第4話:紅の太陽少女
「プレゼントってこれが?」
巨大な石門――かなり荘厳な感じがしたが、あれでも裏門らしい。
そこから歩くこと約20分。
レンガや石畳で整備された道は荒れた地面に変わり、等間隔で並んでいた植木はうっそうとした木々へと変化した。
プレゼントとやらへの期待が不安に置き換わった頃、ようやく開けた場所に出た。
「これが、アリスの言ってたプレゼント?」
目の前には巨大な建物があった。
ここに鎮座してから、かなりの年月が経っているのだろう。
4階建てのそれには、あちこちにヒビが入っており、溝に墨が入るように黒い雨染みがついていた。
「違うよ。ワンツが見ているのは、旧校舎。プレゼントはあっち」
「あっち……」
言われてみれば、飾り気のない灰色の建物は、校舎らしい見た目だった。
妙な懐かしさを感じながら、アリスが指さした方へ目をやる。
「ボロ小屋?」
「失礼なことを言うね。確かに小さいけれど、学園長の私がひとりの生徒にするには過剰なプレゼントなんだよ?」
ちょっとムッとした表情でアリスが見てくるので、視線をそらしながら小屋を見てみる。
三角屋根のついた木造の小屋だ。
長年風雨にさらされてきたのだろう。
壁になっている木板の表面はザラザラと毛羽立っているように見え、端の方から苔が広がっている。
パッと見でも、かなり年季が入っているのが分かった。
しかし三角屋根から煙突が生えていたり、こじゃれた装飾のされたドアが付いていたりと、建てられた当時は可愛らしい建物だったのだろうということが分かる。
ボロくは見えるが、少なくとも掘っ立て小屋ではない。
「ここから始まるんだよ」
語りかけるように、アリスは言った。
ボロ小屋――今は年季の入った小さな家に見える。
家を眺めるアリスの目は懐かしそうで、光の当たり方だろうか。
どこか少し寂しげにも見えた。
「始まるって何が?」
ワンツが聞くと、アリスはゆっくりと視線を合わせてくる。
「君の学園生活が」
アリスが言うと、暖かい風が吹いてきた。
風はワンツの頬を優しく撫で、アリスの透き通るような金色の髪を踊らせた。
風で揺れる長い髪を優しく太陽の光が照らしている様は、とても美しい。
「きっと楽しいことだけじゃない。他の生徒以上に辛いことが多いと思う。それでも最後には、楽しい3年間だったと言えるような学園生活になることを、願っています」
そう言って微笑むアリスは、とても神秘的で人間離れした美しさに見えた。
今ワンツは、絶世の美女の笑顔を独り占めにしているのだ。
男として、誇らしくないはずがない。
しかし親代わりの人に見惚れてたなんてことは、口が裂けても言えるはずがない。
「……アリスって本当に学園長だったんだな」
「どういう意味かな」
気恥ずかしくなって、つい軽口を叩いてしまったことなどお見通しなのか、アリスは微笑んだまま聞いてくる。
「あ、いやバカにしてるんじゃなくて。ただ、忙しそうにしてるのは知ってたけど、アリスが仕事をしてるところを見たことがなかったから」
「仕事は家に持ち帰らない主義だからね。それじゃあついでにもうひとつ、大人らしいところを見せちゃおうかな」
アリスがそう言って腕時計をチラリと見た瞬間、怒声のような叫び声が聞こえてくる。
「やっと見つけた!」
声の聞こえた方へ目をやると、ひとりの少女がのっしのっしと歩いてきた。
声の調子の通り、気が立っているのだろう。
長髪をひとつにまとめている赤いリボンが、怒った猫のように逆立っている。
色素が薄いのか、少女の髪は光を反射して輝いているように見える。
少女がアリスの近くで立ち止まると、ひとまとめにされた髪が馬の尻尾のように揺れた。
「おはよう、フレア。ちょっと遅かったね。道に迷った?」
「し、仕方ないでしょ。アリスがこんなややこしい場所に来いって、言うんだから」
フレアと呼ばれた少女は、不満そうにくちびるを尖らせながら、そっぽを向いた。
「フレアが女子寮に入ってからもう数日経ってるよね? ならもう、あそこから迷うような道ではないはずだけど」
「だって旧校舎なんて、小さなクランしか使わないって言ってたでしょ? ビッグな人間になる私には、関係のない場所だと思ってたんだもの」
「つまり考えなしに出発したということかな。フレアの言う通り、小さなクランしか使わないから、ここに呼んだんだよ?」
「うぐ、ぐぬぅ……」
