第12話:魔眼は主人の命を喰らう

「ーー現れよ、スノウガーデン」


「こ、ここは……」


「ようこそ、魔王様。この世界はわたくしの……いいえ。これからはわたくしと、あなたのお城。スノウガーデンですわ」


 ワンツが目を開くと周囲は、殺風景な石壁の空間から、雪と氷で作られた幻想的な光景へと変化していた。

 ゲルダがスノウガーデンと言ったとおり、ここは城の中庭だろうか。

 氷でできたレンガや、氷で作られた壁に囲まれている。


「幻覚……じゃないな。結界魔法か」


 ゲルダは期待していた通りの返事がきたと、嬉しそうにうなずいた。


「ここまでのレベルになると、もはや別世界に連れてこられたように感じる」


 結界魔法自体は、とくにレベルが高いものではない。

 たとえば防御魔法。

 これは危害を遠ざけるため、己の周囲のみに展開された不可視の結界だ。

 戦闘をこなす魔法使いならば、使えて当然の基礎レベルの魔法なので、ワンツがアリスから初めに教えられたのも防御魔法だった。

 それを踏まえてもなお、この結界の密度は異常だ。

 第三者を巻き込みながら、ここまで鮮明にイメージを具現化し、結界として展開、維持できる使い手は普通じゃない。

 魔法使いとしてのレベルだけでいえば、ワンツとゲルダとでは天と地ほどの差があるだろう。


「なるほど、学園順位100位ってのは普通じゃないらしい」


「お分かり頂けたようで何よりですわ。どうでしょう、ここで降伏なされたら。わたくしも最愛の方を痛めつけるのは、望む所ではございませんし」


「よくもまあ、そんな歯の浮きそうな言葉をぺらぺらと」


「事実ですもの。わたくしは魔王様を愛しておりますから」


「そう……魔王様をね」


「? ええ、何かおかしな所でも?」


「いいや、何も。悪いが降参はしない。約束したからには守る質なんでな」


「約束……そうですか、あのアホ面赤リボン女のことですわね。よく分かりました。魔王様には、キツめのお仕置きが必要なようですね」


 ゲルダが両腕を大きく広げると、ワンツを包囲するように氷の槍が出現する。

 通常、魔法を発動する際には魔力が炎や氷などの現象として発現するまでに、タイムラグがある。

 しかし今回はそれがなかった。


「おゆきなさい」


 ゲルダの命令に応じて、一斉に氷の槍が突進してくる。


「やっぱり向こうのテリトリー内……真正面からやるのは分が悪いな」


 横向きに飛んで槍を回避する。

 地面に激しく激突した槍は砕け散るが、飛び散った破片は一瞬で再び氷の槍へと変化し、ワンツを追いかけてくる。


「ファイアダガー、迎撃任せる!」


 無意識に氷の槍の迎撃を任せる。

 つまりは感覚を研ぎ澄まし、勘でダガーを動かしながらゲルダへ向かって突進する。

 相手の結界内に誘い込まれたときの対処法はシンプルだ。

 展開されたテリトリーから出ればいい。

 しかし相手も有利な状況を維持するために結界から出さないように妨害してくる。

