【――夏衣視点――】

第3話 恋愛ごとは苦手だが……。「――夏衣視点――」

 私は天野夏衣あまのなつい、中学三年生だ。

 よく、年齢より落ち着いてると言われる。

 休日は春霞姉と一緒に歩けば双子に間違わられ、女子高生か大学生に見られることもしばしばだ。


 それは春霞姉が面白がってメイクだの自分の洋服を着せたりだのするせい。


 加えて、私は身長が高い。

 学校内の女子で一番の高身長だから、悪目立ちする。


 現役の女子中学生だが、はしゃいだりキャピキャピはしていないのであしからず。


 アオハルライフは静かに楽しむタイプです。



 物心ついた時には気づけば、私には仲の良い幼馴染みが何人かいて。

 なかでも、隣りの家の降坂甲斐こうさかかいは同い年ということもあって、とくに気心が知れた仲だ。


 私にとって甲斐は……、そうだ。


 甲斐は友というより、家族に近いだろうか。


 いつしか、私の傍にいてほしい人たちだって立ち位置の中心で……。

 私の人生にはいてくれないと甲斐は困る存在――の、ひとりだ。

 大事な、……存在。



 甲斐は大きく誤解しているが、私は甲斐のことを鬱陶しいとも嫌ってなどもいない。

 むしろ、心を許している分、好きなんじゃないかな〜?

 言ってやんない、そんなこと。

 甲斐にこんなこと言ったら、きっと有頂天になって、すぐに彼女になって欲しいだとかもう恋人だなとか距離を詰めようとするのだろう?


 なんで、そんなに、付き合いたがんのか。

 私はまだまだ、恋愛ごとにうつつを抜かしている場合じゃあないんだ。


 受験生ってこともあるけれど、……もっとこう。

 託された使命感のようなものがずっと渦巻いていて。

 ――胸が苦しい。


 この使命というやつが、妄想のたぐいじゃないことは、実はどこかで気づいてる。

 誰かに言ったら、厨二病をこじらせたやばいやつになるんだろう。

 私はだから、常に冷静でいたい。

 その【しるべとき】は刻一刻と近づいてきているんだ。

 切羽詰まったビリビリとした気配――、直感で分かる。

 皮膚が泡立つ、負の感情の連鎖が悪意を漂わせていて。殺気にも似た鋭くどす黒いモノ。

 それにずっと警告音がしているから。

 焦りと緊張の空気、ヒシヒシと迫る。



   ✵✵✵



 私には繰り返し見ている夢がある。

 それは、私は夏衣わたしであって、夏衣じゃないという夢。

 たくさんの部下と、仲間に囲まれ、私は【帝釈天】という女神であって、七全天神という偉大になるべくして産まれてきた女神の少女を護っている。

 彼女はまだ子供だが、とてつもなく才覚に恵まれ、聡明だった。

 ただし、体が弱かったので、私は薬師である自分の知識と祓いの術で悪鬼と呼ばれる邪念と負の怨念を七天様から遠ざけてきた。

 しかしながら、限界というものは訪れる。

 消し去っても退治しても次から次へとあまりに早い間隔で、数多あまたの悪鬼は天上神界にまで、姿を現すようになった。


 これは人間世界で暮らす人間たちが、とてつもない危機に瀕していることを、天上神界に知らしめていた。


 私は邪念をできるだけ取り込むことにした。

 自身の寿命を縮めようが、天上神界と人間世界のためになるならばと。

 勝手な振る舞いであるのは承知していた。


 邪念を取り込めば、自分がアンテナと探知機の役割を担い、悪鬼を生むものに繋がり特定できる。

 ただし、神とて、異物の邪心を摂取し続ければ、命は長くは持たない。

 上手く邪気を吐き出す方法や、浄化すること、治癒の方法も模索した。


 ――結局っ!

