第12話 あれは、誰だ? 鬼のお出まし! 〜京都修学旅行事件〜【――夏衣視点――】

 私は甲斐に抱きしめられながら、天上界での旅立ちの日にされた告白の返事の答えを考えあぐねていた。


 ――甲斐を……。だいぶ長いこと、待たせてしまったな。


 温もりはたしかで。


 甲斐が阿修羅王で私が帝釈天だった時に、熱く甘く囁かれたっけ。


 ――『俺の恋人になって欲しい』って。


 ずいぶん時間が経ったはずなのに、まるでついさっきのことのように甦る。


「……たぶん好きだけど」

「えっ?」

「甲斐のことは好きだ」

「えっ! マジで? 夏衣、ほんとにっ!?」


 これから、ぬか喜びさせる。ごめん。


 甲斐、……阿修羅、ごめんなさい。


「でもやっぱり付き合えない。私は誰とも付き合っちゃいけないんだ。甲斐だろうと、誰であろうと」

「そんなことあるかよ?」

「……私は不器用だから。戦いにのみ、生きていきたいんだ」

「いやだ」

「えっ……」

「一生! お前、死ぬまで長い年月としつきを戦いにだけ明け暮れるつもりか」


 ぎゅうっと、甲斐の私を抱く手に力がこもる。


「あのさ、お前が俺を好きだって認めたのは嬉しい。夏衣と俺の大進歩だな」

「ああ……。ずっとずっと前から……甲斐のことが胸を占めていた」

「マジかっ!? やべぇ、それはすっげぇ嬉しい。…ありがとう。あのさ、俺はお前を守りたいんだ。……支配欲があるのは俺だけじゃない。夏衣を自分のものにしたい男は地上にも天上界にも、大勢いる。無理矢理関係を結ぼうとする奴だって出てくるかもしれねーんだぞ? 帝釈天はむっちゃ強いけど。夏衣として生きてる今は隙がないわけじゃない」

「それ、どういう意味だ」

「……悠天兄ゆうまにいかたむくこともあるだろ? 夏衣の気持ちが。俺は嫌だ。お前を絶対に他の男にられたくないんだ。俺はただの幼馴染みに収まるつもりはないし、お前と俺の関係をきっちりさせたい。周りに宣言したい」

「この恋が私の今までの世界を壊してしまう」

「……壊れたって二人なら無敵だ。恋して愛し合うって、何も悪いことじゃない。……なあ、夏衣。……変化が怖い? 俺となら大丈夫だよ。俺、恋に臆病なお前も大好きだ」

「私が、私でなくなる! 戦えなくなったら? 強い私でなければ悪鬼となんか戦えない。きっと甲斐を手に入れた途端、失うことばかり考えてしまう」

「大丈夫だよ。……俺はいる。お前のそばにはいつだって俺が必ずいるから。二人は離れない」


 天上界での母も父も、私にはいなかった。

 物心ついたころ、両親の代わりにいたのは甲斐や仲間たちだった。


 私は、大切な者のために戦うと決めたんだ。


「この恋が変えるんだ。世界を救う糧に必ずなると、夏衣信じて?」

「分からない。私のなかで恋愛ごとの比重は戦いより重くならないから」


 甲斐が私を抱きしめていた腕の力が緩んだ。

 きっと……ショックを受けているんだろう。


「それでも俺はお前が好きだ」

「――えっ?」


 甲斐がそっと私を離して、不意打ちで……。


「諦めないから」

「あっ」


 私の額に甲斐の口づけが落ちる。


「俺はお前を諦めない。要は悪鬼を倒しまくりゃあ良いんだろ? ……悪鬼は無限に湧いてくる、人間がいる限りはな。全部なんていなくならないけど、数が少なくなれば戦いも落ち着くだろ? そうしたら時間にも心にも余裕ができる。それからでもいい。夏衣はさ、俺のこと、好きって言ってくれたもんな?」

