑張れって言えないのだ。

 だけどーー。


「約束したんだ。なら守らないとな」


 拳を強く握り、顔をあげる。

 視線がゲルダと交差するが、先ほどまでの緊張はない。


「あらあら、格好よろしいですわね。ですがわたくしの求める魔王様は、そんな表情しませんわ」


「悪いけど、君が望むような人間にはなれない」


「構いませんわ。わたくしだけの魔王様に染め上げるだけですもの」


「……マジかよ」


 言葉は返ってくるのに、会話をしている気になれない。

 そんな人間に負けてしまったらどうなるか。

 想像しただけで、鳥肌がたつ。


「立会人は学園長である私、アリス・ソルシエールがつとめます。勝利条件は相手を降参させること。もしも危険な状況になった場合は、ただちに中止し私が判断します。いいですね?」


「ああ」


「えぇ、結構ですわ」


「よろしい。では準備して」


 宣言と同時に、アリスは手をたたく。


「おいでカイ」


 ゲルダが手招きするように手をふると、氷で形作られたロッドが現れる。

 小柄なゲルダでも扱いやすい長さのロッドで、握っている手が透けて見えるほどに透明感がある。


「来い、ロンド」


 軽やかな音楽に乗って、赤い三本線が入った黒剣が現れた。


「なるほど。魔王様は、剣士でいらっしゃるのですね」


「……まぁな」


 余計なことを言うと相手のペースに乗せられてしまう。

 すでに開始の合図の前から、既に決闘は始まっているのだ。


「両者、準備はいいね。それでは決闘開始」


 アリスが決闘開始のゴング代わりに、手を叩く。


「まずは、魔王様の剣の腕をわたくしに見せてくださいまし」


 ゲルダが軽やかに氷のロッドを振ると、宙につららを大きくしたようなランスが現れる。

 ゲルダの目線よりも少し上で直線に整列している5本のランスは、静かにワンツに刃先を向けている。


「行きなさい、アイシクルランス」


 ゲルダの号令に応じて、つらら状のランスが突進してくる。


「動きは早いが、自由に動かない以上、あいつほどじゃないな」


 ワンツは赤い三本線をなぞるように、黒鍵の腹を撫でる。


「ファイアダガー展開……撃て!」


 炎のダガーと氷のランスが、正面衝突し水蒸気へと変化する。


「さすが決闘を経験しているだけありますね。少しくらいは焦ったお顔を見ることができるかと、思ったのですが」


「三次元軌道でこれを制御しながら突っ込んでくるような、じゃじゃ馬が初戦の相手だったからな。これくらいじゃ、息も上がらないさ」


「素晴らしい! やはりあなたは、わたくしのためだけの魔王様であるべきです!」


 そう叫ぶと、ゲルダはカイと呼んでいた氷のロッドを地面に突き刺す。

 するとロッドを中心に、青白い光が広がり、地に雪の結晶を描いた。

 ピリピリとした寒気が肌を撫でる。

 この寒気は地面に突き刺さっている氷のロッドから、生み出されている。


「ご招待致しましょう、災禍の魔王と氷の魔女が気持ちをぶつけるに相応しい世界へ。

 孤高の雪原で魔女は歌う。

 いつか氷がわたしの胸を貫く日を心待ちにして。

 純潔なる城は、無垢なる少年を悪魔の鏡に写し取る。

 現れよ、スノウガーデン」


 目を開けていられないほどの強風がワンツを襲う。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

次回は1月9日、19時頃公開!

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