【――夏衣視点――】

第11話 力と記憶の覚醒〜京都修学旅行事件〜【――夏衣視点――】

「おうっ! 帝釈天っ! 阿修羅っ! 久しゅうのう! 元気やったか? やっと思い出したんかっ」


 ああ、どこか懐かしい響きだ。


『帝釈天……、阿修羅……』


 記憶の中にある仲間の一人が私たちを呼ぶ親しげな声音。その力強く明るい声が、目の前の赤毛の少年の声と、不思議としっくり合わさる。


 その彼が私と甲斐を交互にじっと見つめてくる。うるうるとした瞳は、感情をありのままにしている。


 ――『お前らに会えて、ほんまに嬉しいんや』って。


 そっか。

 ああ……。


「君、毘沙門天だよね?」

「そうや、帝釈天。めっちゃ会いたかったでっ!! あーっ、俺な、お前たちになかなか再会出来んで、ホンマに寂しかったわ。俺らみ〜んなで同じ釜の飯を食らい、同じ屋敷で仲良う過ごして辛い修行に励んで。死をも恐れず悪鬼に立ち向かい戦い抜いてきたよな? 熱い熱い絆を結んだ仲間やないか。ついでに妖魔退治も冒険も一緒にぎょうさんしたったもんな」


 私の頭の中にぼんやりと、目の前の毘沙門天や、甲斐……阿修羅王たちと過ごした思い出が甦ってくる。


 ――懐かしい、面々だ。


 そうか。

 ああ、そうだった。


 私と甲斐は使命を受けて、魂に加護を帯びるのと封印の儀を施されて、地上に下天したんだ。

 ――私たちは仏神で、降臨転生の身だ。

 人間現世界に悪鬼退治に来たんだったよね。


 ドクンッ――と、心臓に衝撃が起きる。

 力の封印が徐々に解けてきた合図だ。

 赤子や充分に発達していない人間の身体には大きすぎる力は負担がかかりすぎるから、力を封印されていたんだ。


「私……。あの、毘沙門天、ごめん。記憶がまだ不安定で」

「ハハッ、仕方ないのう。帝釈天も阿修羅も目覚めたてや。しっかしな、早うシャキッとしたってぇなぁ。俺らは神様やんか。悪鬼に襲われてる人間たちを守ってやらなあアカン。ボンヤリと腑抜けてるヒマあらへんで。悪鬼斬りは神の仕事や」


 嬉しそうに笑う赤毛の少年毘沙門天は、私と甲斐の手を握り、よしよしっと言いながら上下に振った。


「あっ、そうか。お前が毘沙門天……なのか?」

「お前、おっそいのう。帝釈天を見習ってもっと真剣な顔せい。早うしっかり覚醒せえよ。寝ぼけてる場合やあらへんでと、俺はさっきから言ってんのや、阿修羅王っ!」

「いってぇなあっ!」


 赤毛の少年毘沙門天は、甲斐の背中をバチンバチンとぶっ叩いて豪快に笑った。


「私、……もっと、思い出したい。早く記憶を取り戻したいよ」

「俺だって閉ざされた記憶を取り戻したい」


 私と甲斐のその声に反応して、それぞれ握っていた独鈷とっこがピカァッと光る。

 私は瞬間、ざわっと泡立つような感覚に陥った。

 全身の血流がどんどん体中をめぐって熱くなる、沸騰するみたいに。

 自分の髪の毛が逆だってきそうだった。

 静電気みたいな、パチパチパチリパチリッと足先から見えない力が頭の先に抜けた。


「ああっ! ……ちょっと待って。――そっか、そっかあ、間違いなく毘沙門天だよね。……改めて確信した。すっごい久しぶりだね。それに、……ああ、一緒に下天したんだったな、阿修羅王あしゅら