「諦めないんだ?」

「ああ」

「……だいぶ待つよ?」

「ああ。ここまで待ったんだから、今更だ」


 甲斐と私の顔の距離が近づく。

 縮まったかと思えば遠くなる、私と阿修羅王かいの心も今みたいに……。


「夏衣。俺に……、キス……させて?」

「なっ――!? ななななんでそうなるっ!?」


 甲斐にがっちり私は両頬をホールドされてしまったが、スッと膝を落としてするりと甲斐から逃げ出した。


「私が甲斐と……キスなんてするわけないだろう? 付き合ってもいないのに」

「そう言うと思ったから、ちゃんと付き合いてえんじゃん。俺、もう我慢できねえし。夏衣のこと、めちゃくちゃに愛したい」

「『めちゃくちゃ』って」

「好きすぎると我慢すんのも大変なんだぜ? 夏衣。……お前がいちいち可愛すぎて抑えが効かない」

「迫ってくんなっ」

「好きなんだろ? 俺のこと」

「すっ、好きだと思うが」


 甲斐の手が私の手首を掴まえて握って離さない。


 じっと見つめ合う。


 甲斐の澄んだ瞳は濡れて悲しげに揺れていた。


 ああ、やっぱり。

 私は甲斐のこんな表情に弱い。

 反則じゃないか。

 切なくなる。

 拗ねて甘えた小犬みたいにいじらしい。

 私は、甲斐を放ってなんかおけない。


 いくら距離を空けようとしたって、キツくあたって突き放したとしても、甲斐は私のそばにいつの間にかやっぱりいるんだ。


 私が構いたくなるような、思わず手を差し伸べてしまいたくなる。

 そんな顔をするなんて、甲斐はズルい。



「ハハハハッ! なんや、だいぶ拗らせてんなぁ、お二人さんっ」


 そこで笑い声がして、私と甲斐が一斉に振り向く。



「「毘沙門天っ!」」


「いっ、いつから」

「どこから見てたんだよ、毘沙門天」


「うーん、だいぶ前からやろか。なんやこーな、阿修羅が帝釈天のデコに熱いチュ~したったあたりからやったかいな?」

「黙って見てんなっ、毘沙門天!」


 真っ赤になった顔で毘沙門天に怒る甲斐。私だって、顔が燃えるように熱い。


 あんなとこ、仲間に見られただなんて!

 恥ずかしすぎて、死にそうだ。


「まあまあ、ええやないか。阿修羅がつくづく羨ましい。ええなあ、ええなあ、うーん、付き合っていなくとも熱々なこって。俺かて、帝釈天とイチャイチャしてみたいのぅ」

「「毘沙門天!」」

「ははは。ええやないか。俺も帝釈天のことはめっちゃ好きやねんから。いっそ、三人で付きうたらどうやろ?」


 それ、本気で言ってる?


 元々、毘沙門天は明るいたちでノリが軽いが、下界に来ていっそう増した気がする。


「毘沙門天。帝釈天を翻弄すんなよ? ……しっかし。地上世界に下天したら、軟派が加速したな、お前」

「まあまあ。だがな、帝釈天を好きなのは元々やで。だって茶化しでもしないと言えん本音もあるやろ?」


 そこで、甲斐の動きが止まる。

 私は毘沙門天になんて返せば良いか、戸惑った。


「本音……?」

「せやで。俺も阿修羅以外に他にも帝釈天のことを秘かに想うとる男はぎょうさんおるねん。阿修羅があまりにも真っ直ぐに想いを寄せてんのが健気でのう、泣けてきて遠慮しとったんや。……そろそろ俺も本気でいかせてもらおか」

「望むところだ、毘沙門天。俺は、負けねえぞ」

「あのさ、そこに私の意思はないのか? だから、恋愛ごとなんて面倒で厄介だから気が進まないんだ」


 ――まったく。

 甲斐の想いはまあ本気だと感じてる。

 難解なのは、毘沙門天だ。

 甲斐に発破をかけるために言っただけ、ともとれる。


 それとも、単に私たちを面白がってからかっただけか?


