第5話:スキルアンロック

「決闘開始」


 アリスが言い切った瞬間、フレアが勢いよく飛び出してくる。

 大剣を振りかぶりながら突進してくる様は、巨大な獅子が突っ込んでくるような威圧感があった。

 心臓が激しく鼓動するせいで、息が上がって気分が悪い。

 危険を訴える防衛本能に気のせいだと言い聞かせて、ワンツは冷静に現状を把握する。


「直進的な動きだ。避けるのは容易いけれど……」


 勢いが乗った重たい一撃を、ワンツはあえて正面から受け止めることにした。

 剣の腹で攻撃を受けるため、頭上でロンドを構える。


「ふーん、愚かな選択ね。ならお望み通り、その弱そうな剣ごと叩き切ってやるわ!」


 目を細め、肩幅くらいに足を開いて衝撃に備える。

 息を吸って、決して破られることのない結界を想像すると、それが襲いかかってきた。

 猛烈なプレッシャーが、剣の腹にのしかかった。

 目を開けていられないほどの火花と、ガラスを引っかいたような高音が響き渡る。

 フレアの自信は過剰ではなかったらしい。

 数十センチ足らずの剣の腹に、どれだけの圧力がかかっているのだろうか想像がつかない。

 思わずうめき声が漏れ出てしまう。


「ぐっーー」


 衝撃がおさまると、それぞれの得物を交差させながら、ふたりの視線がぶつかり合う。


「驚いたわ。私の剣を真正面から受け止めきるなんて」


「これでも魔王の剣だからな、そう簡単に折れはしないよ。それよりあんた、さっきちょっとフライングしてなかったか?」


「フライング? 私が先走ってアリスの合図より早く飛び出したとでも言いたいわけ? そんなのあり得ないわ」


「ずいぶんと自信満々だな」


「私はね、耳が良いの。だから私がフライングするなんて、絶対に有り得ないことなのよ」


「そうかい、それは悪かったよ!」


 乱暴に大剣を押し返し、再び互いの剣をぶつけ合う。


「そう言えばあんたさっき、魔王の剣とか言ってたわね。もしかしてあんたが魔王なの?」


「あいにくな。俺が魔王だと知って、突っかかってきてたのかと思ってたが違うのか」


「あんたのことなんて知らないし、興味もないわよ。けどね、この世界で魔王の怖さ、残酷さを知らない人間はいない。あちこちで聞いたわ、魔王のせいで、世界にきっと良くないことが起きるんだろうってね」


 魔王がこの世界でどんな扱いなのか知るために、ワンツも一応は魔王と勇者のおとぎ話を読んだことがある。

 内容は、勇気ある若者が世界に恐怖をもたらす魔王を倒すという、ベタなおとぎ話だった。

 しかしこの世界の人たちは、そんなおとぎ話を信じているのだ。

 もっとも、おとぎ話に出てくるキャラクターが実在し、何度も被害を出しているのだから、それも仕方ないことだとは思うのだが。

 しかしワンツには、世界をどうこうする気など全くない。

 それなのに色眼鏡で見られ、噂まで広がっているとは、まったく酷い話だ。


「その気はないんだけど……」


「どうでもいいわ。でも戦うからには私が勝つ。相手が誰だろうと、どうでもいい!」


 強引に押し込まれて、姿勢を崩してしまう。

 晒した隙を見逃さんと、フレアは大剣を左から右方向に切り払う。


「ーーッ!」


 重心を移動させ、間一髪でフルスイングを回避する。

 しかし勢いにのっているフレアの連撃に、防戦を強いられる。


「魔王なんて言われてても、大したことないわね。この程度で世界の危機とか言われてるわけ!?」


「だからその気は無いって言ってるだろ!」


「じゃあなんであんたは戦っているの? 暇つぶし? ケンカを売られて腹がたったから? それともアリスに決闘するように言われたから!?」


「さっきから言わせおけば!」


 振り下ろされた大剣をあえて受けて、一度後方に距離を取る。

 受け身に徹していたワンツ側から行動を取ったからか、フレアは追いかけてくることはなく様子を見ている。


「君はどうしてそんなに戦いたいんだ。戦闘狂みたいなことばかり言うには、楽しんで剣を振るっているようには見えないんだけれど」


「楽しんで……? バカにするのもいい加減にして! 私の剣は勝つためだけにある。戦う以上、勝ちたいと思うのはそんなに悪いことなの? だから私が剣を振るうのは悪いことだと。そうとでも言いたいの!?」


