第6話:魔王の力は
フルバースト。
それは高密度の炎球を作り出し、大爆発させるという単純な技だ。
しかし単純であるがゆえに、威力は絶大。
技を使うフレアでさえ、オーバーファイアを発動し炎をまとっていないと、ただでは済まない。
そんな一撃を、ワンツはゼロ距離でくらったのだ。
もはや跡形もなく消し飛んだことだろう。
胸中には、勝利を勝ち取ったという高揚感。
それと初めての対戦相手を消し炭にしてしまったという罪悪感。
しかし感傷に浸っている余裕は無かった。
それ以上に、フレアを苦しめる感情があったからだ。
それは痛みだ。
体内外から炎で炙られたような、強烈な熱さと痛み。
白煙を吐きながら、フレアは膝をついた。
「はぁ……はぁ……! ゲホッ、ゲボッ、ガハッ!」
勢いよく咳き込むと、手の中には白煙を上げる炭が転がっていた。
これほどの熱を発する炭が体内から出てきた。
ということは、体の中はどうなってしまっているのだろうか。
考えると恐怖で倒れてしまいそうだったので、フレアは手のひらの炭を握り潰した。
「はぁ……私の勝ちよアリス」
咳き込みながら見ると、アリスは微笑んでいた。
ワンツとかいう少年はアリスが連れてきたのだ。
ワンツとアリスは遠からずな関係に違いない。
それなのにアリスは、ワンツが消し炭となり消えるのを、ただ見ていた?
「いや、そんなバカな話ある訳……」
いくらアリスが怖い一面を持つ大人だったとしても、そんな残酷なことをする訳がない。
ならばなぜ、アリスは未だにニコニコと決闘前と変わらない笑顔でいられる?
オーバーヒートしかけているフレアの頭では、アリスの笑顔の理由はひとつしか考えられなかった。
「まさか……まさか私のフルバーストをくらってまだ生きてるの?」
問いかけると、白煙の中からシルエットが浮かび上がってきた。
影は徐々に薄くなっていき、正体を現す。
「そ、んな……あんたどうして」
「んだよ、その顔。よく見てみろよ、お前がやったことだ」
白煙が晴れ、完全に姿を表したワンツを見て、フレアはただ疑問を投げかけることしかできなかった。
なぜなら今のワンツを一言で言い表すとしたらこうなるからだ。
人の形をした炭が立っている。
特に左半身がひどい有様で、こうして会話ができているのが不思議なくらいだった。
「立てよ、まだ決闘は終わってない」
「で、でもあんた……」
「俺はまだ立っている。前を向き続ける限り、俺は負けない」
「……あんた正気じゃないわね」
「どの口が。さぁ決着をつけよう」
フレアはゆっくりと立ち上がりながら、オーバーファイアを発動させる。
全身を炙られているような痛みが再び襲いかかってきた。
涙をこらけるように奥歯を噛みしめると、砂利をはんでいるようなザラつきがあった。
「そっちがその気なら。今度こそ私が……」
「そうだ。今度こそ殺す気でこい」
フレアは燃え盛る剣を構えた。
◇
「フルバースト!」
フレアの叫び声が聞こえる。
瞬間、凄まじい閃光が視界に広がった。
左半身の感覚が消えた。
同時に右半身には激痛が走った。
しかし、喉がやられたのか悲鳴は出なかった。
どれだけ時間が経ったのか。
もしかしたら一瞬かもしれない。
意識が返ってくると、ワンツはもやもやとした白い世界にいた。
焦げ臭い。
おそらく白煙の中心にいるのだろう。
「ははっ、なんで生きてるんだろうな俺」
人間とは、理解できる範疇をこえた現実を見た時、自然と笑いがこみ上げてくるらしい。
自分の状態を見てみると、つい笑みがこぼれた。
左半身は死んでいるのだろうか。
左目は見えないし、体を動かそうとすると、黒片がパラパラと崩れ落ちる。
「けどなんでだろうな。死に体のはずなのに、死ぬ気がしない。いいや、むしろ体の奥底から活力が湧いて出てくるような」
自分でも言っている意味が分からなかった。
しかし右手はまだ剣を――ワンツの相棒、黒剣ロンドを握っている感覚がある。
それに、左半身にも芯から熱が出てきた。
「まだ俺は戦える」
ワンツは、まだ戦わなければならない。
それは勝利をこの手に掴むためか。
違う。
あの気の強い少女――フレアのためだ。
フレアが決闘に臨む理由。
それは勝ち続けるため。
勝ち続けたその先で、フレアは何を手に入れたいのだろうか。
それは分からない。
分からないが、ひとつだけ確信していることがある。
それは──
「ここで負ける訳にはいかない」
勝ち続けなければならないと言ったフレアの顔は、悲しそうに見えた。
そんな顔で戦い続けて手に入れた未来で、フレアは笑うことができるのだろうか。
「いいや、そんなことはありえない」
だからこそワンツは、勝たなければならない。
自らを炎にくべながら、このまま悲しい未来に突き進まないために。
こんなこと、フレアからしたらただのお節介に感じるだろう。
そんなことは分かっている。
しかしワンツは決めたのだ。
この力――魔王の力は誰かを守るために使うのだと。
『弱者がいくら喚いたって、ただの戯言だよ』
「分かってる。だから証明するよ。そのためにまずは、目の前で苦しんでる女の子を救ってみせるよ。この災厄の力でさ」
白煙が晴れた。
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