 なんにしたって。

 やっぱり私には恋愛の壁は高い。

 どう立ち回れば良いのか、てんで分からん。


 でも、また――。

 甲斐に返事が出来なかった。


 告白された返事を返すのが、またしても有耶無耶になったなあ。

 助かったような、さっさと言わなくって心んなかがこう……モヤモヤするような。


 あと、待たせすぎたから。私だって、甲斐には悪い気もしてる。


    ✯✮✯


「それより、お前らの防具と武具を天上界から預かってたんや。あっちに用意が出来たから、行こか」


 さっき毘沙門天が入っていった扉に促され、私と甲斐が彼に続く。

 開いた扉の先には長ーい通路が続いていた。

 鉱山に掘られた道みたいに土壁が続くが、灯りはいらないほど明るい点は違う。


 歩いている時も、毘沙門天のお喋りが絶えない。

 お互いに、人間世界で住んでいる場所や生い立ちや家族構成などの近況を報告し合った。


 毘沙門天は関西を中心に引っ越しを何度か重ねて、現在は京都に住まう。

 兄弟は兄が一人と妹が一人の、真ん中で次男。

 両親は中小企業の会社員だったが、母親の実家の老舗菓子店を継ぐらしい。


「うちの親はまあ普通やな。強いて言えば、母方の婆さんがめっちゃ怖いわ。幼い時分に、婆さんに筍掘りに持ち山に連れられた時にのぅ……。ごっつい猪が現れよって婆さんが農具で戦って仕留めたことがあんねん」

「すげえじゃん、毘沙門天のお祖母ばあさん!」

「豪快な人だね。孫のために頑張ったんだ」

「まあそやな。婆さん、格好良かったで。俺ら兄弟を命張って身をていして助けてくれたんやから。あれから婆さんには頭が上がらへん」


 聞けば毘沙門天のお祖母さんは、薙刀なぎなたの師範代だそうだ。

 毘沙門天も修業をつけてもらっていたという。


「俺たちの爺さん婆さんが武道に長けてるのは似てるな」

「天上の采配か……。私も甲斐も、幼い頃から空手や剣道を嗜む環境にあったから。それなりに鍛えてきたのが、今に繋がっているからね。……良かった」


 前を進んでいた毘沙門天が振り返り止まって、私をじーっと見つめてくる。


「帝釈天。凛としてるとこはほんとに変わってへんな。それよか、……なんかえらいますますべっぴんさんになってんやな。俺はお前に惚れ込んでるから、そんなに魅惑的になっとるとか、ほんまたまらんなぁ」

「毘沙門天。……おべっかお世辞、私にはそんな社交辞令など必要ないぞ」

「社交辞令やない。本心や。美人べっぴんさんには『ほんま、えらい美人べっぴんやな』って、可愛いと思う子には『あんたは可愛かわええ』と、口に出してちゃんと伝えるんは俺のポリシーや。胸の内は言わなきゃ伝わらんもんなあ」


 私の両手は、にこにこ笑う毘沙門天にすかさず握られてしまった。

 人懐っこいとこは、変わらない。

 毘沙門天が私の顔を覗き込んで、肩を抱く。

 スキンシップが多めなのは、昔っからだ。毘沙門天がフレンドリーに触れてくるのは幼い時からだから慣れているし、嫌な気分にはならない。

 そんな態度をとるのは私にだけではないし、兄妹のように育ったから、気にもならない。


 むしろ、……たぶん。

 毘沙門天は、甘えベタな私を気遣って甘やかしてくれているつもりなのだろう。


「毘沙門天! お前あんまり夏衣に、……帝天にベタベタひっつくな」


 すると、甲斐が毘沙門天の手をパシンッとひっぱたいた。


「いっ、いったいのう。嫉妬かあ〜? 阿修羅。まだお前らが付き合ってなかったなんて、俺には好都合やったわ」

「毘沙門天、何言ってる。何度も言うが私と甲斐……、私と阿修羅が付き合う理由わけがないだろう」


 毘沙門天、私をからかうのも大概にしてほしいな……。


 ――なんで、甲斐がガックリと肩を落として、落ち込んでるみたいに項垂れているのだろう?

 そんなにショックなこと?


