第8話:決闘の翌日は
『人間はそう簡単に変わらない。わたくしの目に烙印が刻まれている限り、わたくしはわたくしを一生愛することはできない。ならば氷の魔女として、人を傷つける悪い魔女として、正義の王子様に殺して欲しい。そう思うのは、そんなに悪いことなんですか!?』
彼女は、すがるように叫んだ。
彼女が自罰的なのは、彼女のせいではない。
生まれながらにして背負いし業。
魔眼という原罪のせいだ。
彼女を救い出したい。
彼女の右目に突き刺さっている魔女という名のガラスの破片を抜き取ってやりたい。
この思いはただのエゴなのかもしれない。
なぜなら彼女は、救いなど求めていないのだから。
だけど。
それでも。
彼女を救いたい。
たとえ彼女が救いを望んでいなかったとしても。
それが魔王と呼ばれる者がやるべきことなのだから。
◇
「フグッ! うゥ…… いっつつ……」
骨と肉との間に電流が走ったような痛みで目が覚めた。
視界がにじんでいるのは目やにのせいか。
それとも最悪の目覚めのせいか。
「いッ、あたたた」
体を起こそうと力をこめるが、背中が痛すぎてやる気がなくなる。
時間的にはギリギリ。
早く起きて準備をしなければ。
このままでは遅刻だ。
「……まあいいか、別に」
今日は入学式の日。
新入生はホールに集合しなければならない。
だがしかし……。
「入学式なんて行ってもしょうがないか。いたた……てか寝返りするだけで痛いわ」
低いうめき声を上げながら、ワンツは太陽光から目をそらす。
入学式に出席したところで、どうせ偉い人の話を立ったり座ったりしながら聞かされるだけだろう。
学園長としてのアリスは昨日散々見たし、今日はもういいだろう。
「それにしても背中が痛い。痛い……俺の背中は痛すぎる……何を言ってるんだ俺は」
「ーーい」
窓の向こうから、何やら声が聞こえる。
関わらないほうが良いと分かっているのに、好奇心が勝ってしまって、つい耳をすましてしまう。
「おーい。あら、さすがに聞こえないのかしら」
遠くまでよく聞こえる芯の通った声。
正面玄関からは、それなりに離れているだろうに、勝ち気な雰囲気がよく伝わってくる。
この声は間違いない、フレアだ。
どういう訳か、フレアがワンツを呼びに来たのだ。
それにしても随分と、大きい独り言だ。
本人に自覚は無いのだろうが。
「もう行かないと遅刻するわよ! おーい、ワンツー」
「ワン、ツーじゃないよ。スパーリングか」
ついツッコミがこぼれ出てしまう。
「呼びに行かないと……でも男子寮には入れないし。うーん、困ったわね」
女子寮に住んでいるフレアは、男子寮に入ることはできない。
つまりこのまま狸寝入りしていれば、諦めて帰るだろう。
ワンツは昨日の決闘で、体を痛めているのだ。
今日は回復に徹しなければならない。
そう、だからこれは仮病ではない。
正当な休みなのだ。
強固な理論を固めて、ワンツは毛布を頭からかぶる。
あつかましいフレアでも、さすがに無視し続ければ諦めて帰るだろう。
「そう言えばこの感じ、懐かしいな……」
小学生の頃、友達がマンションまで遊びに誘ってきた時のことを思い出す。
当時から出不精を発揮していたので、よくこうして狸寝入りをしたものだ。
少し懐かしい気持ちになりながら、フレアが諦めて帰るのを待つ。
「入れないならしょうがない。あいつの部屋を爆破するしかないわね」
「うんうん、しょうがない、しょうがない。……え、爆破?」
「威力を最小限にして……ふぁいあだがーー」
「おはよう! いい朝だな!」
跳ね起きて破壊せんばかりの勢いで、窓を押し開く。
目の前でふわふわ浮いているダガーは、いまにも爆発せんと輝いている。
「なんだ、起きてたの」
そんな声が聞こえると、ダガーは煙となって消えた。
安堵のこもった息を吐きながら、ワンツは目線を下に向ける。
フレアは透き通るような金色の毛先をいじりながら、残念そうに口をとがらせていた。
金髪をひとつにまとめている赤いリボンも、心なしかしょんぼりとしているように見える。
「なんでつまらなさそうな顔してんの?」
「だってもう少しで、新しい魔法を試せそうだったのに」
「新しい魔法?」
「そう。私のファイアダガーを目標の近くで爆発させる魔法。そうね……ダガーボム? いや、ファイアダガーバースト? とにかく名前は未定よ!」
「あ、そう……」
なんにせよ、新技ができて嬉しいのは分かる。
しかし人の部屋に向かって試しうちしないで欲しい。
ワンツのなんとも迷惑そうな顔に気づいたのか、フレアは誤魔化すように指をさしてくる。
「それより! 早く準備しなさい、遅刻するわよ!」
「いいよ俺は。別に行ったって何するでもないだろ」
「せっかくの入学式なのよ? ここから楽しくて明るい新生活が始まる気がしないの?」
「そ、そんな純粋な目で俺を見ないでくれ、悪いことしてる気分になる……」
勝ち気そうな少女に、混じりけのない純粋な気持ちを向けられると、とたんにこっちが悪いことをしている気分になる。
実際、学園生活の初日からサボろうというのは、悪いことなのだろうが。
「とにかく俺は昨日の決闘で体が痛いの。そんなに行きたいのなら、ひとりで行ってくれ」
「ほんとに行かないの?」
「うぐっ……」
そこは、なんでそんなこと言うのよ、このおバカ! と怒るのが、フレアではないのか。
予想外に心底残念そうな表情をされて、罪悪感がひしひしと肩にのしかかってくる。
「い、いかないし」
「ホントに?」
「……」
気まずくて目をそらすが、いつまで経ってもフレアが立ち去る気配はない。
横目で見てみると、ぱあっとフレアの表情が明るくなる。
「分かった、準備するから待ってて」
「ふん! 初めからそういえばいいのよ!」
心底嬉しそうな声で、フレアは言った。
「やれやれ」
少し良いことをしたような気分で、ワンツは制服に手を伸ばした。
もっとも、居留守なんてせずに素直に出てれば、朝からひと悶着起きなかった訳だが。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
次回は1月6日、21時頃公開!
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