 ストンと腑に落ちる。

 記憶が本来の場所にはまっていく。

 合わさる。思い出と記憶が天上界での自分を取り戻させてくれた。

 力のブレと思考のズレが、なくなっていき。

 毘沙門天と阿修羅王が、しっかりと現実味を帯びて認識されていく。


「俺も思い出した。……久しぶり、毘沙門天。――帝釈天。嬉しいよ、また共に戦えるだなんてさ。……変な気分だ。夏衣」


 私は目醒めたんだ。

 完全に。

 そうだった。


 私は天野夏衣ではあるけれど、真実ほんとうは違う。

 人生はずっと私だけの、夏衣だけのものであるはずだった。


 となりに立つ甲斐は降坂甲斐だけど、それは人間現世界の甲斐であって、やはり真実の正体は違う。


 私の目の前の毘沙門天、私の横に並ぶ阿修羅王。


 ――本来の私たちは天上界に住む神の一柱一柱であり、……私、夏衣が帝釈天。甲斐が阿修羅王、それが本来の名前だ。


「毘沙門天は、人間現世界ではなんて名前なんだ?」

「俺は下界こっちでは『和田沙貴矢わださきや』だ。ほれ、漢字はこないなっとる」


 甲斐の問いに、毘沙門天は学ランの制服の胸ポケットから生徒手帳を出して見せてきた。


「またよろしくな! 帝釈天、阿修羅。俺はお前らを頼りにしとるで」

「うん、よろしく」

「ああ、よろしくな」


 試合前の選手のように円陣を組んで、私と阿修羅と毘沙門天は片手を差し出し重ね合わせた。


 これ、戦いに出る前にみんなでよくやったよね。


 気合が入るっていうんで、阿修羅が言い出した覚えがある。


 私たちは毘沙門天に促されて、光るお寺のお堂に上がり込んだ。



     ✵✵✵



 清浄で凛とした空気に包まれる。ピンッと張った穢れのない場の空気は、ひんやりとして気持ちが良かった。

 お寺の広いお堂に入ると仏像が何体も立っていて、自分たちと同じ名前の像もあり不思議な気持ちになる。


 像は、見守るように立つ。


 ――感じた。

 心地よい暖かな光が天上から建物を通り越して注がれるのを……。


 誰からの加護だろうか?


 天上神界はここから遠すぎて、加護を送る主は定かではないが、複数の存在を感じた。


「しっかしなんや、やっぱり二人は一緒におったんか。天上神界うえでも下界したでも仲良し小好しやのう」

「仲良し小好しって……。たしかに私と阿修羅は幼馴染みだから親しくはあるけれど」

「そやろ? 傍から見ても気を許してるって分かるわ。こっちの世界でも二人は気がうてるんやな。なあなあ、教えて欲しいんやけど。あのな、阿修羅は帝釈天に告白したんか? もぉう、実はお前ら、付きおうとるんやないか? 帝釈天はわざと阿修羅に素っ気ない演技しとるとかやあらへんか?」

「そんな嬉しいことがあるわけないだろ。帝天はそういうのできるタイプじゃないんだからさ」

「ほうか? せやなあ。帝釈天は恋に不器用っちゅうか、まだ関心があらへんのやろな」

「……あのねえ。二人でひそひそしてたって、私に聞こえるとこでそんな話をされても困るんだが」

「そや。気づいとったか! 俺はな、帝釈天に聞こえるように話しとるんやで。阿修羅がえらい不憫やのう。可哀想に……。泣けてくるの、お〜いおい」

「ヘッタクソな泣き真似すんなよ、毘沙門天。余計に俺が憐れだ」


 ふいっと甲斐は顔を背けた。


「なんも変わっとらんのう。天上界で別れたままだ」

「そうかな?」

「……変わってないか。それってさ、良いんだか悪いんだか」


 甲斐……阿修羅はぼそぼそ囁やくように呟き、、仏像に触れながらフフッと笑った。


「夏衣。なあ、天上の俺に似てるか?」

「さあ? うーん、似てないかな」

「だな。へえーっ、人間にはこういう風なイメージなのか?」


 私は薬師如来に十二神将像や菩薩の仏像を眺めた。

 知っている名もあったが、私の見てきた天上界の者たちとは違う。


「やっぱ別もんだよな〜。これが俺……? 俺の阿修羅像なんか顔が三つに手がいっぱいあることになってんじゃん」

「異界の神々って可能性もあるか」

「ああ、それな、俺が彫って作ったんや。地上に伝わっとるイメージでな。この寺は人間界の実際の寺と繋がってて、結構評判良いんやで。よう出来とるやろ? パワースポットにある由緒正しき寺の仏像と遜色ないつもりや」

