第10話 見参!! 〜京都修学旅行事件〜【――甲斐視点――】

 風がそよそよと吹いて、竹林に鬱蒼と生えた竹の葉がさわさわ〜っといっせいに揺れた。


 心地よい風音は耳に届く。


 一緒にどこからともなくお囃子みたいな音がしてきた。


「ねえ、甲斐? お祭りの音がしない?」

「ほんとだ。どっからだろう?」


 続いて竹林の奥の方から、合わせたような笛の音が軽やかに聴こえてきた。


「なんか力を感じるっ」

「また鬼が出たきたんじゃねえだろうな」


 俺と夏衣は立ち上がって、空手の構えをとる。

 お囃子や笛の音がする方にじっと気と耳を澄ます。


「なんだ?」

「甲斐、なんだろう。何か始まる?」


 俺たちは警戒をする。

 あたりに気を配る。


 するとすぐさま明るくって大きい、調子のいい声がしてきた。


「【――邂逅旋風かいこうせんぷう! 

 ようよう、お二人さん!


 俺の話は耳の穴かっぽじって、よぉ、聞いたれや。


 ここは冥道すぐそば幽世ゆうせいの世界。


 棲むのはあやかし、鬼に、妖怪、それから得体のしれないバケモノなんや。

 人間のどす黒い感情っちゅうのはなぁ、時にとんでもないものを生み出すんやで。

 生きとし生けるもん、心情抱え湧かす人間。

 それは妬みぃ嫉み、怠惰に過剰な不安や心配、でか過ぎた欲、支配、束縛、裏切り、逆恨み、情念、歪んだ愛情、絶望、一方的な想い、恨み辛み、怠惰、邪ま、強欲、強奪、陥れ、好意を無碍にする悪意。

 それからのう、憎しみに、殺意、騙し合い、戦争、飢えと貧困、愛されない悲しみ、失敗、哀慕……えとせとらエトセトラや。

 数え切れない負の感情は人間誰しも持ってはいるが、増幅したらやばいっちゅうの!

 普通はのう、戒めたりで収めるはずなんや。

 ――せやけどっ! 自戒心を持たない人間は壊れてバケモノと化すんやちゅうわけやと。

 ほいで人間がなあ、ぎょうさん鬼のバケモノ生み出してしまうと、ソレは悪霊化して暴走してまうんやで。

 そんでなぁ、最終的には悪鬼となるってわけや。

 こいつを陰陽師の退治やだろうが人間が、何体も倒すのは難儀でなあ。

 そこでな、真打ち神様の登場ってとこや。

 ――さてさて鬼退治、鬼退治〜♪

 成敗成敗、大成敗っ!

 調伏したりましょ。

 お前ら憶えてんのか? 分かってるよな?

 すべては天の采配、お導きってやつやで。

 ほな、行きましょか】」


 空の上から降ってくるような声は、芝居の口上のように抑揚がついて歌舞伎のようだった。


「どこにいるんだ?」

「【さあて、どこにいるんかて? よーく見渡して当ててみい】」


 声の主の姿は視えない。

 相手は一気に関西弁でまくし立てて、軽快な笑い声が聞こえた。


「まさか、妖怪の天狗か?」


「【ちゃうわ。妖怪やない。二人は俺の正体を知っとるはずやで】」

「「誰だっ!」」


 ざわわわあっ、ざわわわわあぁ〜っと風が吹いた。

 遠くだったお囃子の太鼓や笛の音の楽しげな雅楽の音響がどんどん近づいてくる。


「【なんや、まぁだ余所余所よそよそしいなぁ、二人して。ほんまに忘れたんか? 俺を。まあ、ええや。そこにいたらそろそろ百鬼夜行の時間や。ぎょうさん妖怪や鬼が出るで。えらい面倒なことになるのう】」