アリスにぐうの音も出ない正論をぶつけられ、フレアと呼ばれた少女は悔しそうにうめき声をあげる。
「まあちょうどお話も終わったところだったし、今日のところはいいよ」
「そ、そうでしょ! 私もそう思ってたのよ!」
「次は無いようにしてね」
フレアなる少女の言葉を無慈悲にもぶった切ると、アリスは顔をワンツの方へ向けた。
「ごめんね、お待たせしてしまって。この子はフレア。君と同じ新入生だよ」
アリスを追って、視線を少女の方に向ける。
気の強そうな赤リボンの金髪少女――フレアは、なぜか自信ありげに仁王立ちしていた。
「フレア・スカーレットよ」
「ワンツだ。よろしく」
ワンツが手を伸ばすと、フンとそっぽを向かれた。
ええぇ……と伸ばした手の行き先を迷わせていると、アリスがフレアの名前を呼んだ。
「困るよ、仲良くしてくれないと。君はワンツの、初めての仲間になってもらわないといけないんだから」
「「え??」」
まったく同じタイミングで、まったく同じ疑問符が飛び出す。
目が合うと、気まずそうに逸らされた。
多少礼に欠けることをされても、腹が立つことはない。
しかし、友達にはベタベタだった野良猫が、自分にだけ懐いてくれなかった時のような悲しい気持ちになった。
「仲間って……つまり私がこいつと、クランを組んで一緒に戦えってこと!?」
「理解が早くて助かるよ。正確にはそのひとり目になって欲しいということなんだけどね」
「そんなの嫌よ! 絶対に嫌!」
拒絶の言葉を連呼しながら、フレアはワンツから離れるように飛び退いた。
会話の意味がまったく飲み込めていないのだが、どうやら女性陣ふたりの間では、伝わっているらしい。
ワンツがポカンとしていると、アリスの声がワントーン低くなる。
「どうしてそんなことを言うのかな」
「勝てる勝負しかしないとは言わないわ。だけどこんな弱そうな奴と組むのは、絶対に嫌! 私はこの学園の頂点を取るために来たんだから!」
「ワンツは弱くないよ。なんせこの子は、私が直々に育てた弟子なんだから。それにワンツには、魔王という力もある」
「魔王……っておとぎ話に出てくるあの? 冗談じゃないわよ! だとしたらそいつ、悪い奴じゃない!」
「ワンツは悪い子じゃないよ。それを証明するためにこの学園に来たんだから」
「ぐぬぬ……分かったわ! アリスがそこまで言うのなら、証明して見せなさいよ。あんたが私より強いってことを!」
フレアはズカズカと歩いてきて、指をさしながら睨みつけてくる。
近くで見ると、少し幼い感じはするが少女の顔は可愛らしかった。
怒りで目がつり上がってさえなければ。
「あんた、私と今から決闘しなさい。勝てばあんたとは組まない。それでいいわね、アリス!」
「それでいいよ。どうせワンツが勝つもの」
「ふ、ふーん? いいわ、最強は私だってことを、アリスに証明してあげるわ」
分かりやすくフレアは、額に怒りのマークを浮かばせながら強がる。
それよりも問題なのは、事情を理解しているふたりだけで話が進んでいってしまっていることだ。
ワンツは慌てて、ふたりを制止する。
「え、ちょ待って。決闘? さっきから一体ど何を言ってるのかさっぱり……」
「はあ? あんた決闘が何かも知らないの?」
「あ、あぁ。学園に入学するって聞かされたのも、つい数日前だったから」
もちろん、ワンツはアリスに聞いた。
魔法学園なんて名前の学校が、ワンツの知っているいわゆる学校のイメージとはかけ離れていることは間違いないからだ。
しかしアリスは、
「うーん、行けば分かるよ。それに楽しみは後に取っておこうよ」
と一言も説明してくれなかったのだ。
そのせいで今まさに、フレアは呆れと怒りが混ざったような表情をしてしまっている。
やっぱりこうなったじゃないかと、抗議の意味合いをこめた視線をアリスに送ると、待っていましたと微笑みが返ってくる。
「それじゃあ始めようか。この学園の花形【決闘】を」
「いやだから決闘ってなんなんだよ!」
「文字通りの意味だよ。ある者はより高みを目指すため、ある者は誇りを守るため。そして駆け上った者は頂点を維持するため。それぞれに与えられた学年順位を賭けて行われる剣と魔法のぶつかり合い、それがソルシエール魔法学園の花形【決闘】だよ」
「……つまり俺は今から、その野蛮な決闘ゲームをこの子とやれってことか?」