「毘沙門天。お前、器用だったんだな」

「ほんと。よく出来てる」

「ふっふっふっ。そやろそやろ。あんなぁ、上手いこと年代感じさせるために古くさせるのが大変やったで」

「本物の仏神の毘沙門天が仏像を彫るって、ご利益はどうなってんだろな?」

「そりゃあ、ご利益ありまくりやろ。無病息災に心願成就に悪霊退散や。お前らに渡すもんがあって……ちょっと待ちいや」


 毘沙門天はお堂脇の扉を開け奥の方へ消えていく。


「……ねえ? 阿修羅」

「んっ? どした、帝釈天たいてん

「地上では甲斐って呼んで良いかな?」

「ああ、それ、俺も思った! 地上の人間界で暮らす以上、人間名で呼び合ったほうが都合が良いよな」


 甲斐は案外と呑気な声で。私からしたら落ち着いて見えていた。

 私は天上界の従来の自分の記憶が戻ったとはいえ、少々不安因子もある。


「甲斐。私たち、力をちゃんと使えると思う?」

「大丈夫じゃね。神力しんりきは遜色なく戻ってる。記憶が覚醒める前だって、夏衣と俺、二人でついさっき一緒に赤鬼倒したじゃん。心配ないよ」


 そう言って甲斐はすっと近寄り私の頭をぽんぽんと撫でてくれた。

 甲斐に触れられると、気持ちの昂ぶりや焦りでざわざわとした心が落ち着く。


「阿修羅……」


 口からは自然にその名が出て、甲斐をそう呼んでいた。


「……帝釈天たいてん。なあお前、俺が言ったこと覚えているよな?」

「えっ?」


 甲斐は私を抱きしめた。

 かわす間はなかった。 


 耳元で、甲斐の声がした。

 微かに震えたような、怯えもはらんで。


「……夏衣」

「ああ、覚えているよ」

「地上に来るちょっと前だぞ? 降臨転生する前だ」

「……覚えているさ」

「答えは? 再会したら返事をくれる約束だろ」


『――俺はお前が好きだ、帝釈天。お前は俺をどう思ってる? ……俺を好いていてくれてるなら……、お前、俺の恋人にならないか?』


 忘れるわけがない。


 私は甲斐に素直にじっと束の間のつもりで抱きしめられていた。

 彼が抱く手を払ったりしない。

 私に一途に寄せられてる愛情を無碍むげに押し返し反発するのもこらえて、意地を張るのもやめてみる。


 甲斐の私への、熱い好意が伝わってくる。


「……毘沙門天に見られてしまうから。甲斐、そろそろ離して」

「夏衣。……もう少しだけ抱きしめさせて。お前の温もりを感じていたい。お前と一緒にいられることが嬉しくってさ、こうしていたいんだ、お願いだ。……だめか?」


 私は、懇願するように苦しげで甘えた甲斐の声につくづく弱いらしい。

 拒絶しようとも一瞬頭をかすめていったのに、結局は承諾してしまう。


「うっ、ああ。まあ、ちょっとだよ?」


 甲斐のいつの間にか男らしくなった腕に包まれ、広い胸に耳をつけると確かな温もりと早鐘のような心臓の鼓動がした。


「フフッ。甲斐の心臓、ドキドキが早すぎ」

「しょっ、しょうがねえだろ。……夏衣を抱きしめてんだから。そりゃあ、ドキドキもする。あと、お前の返事を待ってんのもあるんだけど?」

「そうか」

「夏衣。あのさ、『そうか』ってお前……。焦らすなあ」


 なんて、……返事をしよう?

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