 だが、結局は『祓う、退治する、邪念の段階で根本から改善、悪鬼をやっつける』しか、特効薬てきな手立てが見つからなかった。


 効果てきめんなのは、しょせん詰まるところ、究極の神々の奥義の『調伏』しかなかった。


 夢の中で、先ず一番に帝釈天の身体の異変に気づいたのが、甲斐にそっくりな青年【阿修羅王】だった。

 阿修羅は現実世界同様、私の幼なじみで、これがまた私であろう【帝釈天】を溺愛している。

 術の鍛錬や剣稽古に励む幼なじみは他にもいたが、ダントツで【阿修羅王】とは距離感が近い。

 ことあるごとに阿修羅王は帝釈天と一緒にいたがったし、現実世界で言ったらワンコ系男子だろう。好きな女性に尻尾をふりふり、だが恋敵には猛犬に早変わりだ。

 帝釈天は阿修羅王を『阿修羅』と呼び、阿修羅王は帝釈天を親しげに『帝天たいてん』と呼んだ。

 甘く切なそうに阿修羅王が帝釈天の名前を呼ぶ。

 決して、その時、私は悪い気分はしてはいないのだ。



「【前世】なのだろうか?」


 漠然としていたが、なんとなくそう感じていた。

 ただの夢にしては私には生々しく、手先や皮膚にひりひりと感じる感触が、現実感を帯びすぎていた。


 神というのはどうかと思う。

 そんなに自分が偉い人間かと言われたら、否なのだから。


 だって、神だったらこんな簡単な厄介ごと、……甲斐からの告白に上手く立ち回れない。

 神様だったら、恋愛沙汰にだって、軽々対処できそうなものなのに。

 ……ああ、でも。

 帝釈天という女神は剣も武術も器用に格好良くこなし、やたらめったに破茶滅茶強いが、その手のこと「好きだの惚れただの」にはとんと弱かった。


 私と、――似てる。

 ……どこか似ているの、か?



   ✵✵✵



 不貞腐れた甲斐が言ったことがどうにも許せず、発端となって、私と甲斐は初めて言葉をかわさない日々が何日も続いた。


 いつもだったら流せたのに、この日はこの言葉は流せなかったのだ。


「どうせ、夏衣は悠天兄ゆうまにいのことが好きなんだろ? だから俺のことなんてどうでもいいんだ!」


 決めつけるな。

 私は甲斐のことを『ああ、まったくもって子供だなあ』と冷静になってる部分もあったが。


 なぜだ?

 どうしてそうなる?

 悠天兄ゆうまにいは春霞姉と同じように私を慈しんでくれてる。頼りになって、甘えられる存在だ。

 そりゃあ、悠天兄ゆうまにいのことは尊敬しているし、甲斐なんかよりよっぽど大人だ。

 私たちは中学生で、大人っぽい高校生でイケメンで文武両道で性格も秀でている悠天兄ゆうまにいにはとうぜんかなわないことは多い。


 だが、恋愛対象かといわれれば、私にとって、悠天兄ゆうまにいは素敵なお隣りのお兄ちゃんでしかない。……今のところ。


 ああ、そんなに悠天兄ゆうまにいを甲斐が敵対視するならもういいさ。


 甲斐と私のあいだに、気まずい時間が流れた。



      ✳✳✳



 私と甲斐が些細な口喧嘩してから数日経ったんだな。

 なんとなく寂しい気持ちで、朝を迎えた。


 この日は休日、日曜日だった。


 私は悠天兄ゆうまにいに誘われるまま、彼の愛車のバイクで出掛けた。

 悠天兄ゆうまにいはただの晩御飯の買い物のつもりだったはずなのに、ついでにと、水族館や美術館と小さな動物園まではしごした。


 出掛ける前の悠天兄からの電話は『うちに飯食いに来なよ。晩の買い物付き合って』だった。


 気を遣わせない、軽いさり気ない誘い文句だったなー。


「夏衣。ちったあ、元気出た?」

「出た! うん、元気。だいぶ元気になった。気づいてたんだ? …ありがとう、悠天兄」

「良かった。そりゃあね、甲斐のほうがあんなにしょげてちゃ、夏衣となんかあったって分かるわ。どんなに鈍いやつでも気づくだろうよ。なんだかんだお前ら、いつもは信頼し合って仲良いし。周囲が妬けちまうぐらいに」