 ゆえに結界に入ってしまった場合、いかに相手の妨害を切り抜けて外へ出るかという読み合いになる訳であるが……。


「逃げ道が塞がれてるんだよな、ここは」


 不幸にもこの結界は、第3決闘場という密閉空間で展開されている。

 この空間から脱出するというのは、決闘の放棄と同じ意味だ。


「つまり相手の土俵で戦って、なおかつ勝てってことね!」


 氷の壁の向こうにいるであろうアリスを睨みつける。

 当然、分厚い氷の壁があるせいでワンツの恨めしい視線は届いていないだろうが、それでも送らざるをえなかった。


「ここは相手の独壇場、全方位攻撃で近づけない、だけど相手は魔法特化の遠距離支援タイプ、俺が勝つには懐に入るしかないだろうな……うおっと」


 ファイアダガーで迎撃しきれなかった氷の槍が、足元で爆発する。

 すんでの所で回避することはできたが、姿勢を崩してしまう。

 崩れ行く体勢。

 上向いた視界に映り込んだ複数本の刃先。

 ワンツは咄嗟に地面を蹴って、地面を転がる。

 瞬間、耳元でガラスが割れるような破裂音が聞こえた。


「あっぶねぇな、ギリギリじゃないか」


 勘に任せてファイアダガーを迎撃に使っていたが、どうやらそう長くは集中力が持たないらしい。

 すでに取りこぼしが増えている。


「持久戦は不利、そらそうだよな」


「かなりお疲れの様子ですわね。どうでしょう、大怪我を負う前に降参なされたら」


「余計なお世話だ。まあ見てな、こっから反撃の時間だ」


「へぇ、それはそれは」


 子供の戯言を笑うように、ゲルダは口元を緩ませる。

 ただの強がりに見えるのも当然だろう。

 ワンツは今、全方位から刃を向けられている状況なのだから。

 ゲルダはワンツがここから逆転する可能性を、少しも考えていない。

 ならワンツが付け入る隙があるならそこだ。

 そしてワンツには、相手が予想していない選択肢をひとつだけもっている。

 消費魔力が大きすぎて、一対多の戦闘では使えないが、一対一ならばその問題もある程度解決できる。

 その代わり、短期決戦にするしかなくなってしまうが。


「疲れるからできれば使いたくないんだけど……背に腹は代えられないか」


 氷に反射して青白い光を放っているゲルダの目を、ジッと見つめる。


「スキルアンロック」


 静かに唱えると、空白が生まれた体内に冷気が生まれる。

 吸った息を吐くと、サラサラとした氷の結晶を含んだ空気が出てくる。


「あなた……今わたくしの心を覗きましたわね……」


 心底不愉快そうな表情で、ゲルダが睨みつけてくる。

 すっぽりと抜け落ちてしまった何かを惜しむように、胸に手を当てている。


「覗いたかは知らないが、なんで分かるんだよ……」


「正々堂々、正面から来るならいざ知らず。格子の影から秘伝を盗み見るようなその態度。いくら魔王様といえど許すことはできません。どうやら、キツめのお仕置きが必要なようですわね」