「そこまでは言ってないだろ。俺はーー」


「いちいち御託はいらない。私にとってあんたは、明日には忘れるくらいのちっぽけな存在なのよ。ただの通過点らしく、早く私の前から消えなさい!」


 叫びながらフレアは大剣を地面に突き刺す。

 そして左手を突き出し、鬱憤を晴らすように唱える。


「ファイアダガー!」


 大きく広げられた左手を囲うように、炎が集まってきて5本のダガーへと変化した。

 浮遊しているダガーは燃え盛る炎のように、光り輝いている。


「行きなさい!」


 フレアの号令に応じて、ダガーが突進してくる。

 緩いカーブを描きながら迫りくるダガーを観察しながら、剣を構える。


「真正面から突っ込んでくるだけか……?」


 しかしワンツの推測は外れた。

 真正面から突撃してくる1本を除いて、残り4本が意思をもっているかのように、不規則な動きをし始めたのだ。

 ほとんどが視界から消えたので、意識を集中して感覚を鋭くする。

 複数方向からの寒気。


「全方位攻撃か!」


 感覚に身を任せて体をひねると、脇腹のあたりをダガーが通過していった。

 小さく火花が散っていたので、完全には回避しきれなかったらしい。


「アハハハ! さっきまでの余裕はどこへいったのかしら。随分と必死な顔をしてるじゃない!」


 フレアの言う通りだった。

 魔法で生み出した火球や電撃を、直線軌道で飛ばすのは簡単だ。

 多少魔法をかじっていれば、誰にだってできる。

 しかしそれを三次元的に制御するためには、別格の技術が必要になる。

 フレアの魔法のスキルは、ワンツの予想をこえていた。


「だけど……この程度のスキルなら対応できる」


 間近に迫ったダガーを弾き飛ばし、死角から襲ってくるダガーを回避する。


「やっぱり逃げることしかできないのかしら!?」


「チッ、好き放題言ってくれて……。感覚だけでどこまで避けられる?」


 クリーンヒットさえ避ければ問題ない。

 戦闘を行う魔法使いは、いつも自分を守る不可視の結界をまとっているからだ。

 かする程度であれば、さっきから何度も起こっているように、魔力が攻撃力を相殺してくれる。


「……ッ! そこだ!」


 機敏にさせた感覚を頼りに、背後から迫ってきていたダガーを撃ち落とす。

 しかしダガーは地面に激突する寸前に彷徨を修正し、再び勢いよくワンツへ向かってくる。


「どれだけ撃ち落としても復活してくるのか。ならどうする?」


 遠隔操作系の魔法への対処法はいくつかある。

 ひとつ目は破壊すること。

 これは浮遊しているダガーは破壊できなかったから駄目だ。

 ふたつ目は、使用者の魔力が切れるまで耐久すること。

 これは相手の魔力量が測れない以上、こちらがジリ貧になるから駄目だ。

 ワンツは逃げながら、ちらりとフレアを見る。


「いつまでもなぶり続けるのは私の性に合わないから、そろそろ決着をつけてあげるわ!」


 フレアは、直線的に走り背中を晒しているワンツに向かって、ダガーを集中させる。


「来た! 計画通り!」


 軸足に力を入れて、勢いよく体を回転させる。

 そして間近に迫っているダガーをめがけて、剣を振り下ろす。

 みっつ目の対処法。

 それは、予想外の行動を取ることで使用者の魔力操作を乱すことだ。

 あれだけダガーを三次元的に動かしていたのだ。

 あれほどまで自由自在に動かすには、かなり繊細な魔力操作が必要なことだろう。

 ワンツの目論見通り、地面に叩きつけられたダガーは白煙となり消え去った。

 火の粉を払いのけながら、顔を上げる。

 視線がぶつかりあった先で、フレアは驚きと悔しさが混ざったような表情をしていた。


「悪い、正直君のこと見くびってたよ」