「――えっ?」

「そんな夏衣と甲斐がだな。仲良い二人が喧嘩してると、俺も含めたみんなの調子が狂うんだよ。痴話喧嘩で険悪なのはたまらん」

「痴話喧嘩って。付き合ってないよ、私たち。……甲斐と私」

「ああ。まっ、そうだけど。あのさ、えっとなに。うーん。上手く言えんが、まー、二人が仲良いほうが俺は楽しいわけよ」


 悠天兄ゆうまにいは、落ち込んでる雰囲気の私を心配して、あちこち連れて行ってくれただけ……。


「そろそろ、帰らなくちゃな。俺は夏衣と二人で出掛けられるなんて楽しいから、ほんとはもっと一緒にいたいけどな」

「ま〜た、そんなセリフ。悠天兄ゆうまにいって人たらしだよね?」

「人たらしってお前、ひどいなそりゃ」

「ほんとのことだ。悠天兄ゆうまにいと付き合いたい子はたくさんいるからね」


 帰りの時間が近づいたころ……。

 浜辺で悠天兄ゆうまにいと私はアイスクリームを食べた。


「悠天兄は告白とかされる? 相手をあまり傷つけずに断るにはどうしたら良い?」

「なに? 夏衣は対処法が知りたいわけ?」

「まあ、あの……後輩の女子とか男子からも告白されるが、困っている」


 悠天兄は面白がってる風に笑った。


「夏衣はモテるもんな〜! みんな断らずに付き合っちゃえば?」

「出来るかー! 身が持たない。嘘偽りはいやだ。私は誠実でありたい」


 私の頭を悠天兄がポンポンしてから、よしよしと言いながら撫でた。

 その手が優しくて。私はどんな顔をすればいいか、……悩む。


「そっかそっか。……夏衣は真面目ちゃんだかんな。うーん。俺だってそんなに毎日は告白されんけど。週にせいぜい数人だよ? 考えてないな。頭に浮かんだ言葉でサラリッと。例えばだなあ〜。『君が可愛すぎるから俺にはもったいない』とか? あんまりいっぱい来られてもなあ、困るよな……。選べん。俺はさ、男として生きてく上での最低限のポリシーはあるからさ。ぜったいに、俺は女と付き合う時は二股なんてしない。俺の彼女にするのは、付き合ってる間は心底惚れて大切だと思える女だけ。ただ一人だけだと決めている」

「へえ〜。悠天兄ゆうまにい、やっぱ告白とか日常茶飯事でされてるんだ? 悠天兄ゆうまにいは誠実でそれにすぐ顔に出ちゃうから浮気も二股も無理そうだな」

「しませんっ、浮気も二股も。そんな器用じゃありませんから。それに好きな子を傷つけて泣かせてしまってまで、何人も付き合う必要あるか〜? そんなに好きでもない相手だったりしたら連絡とかすんの面倒くさいし。そもそも向こうにも失礼だもんな。付き合うならその子のことは大切にしたいし、笑顔でいて欲しい」