 関西弁の声のあとに、耳元で凛とした風格の上品な声が響いた。


「【お二人とも、こちらですよ。おいでなさい。さあ、光の指し示すほうへいらっしゃい】」


 鈴の音のように澄んだ声。

 なんだか懐かしい、親しみが込もった声だ。


「誰だよ!? 俺に耳打ちしたやつっ」

「私も聞こえた……。関西弁っぽい人と丁寧な敬語の物言いの人……」


「よおっ!!」


 不意に肩を叩かれながら、陽気な声をかけられる。

 びくっとして振り返ると、精悍な顔立ちの青年僧侶がいたが、みるみる姿が変わっていき、燃えるような赤毛の短髪の少年がにっこにこ笑って立っていた。

 どこかの中学校の制服を着ている。


 しかし。いつ、背後に立っていたんだ?

 人の気配がなかったし、かすかな息遣いもしなかった。


「あんた、誰だ?」

「君は誰?」


 ぶははははっと赤毛の少年は八重歯を見せながら笑った。

 俺と夏衣は顔を見合わせた。


なさけな。おいおい、ちょい、待ちいな。ほんまに? ……まさか俺をすっかり綺麗さっぱり忘れたなんて言わんやろ? ……お前ら、さっき覚醒したんやないんか。ものごっつい大きな力、感じたから来てみたんやけど。俺はめっちゃめちゃショックやでえ〜。シクシク、えらい悲しいわ。はあぁぁぁ〜っ。……とにかくまあ、二人ともあそこの寺のお堂に入らんか」

「あのさ、そこのひょうきんな感じの人。なんかあんたの言ってることがよく分かんねーんだけど」


 赤毛の少年は大げさに「オーッ、No〜!」っと冗談めかして声を上げ、両手を頭に乗せ、顔を横にブンブンって振った。


 夏衣と俺は顔を見合わせた。

 分かんねーもんは分かんねーんだから。


 この少年の登場と事情も、俺たちにはこの状況もさらなる混乱の極みでしかない。


「これ、受け取れっ!」


 赤毛の少年は、空中から急に降って湧いたように現れた二つの武器を、俺と夏衣にそれぞれ投げて寄越よこした。

 受け取ると、仏像さんがもっているような武器だった。


「甲斐、……この道具は独鈷とっこだ。不思議だ、これ。……手にしっくりと馴染む」

「……ほんとだ。妙に懐かしい感覚だな」


 独鈷と呼ばれる武具を何度か感触を確かめるように握りしめる。

 ぼや〜っと脳裏になにかの映像ヴィジョンが映る。


「思い出さへんのかいな? まだ? 俺のこともお前ら忘れるって。あんまりにも酷いで。まったく! ……どういう薄情さや」


 がばっと、赤毛の少年は俺と夏衣を同時に抱きしめてきた。

 

「なんだっ、突然! やめろよ」

「……あなた。私たちを知ってるの? どこかで会った?」


 赤毛の少年のぎゅうーっと力がこもる。


 初対面でハグとか、なんだこいつは。

 日本人じゃなく外国の人なんかな。もしくは帰国子女ってやつ?

 少年は髪の毛真っ赤だし、瞳は金色をしてた。


 それに俺には夏衣がこんな初対面の少年に抱きしめられて、押し返さずにじっとしてるとか信じられない。


「知ってるも知ってる。よう知っとるで。いいかげん思い出せっちゅうの。もどかしいのう、ほんまに」


 少年は泣き始めた。男泣きってやつ? うおーいうおーいと大声で泣いている。

 俺はいいかげん、赤毛の少年の腕を振りほどこうと思ったが、馬鹿力でがっしりと抱きしめられているので、けっこう力がいる。

 こいつが俺の大事な夏衣のことも一緒に抱きしめてるのが無性にむかっ腹が立つから、早く振りほどきたい。


「……毘沙門天びしゃもんてん?」

「えっ?」


 夏衣がぼそっとどこかで聞いたことがある仏の神様の名前を言った。

 ビシャモンテン?


 夏衣の呼び声に、赤毛の少年は、ぱああぁぁっ! と表情を明るくして、満面の笑みを浮かべた。


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