 叫ぶように言い終えると、ゲルダの背後に無数の氷の槍が出現した。


「ようやく氷の魔女の本気ってことか」


「わたくしを魔女と呼びましたね。度重なる狼藉、とうてい許すことはできない!」


「不可抗力だろ、これは!」


 吹雪のように絶え間なく襲いかかる攻撃を、なんとか迎撃しながらワンツは考える。

 これほどひとつの魔法を極めているゲルダが、フレアに匹敵するほどの近接戦闘能力をもっているとは考えられない。

 スキルアンロックで得た情報からも、それは間違いないだろう。

 ならばやはり、ワンツが取るべき勝ち筋はひとつ。

 なんらかの方法でゲルダの魔法攻撃を捌ききり、懐へ接近する。

 これしかない。


「吹雪みたいな攻撃を吹き飛ばして一気に接近する……そう簡単にできたら訳ないだろ」


 結論は決まっている。

 しかしゴールに至るまでの道のりが思いつかない。

 足りない頭に苛ついてきたその時、昨日の朝の出来事を思い出す。


「……そうかこれなら。どうせこのまま耐え続けてもジリ貧なんだ。目指すは一発逆転! やるしかない!」


 迎撃に使っていたファイアダガーを消滅させ、右手に持っているロンドを前へ突き出す。


「防御結界を前面に展開」


 不可視の壁が全面に出現し、嵐のような攻撃を受け止めてくれる。

 しかしそう長くは持たないだろう。

 弾丸のように次々と飛んでくる氷の槍が砕け、破裂する音を聞きながら、ワンツは勝利を掴むための魔法を唱える。


「オーバーファイア。ロンド・アイスコーティング」


 炎をまとったロンドを、氷の刃で閉じ込める。

 ワンツの右手には今、燃え盛る炎を内包した氷のランスが握られていた。


「なにを企もうが今さら無駄ですわ!」


「それはどうかな。これが逆境を吹き飛ばす一撃になる」


 イメージが深まるにつれて、ロンドが手を引っ張る力が強くなる。

 限界まで弓を引き絞るように、力いっぱいロンドを制する。

 ロンドを制する限界と、防御結界の耐久力の限界は同時だった。


「行け、ロンド!」


 不可視の結界が突破された破裂音を、氷の投げ槍となったロンドが切り裂く。


「この一撃さえ止めてしまえば!」


 ゲルダは氷の壁を生み出してロンドを受け止める。

 金属同士がぶつかり合うような甲高い音を上げながら、ロンドは氷壁をえぐり進める。

 しかし勢いは途中で止まり、ロンドは氷壁の半分ほどをえぐった所で停止してしまう。


「うふふ、これで万策尽きたといったところでしょうか」


「いいや、本命はこっちさ」


 突き出した右手を力強く握りしめ、唱える。


「フルバースト!」


 瞬間、ロンドが目を開けていられないような閃光を上げながら、大爆発を起こす。

 初めに氷の破片を含んだ冷たい風が来て、すぐに水蒸気を含んだ熱風へと変化する。

 ロンドが手元に戻ってくると爆発も収まったようで、ゆっくりと目を開ける。


「わたくしのお城が……」


 ロンドの爆発で、景色は一変していた。

 氷の城は大小の氷塊へと変化しており、雪の庭は溶け落ちてしまっている。

 手を地面につき、うなだれた様子のゲルダに声をかける。


「ゲルダ、俺の勝ちだ。もうこれ以上はいいだろ」


「……あら、つれませんわね。どうしてそうお思いになりますの?」


「お前はもう、あの結界を開くだけの魔力を残していない。なら接近戦ができる俺に分がある。これ以上は無駄だ」


「なるほど。よーく分かりました。魔王様はお優しい方なのですね。ええ、ホントに」


「お、おい、お前何を言って」


「自分の命すら危うい状況であるのに、それでもなお相手を気遣う優しさを持っている。ホントに素敵で、優しくて、甘いお方」


 糸で引っ張り上げられたように、勢いよくゲルダは顔をあげる。

 狂ったように口元を釣り上げ笑っているゲルダ。

 その右目の中に浮かぶ雪の結晶が、赤黒く光を放っている。


「その目……ゲルダ大丈夫なのか?」


「その優しさは余裕の証なのでしょう。でしたらご覧に入れましょう。わたくしが持つ真の奥の手を」


「奥の手?」


 ゲルダにはもう決闘を続行できるような魔力は残されていないはずだ。

 しかしなぜだ。

 目の前で狂ったように笑みを浮かべているゲルダから、猛烈なプレッシャーを感じる。

 その時、アリスが言っていた言葉を思い出す。


『もしも魔眼を持っている人間と戦うことになった時は、気をつけたほうがいいよ』


『どうして』


『魔眼というのはね、それ自体が魔法使いみたいなものだからだよ。主人の命を吸って生きる残酷な魔法使い』


 もしもアリスの言う通りなら、ゲルダはどうなるのか。

 ワンツの予測では、すでにゲルダには大した魔力は残されていない。

 それでもなお、魔眼を維持しようものならゲルダの命は……。


「よせゲルダ、それ以上はお前が!」


「さあご覧になって! わたくしの本性を、ありのままのワタクシを! 開け、スノウキャッスル!」


「うッ、くそっ!」


 まばゆい光に飲まれ、反射的に目を瞑ってしまう。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

次回は1月10日、19時頃公開!

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