「野蛮とは失礼だね。学園創設以来の伝統だよ、決闘は」
「でもいきなり初対面の子と戦えって言われても」
あれだけ決闘に対して、前のめりだったのだ。
剣か魔法か、もしくはそのどちらかか。
どちらにせよ、フレアはかなりの自信があるのだろう。
「多少は手荒な真似をしたとしても、大怪我で再起不能、なんてことは起こらないんだろうけどさ……」
しかし、わざわざ必要性のない戦いをする気も起きない。
どうも煮えきらない様子のワンツを見て、アリスは的確に逃げ道を塞いでくる。
「さっき私がどんな魔王になりたいか聞いた時、ワンツはこう言ったよね。誰かを守るための力さえあれば、十分だって」
「……言った」
「優しくて素敵な考え方だと思うよ。だけどね、それは圧倒的な力をもっている人間が言うからこそ、意味がある。弱者がいくら喚いたって、ただの戯言だよ」
嫌な言い方だ。
アリスの言葉はいつも正しい。
しかし正し過ぎて冷たい。
この正しさは、アリスが昔からもっているものなのか。
それとも、他者の上に立つ者として絶えず重責を背負わされていると、誰だってこうなってしまうのか。
わがままを言う子供を諭すような視線を、アリスは送ってくる。
望んでいない決闘をさせられる面倒臭さより、アリスへの無常感のほうが勝った。
無意味であるけれど、これはワンツなりのせめてものアリスへの抵抗か。
ワンツはため息混じりに言った。
「分かった、やるよ決闘」
「うん、ワンツならそう言ってくれるって思ってたよ」
笑顔の仮面を貼り付けたような不気味さから、優しさを感じる自然な笑顔に変わった。
はいやります、と言うまで追い詰める気だったくせにとワンツは、アリスの笑顔に冷たい視線を返す。
なんにせよ決まってしまったものは仕方ない。
アリスの手前、やるからには勝たなければならない。
「それでルールは?」
「相手に負けを認めさせること。あまりにも危険だと教師が判断した場合は、ただちに中断すること。その場合、決着に関する事柄は教師が決定します」
「なにが決闘だよ。時間無制限のデスマッチじゃないか」
「紛れもなく決闘だよ。この学園ではそれだけ、個人の順位が重要視されるということは、よく覚えておいた方がいいね」
簡単な応対を終えると、アリスは少し離れたところまで歩いていく。
ワンツとフレアとの間。
まさにふたりの決闘の見届人であり、審判をくだすことができる位置だ。
「ようやくその気になったようね」
「随分と血の気の多いお嬢さんだな。そんなに誰かと戦いたかったのか?」
「当然よ! 私は勝って勝って勝ち続けて、この学園で最強になるのよ。そして――」
「そして?」
「なんでもない。アリス、もう準備は済んだわ。はじめて」
わかりやすく誤魔化されたが、追求するようなことでもない。
自分も準備は済んだと、アリスに視線を送る。
アリスは、ワンツとフレアの顔を順番に見て、ゆっくりとうなずく。
「それじゃあ始めようか。これがこの学期始めての決闘になるよ。ふたりとも頑張ってね」
アリスが顔を向けると、待っていましたとフレアは挑戦的に口角を上げる。
「炎よ、私のもとに集まりなさい!」
フレアが唱え大きく腕を振りかぶる。
すると、腕を動かした軌跡が燃え盛り、集まった炎は一振りの大剣へと変化した。
身の丈よりも巨大な刀身を持つ大剣を、フレアは軽々と振り回し構える。
「何よジロジロ見てきて。まさか素手で戦う訳じゃないでしょ? あんたも早く武器を出しなさいよ」
「あ、あぁ」
刀身に光が当たると、紅の光を反射して燃えているようにも見える。
そんな美しい大剣と、長い年月を共にしてきたのだろう。
フレアが見せた一連の動作はあまりにも鮮やかで、滑らかに舞っているようだった。
つい見入ってしまっていたけれど、ワンツもそろそろ気持ちを戦闘モードに切り替えていかなければならない。
短く息を吐きながら、魔法を唱える。
「来い、ロンド」
軽やかな音楽にのって、黒剣がワンツの右手に現れた。
細い刀身に3本の赤いラインが入った、黒いショートソードだ。
「これよりワンツ、フレア・スカーレット2名による決闘を始めます。立会人は学園長である私、アリス・ソルシエールが務めます」
ワンツとフレア、ふたりの間に緊張感がただよう。
「決闘開始」
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