「な、何よ今さら。皮肉のつもり?」


「いいや、本心だよ。手加減してた訳じゃない。けれど、俺もいよいよ本気を出さなくちゃいけないらしい」


「怖い顔ね。魔王がようやく本性を現したって所かしら」


「間違っちゃいないさ、あながち」


 10メートルほど先に立っているフレアの目をジッと見つめる。

 得意とする魔法と同じように、フレアの大きな目は燃え盛る炎のような光を反射している。

 フレアにはジッと睨みつけてくるように見えるのだろう。

 負けじと鋭い目つきを返してくる。

 しかしワンツは別に、フレアを雰囲気で威圧している訳ではない。

 相手の心の奥底を覗き込むように、相手の目を見つめる。

 これが魔王の力を使うために必要なこと。

 集中力が最大限に高まった時、その言葉は自然とこぼれ出てきた。


「スキルアンロック」


 瞬間、体内から魔力が一気に消滅し、代わりに熱い熱風が入ってくるように感じた。

 もちろん喉を焦がすような炎に襲われた訳ではない。

 しかし、血液が燃えていると錯覚するほどに異常な熱さが体内を駆け巡っている。


「スキル……なんですって?」


「すぐに分かるよ」


 軽く息を吐き、黒剣を胸の前で掲げる。


「展開、ファイアダガー」


 ワンツが唱え、剣の腹を撫でると、5本のダガーが出現する。

 地面と平行に整列し、浮遊している5本のダガー。

 これを見て、フレアは驚愕している。

 しかしすぐにいつもの勝ち気な調子を、とりつくろう。


「へ、へえ。魔王の力って、その猿真似のことかしら。ずいぶんとズルい能力なのね」


「そうだよ。でもこれで手札は同じ。こっからが本番だ」


「手札は同じ……ですって? なめないで! 私がこの力を得るまでに、どれだけ苦労したと思ってるのよ!」


 フレアの激昂に応じるように、再び5本のダガーが出現する。


「私の努力が、そんなぽっと出の手札に負けるわけないでしょ!」


 行きなさい! という叫び声と共に、フレアのダガーが突撃してくる。

 先程と同じように、見事な三次元的な軌道だ。

 フレアの言った通り、ここまでのレベルで動かすためには、血反吐を吐くような努力が必要だったのだろう。

 しかしその過程をすべてスキップし、我がものとする。

 それが魔王の力【スキルアンロック】だ。


「迎撃は……任せる、俺は正面突破だ」


 独り言のように指示を出すと、正面で浮遊していたダガーたちが、意思をもっているかのように動き出す。

 もちろん魔法で生み出した現象とはいえ、自由意志をもっている訳ではない。

 ダガーたちは、ワンツの勘と無意識により制御されているのだ。


「そんなッ! ダガーを動かしながら、自分も動けるの!?」


 ダガーの操作をしながら、自分の体を適切に動かす。

 これはそう簡単にできることではない。

 なぜならそれは、自分の体から分離し独立した器官を、同時並行に動かすようなものだからだ。

 だからこそフレアは驚いている。

 自分が何年経ってもできなかったことを、猿真似とバカにした相手が難なくやってのけているのだから。


「どうして動けるかって言ったか?」


「そ、それが何よ。なんでさっき見たばかりのアンタが、私以上に使いこなしてるのかって聞いてんのよ! 私だってできなかったのに!」


 フレアのダガーをすべて弾き落とし、大剣にワンツの剣をぶつける。

 また視線が交差する。


「そんなの俺が知るかよ。これは君のスキルだろ?」


 言うと、フレアの期待するような表情が変化した。

 湧き出てくる悔しさを、奥歯で噛みしめるような表情に。


「ーーッ! あんたもそうやって私をバカにして!」


 力任せにワンツは押し戻される。


「純粋なパワー勝負では勝てないか。いや違うな。土壇場で魔力が上がっているのか?」