「阿修羅……思いのほかこたえてんのう、お気の毒さまやで。見事に粉々こなごなやな、木っ端微塵に玉砕や。お前、帝釈天の眼中にはなしやな」


 毘沙門天が甲斐の背中をポンポン叩く。


「いやいや、俺と帝釈天たいてんには他の奴らには到底敵わないぐらいの甘い歴史がある」

「ほんまかいな? ありゃあ、どう見ても脈なしやな。やっぱあれやのう。帝釈天には、増長天ぐらい気品があって大人な男やないと釣り合わんのかいな」

「……増長天? もしかして増長天もこっちに来てんのか?」

「たぶんな。取り敢えずお堂の奥に行こか。……って! 帝釈天はもうおらんさかい」


 私は阿修羅と毘沙門天が二人がゴチャゴチャと話しているうちに、気になる声がする方の部屋へ入っていく。


「【帝釈天、帝釈天。こっちだよ。こっちにおいでなさい】」

「……その声。聞き覚えがある」


 奥は暗く何があるか見えない畳の部屋を、ずんずん歩いていくと、急に視界が開けた。


「眩しいっ」


 そこは一面、美しい花畑だった。

 どこまでも続いていそうだ。


「夏衣! やっと追いついた」

「帝釈天は脚が速いのは相変わらずやな」


 私の両隣りに、甲斐と毘沙門天が並んだ。


 花畑のなか、気配がした。

 精悍な顔立ちの男の仏神が一柱、こちらを見ている。


 彼が着ている正装した服は、私と甲斐もよく着用し慣れ親しんだものと同じ。

 毘沙門天が彫った仏像とほぼ変わりなく、ゆったりとした聖布で仕上がっている。

 彼は私たちを見て、微笑んだ。

 口元に、言葉を放つ。


「【帝釈天、阿修羅王。久しぶりだね】」


 再び、出会えた喜びが広がる。


 それに、……懐かしい。


 だが、彼の姿は幻のように薄く、こちらには向かっては来ない。

 ただニッコリと笑顔のまま。それがどこかほんのり寂しげだった。


「あれ、誰だよ?」

不動明王ふどうだよ」

「……不動明王ふどうか。よぉっ! 久しぶりだな」


 甲斐が話し掛けると、「【僕もそちらに行きたかったな】」と言って、不動明王は消えた。


「消えた。あいつ……」

「思念体だったね」

「あれって思念体だったのか? 相変わらず力が強いな。ちょい色素が薄いだけで、まるで本当に不動明王ふどうがそこにいるみたいだった」


 毘沙門天が私と甲斐に、スッと小箱を二つずつ渡してくる。


「さっきお前らに渡した独鈷やその小箱を守るんはな、ななかなか骨が折れよったで。保管場所は神域でなきゃならんかったしの」

「ありがとう、毘沙門天」

「すまないな。手間かけさせて」


 はあーっと、毘沙門天が息を吐いた。


「やーっとお前らにそれ渡せて、肩の荷が下りたわ。しっかし! な〜んで俺だけ関西にしにおらなあかんかったんやろ。まったくけったいな。武具装備の見張り番なら不動明王ふどうのやつ一人にやらしておったら良かったやろ」

不動明王ふどうは分身の思念体だったでしょ? 本核の本体は前線の戦いに行ってるだもの、四六時中見張っているわけにはいかなかったんでしょうよ」


 私と甲斐が受け取った木箱の中身は、私には想像がついた。


「これで本格的に戦える」

「そうだな、夏衣。俺たち、やっと本来の戦い方に戻れる」


 その時――!

 ガリガリギギーッと、空間がひしめいた。


「この気配っ! 悪鬼か?」

「ふふっ、そのようだね」


 私は武者震いがしてきていた。

 悪鬼を倒すことがだなんて言ったら不謹慎だが、阿修羅と毘沙門天と共に戦えると思うと、自ずと湧き上がるものがある。


 ――ワクワクする! 高ぶる。


 それは仲間と力を合わせ強い者と戦える高揚感と、みなぎる闘志だ。


 楽しみって気持ちが内側に熱く湧き起こってしまう。


 いけない!

 悪鬼と戦えるのが楽しみだなんて。


 戒めても止まらないのは、私が戦の仏神帝釈天だから。


 闘争本能の神力が指先まで満ちてほとばしる。


「帝釈天、阿修羅! また鬼さんがおいでなすったで。お二人さん! さっそくの腕試しといこか」

「そうだね。軽い肩慣らしに行こうか、阿修羅、毘沙門天」

「……笑ってやがる。……暴走すんなよ、帝釈天たいてん。ほどほどに、なっ?」

「だから阿修羅が必要なんだ。私のやり過ぎを止めるのが君の役目だろう?」


 私たちには、互いに心を通わせ寄せる全幅の信頼がある。


 私が甲斐に笑いかけると、彼はニカアッと笑い返してきた。


「仕方ねえな。後始末は俺と毘沙門天がしてやる。存分に暴れろ、帝釈天たいてん

「せや、俺らに任せたりいや、帝釈天。なんや、力を解放したくってウズウズしてたまらんの。ほな、行こか! お二人さん」


 私たちは地面を力強く蹴って、元来た道をいっせいに駆け出した。

 

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