「許さない。あんたは……あんただけは! 私の命をかけてでも倒す!」


「ーー!? おいやめろ!」


 フレアを中心に、強烈な熱波が発生している。

 ワンツの制止も意味がなく、さらに勢いが増していく。


「すべてを燃やし尽くしなさい、オーバーファイア!」


 唱えた瞬間、フレア自身が爆発したような激しい熱波と、閃光が周囲を襲う。


「あれは……燃えているのか?」


 焼け焦げたクレーターの中心で、燃え盛る大剣を携えた少女が立っていた。

 光を反射して光り輝いていた金髪は、紅く燃え上がる太陽のような紅に変化している。

 すべてを燃やし尽くすまで決して止まることはない。

 少女は猛き炎の化身となっていた。


「君は本当にフレア・スカーレットなのか?」


 返事代わりだというように、両手を前に突き出し少女は唱える。


「来なさい」


 命令に応じて、少女の前には炎をまとったダガーが10本出現した。

 確かにフレアがさっきまで使っていた魔法だ。


「出力が段違いに上がってやがる。あれをくらうとヤバいな」


 ワンツも5本のダガーを出現させ、剣を構える。

 あの炎のダガーをくらえば、ワンツの防御結界など簡単に貫通されてしまうだろう。

 つまり被弾は、直接致命傷へと繋がるということだ。


「これが順位とやらを賭けてやる決闘? 冗談じゃないな。こんなの続けてたら、いつか人死にが出るぞ……」


 頬に伝った冷や汗は、手で拭う前に蒸発した。

 一応アリスの方へ視線を向けてみるが、微動だにしていない。

 つまりアリスがいった、不測の事態ではないということらしい。


「マジかよ……。全くひどい保護者だ。あれをくらったら死ぬぞ、間違いなく」


 息を吸い込むと喉が熱い。

 まるで燃え盛るやぐらの目の前で、呼吸をしているみたいだ。


「行きなさい! あいつを燃やし尽くすのよ!」


 10本の炎が猛スピードで突っ込んでくる。

 出力だけでなく、スピードも桁違いに上がっているようだ。


「くそっ、殺意マシマシじゃないか。5本はダガーで相殺だ!」


 ワンツに接近されるより前に、ダガーをぶつけて爆発四散させる。

 残りは半分。

 炎はすべて、ほとんど同時に着弾する。

 どう対処するべきなのか。


「考えるより、やるしかない!」


 勘に任せて剣を振るう。

 金属音から一拍置いて、右の脇腹と左の腿のあたりに激痛が走る。

 突進してきた炎は、ワンツの防御魔法を貫通し、身体にダメージを与えていた。

 反射的におさえた左手に、べっとりと液体が張り付く感じがした。


「これで終わりよ」


 顔をあげると、目の前に炎をまとった大剣を振り上げるフレアの姿が映った。

 楽しそうでもなく、怒っているようでもなく、ただ無表情なのが怖かった。


「こん……のッォ……!」


 反射的に剣を振り上げ受け止める。


「グッーー痛い!」


 熱さはほとんど感じない。

 ただただ両腕が炙られ続ける痛みだけが、無限に続いているのではないかと錯覚する。

 経験したことのない感覚で視界がゆがむ。


「さようなら」


 ワンツの顔面へと突きつけられたフレアの右手。

 それに気づいた瞬間、ワンツの視界は真っ白に染まった。


「フルバースト!」


 フレアの叫び声を最後に、すべての感覚が失われた。

 音も、景色も、痛みさえも。

 何も感じない真っ暗な世界で、ワンツは目をつむった。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

次回は1月3日、21時頃公開!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る