「甲斐も良く言ってる『付き合うなら互いに幸せにしあえる相手』でしょ?」

「ああ、そうだね。……夏衣はどうなの? 好きな男、出来た? ……甲斐とはどんな風?」

「どんな風って……」


 悠天兄ゆうまにいの端正な顔に夕焼けの光が映り込む。


 元々ハンサムなのに、ちょっとドキッとした。


 ほんのり切れ長の悠天兄ゆうまにいの憂いを帯びてる瞳は、甲斐の好奇心いっぱいなくりくりで大きな瞳とは違う。

 甲斐と悠天兄はいとこ同志なのに、似ているようで、タイプは似ていない。


 そうだ。春霞姉が言ってたけど、視線が合えば悠天兄は女子の心臓を射抜いて虜にしてしまう。

 悠天兄が女の子を見つめれば、相手を萌えさせ胸キュン死。

 焦げそうな恋心で熱くなりすぎ、女子を心拍停止にさせるという。


 ……ちょっと分かる気がしないでもない。


「元気がないのは甲斐のせいだろう?」

「まあ、……うん」

「俺が彼氏だったら、そんないざこざや悲しい思い、……夏衣にさせないよ」

「それって……」


 突然の悠天兄ゆうまにいの言葉に瞬間だけ翻弄させられた。

 どきりっとしたのは気のせい、ぜったいに気のせいだ。


 私だって、女の子だったんだよと。自分の反応のそっちのほうがびっくりした。


「今までさ、甲斐に遠慮してただけ。俺だって夏衣のこと、好きなんだけど?」

「はあぁぁ――っ!?」

「ぷはははっ。……俺に告白されて、そんな反応すんのは夏衣が初めてだな」

「悠天兄、いったい今まで何人と付き合ってきたの? わ、私をからかってんの?」

「『何人と付き合ったか?』か。俺のこと知りたい? 気になった? 夏衣が俺の彼女になるならあれこれ教えてやるよ。……まずは俺のこと意識して、気になってくれたなら良いや。うんうん、一歩進んだってことだな」


 ちょっと待って待て。

 今までの紳士な悠天兄はどこ行ったの?

 甘やかしてくれる幼なじみのお兄さんと、妹みたいな関係はどこぞへ消えたんだ。


「急に素敵で紳士な悠天兄ゆうまにいが軟派な感じがしてきた。やめて、イメージが崩壊するぅっ!」

「あのね! 口説いてるんで、ちょっと甘さも出すでしょうが。……まあ、まだお前、中三だし、とりあえず彼氏候補に入れといて。甲斐とは付き合うなよ。俺がお前の恋人に予約したからな」

「なっ、なにを勝手な! 私の気持ちは私のもので。誰と付き合おうが、私の意志で勝手でしょう!?」

「ははーん。甲斐と付き合いたいのか? 悲しいねえ。両片想いだからって簡単に付き合おうったってそうはいかないからな」

「なんで、なんで、甲斐と私が付き合うのさ!」

「そりゃ、お前、俺ほどの男を振るんじゃ、他に好きな相手でもいないとおかしいだろ」

「自信過剰! 悠天兄ゆうまにいってそんなんだった?」

「なあ? 夏衣、いいかげん素直になれよ。……一途な甲斐が可哀そうだろう。報われないんじゃ、こっちも困る。じれってえんだよ。あんまりのんびりもだもだされると、お前のことあいつのために諦めきれなくなるし」


 ちょっと待って。

 それって良くわかんないな。

 聞きようによっては、解釈の次第では、悠天兄は私のことが好きだけど、甲斐が好きだってなら諦める。

 悠天兄の言葉は『甲斐、あいつにならまあ仕方ねえから譲ってやるぜ』てきな感じに聞こえなくもない。


「デートの締めくくりに、抱きしめても良い?」

「ええっ!? デート? これってデートだったの? 悠天兄……」

「お前、驚きすぎ。意外だったろ? 俺だって男なんだぜ? これからはちょっとは意識しろ」

「ちょ、ちょ、ちょっと待った!」


 浜辺の夕日は落ちかかって。

 恋人同士なら、最高のロマンチックシチュエーションだろう。


 悠天兄と肩を並べて座った流木に、鳥が近づいてくる。


「鳥……、鳥が見ているから嫌だ」

「はあっ? 鳥って……。ププッ。笑っちまうとムードもへったくれもねえな。ごまかすわ、話をそらすわ。夏衣の困ったときの常套手段だな」


 私はどうしたら良いのか分からなくなった。

 ぎゅっと抱きしめられた悠天兄からは、かすかに男ものって感じの大人な香水の香りがした。


「俺としちゃあ、夏衣を俺だけのものにしたいとか思ってっから。ちょっとでいい。少しだけ、甲斐のことより俺のことも考えてみてくれ」


 ふんわりと鼻腔に残る香りは、この香りを思い出すたび、悠天兄を思い出しそうで。

 

 自分の気持ち、信念、使命……、そんなものをふっ飛ばしてしまいそうで、危険な感じがした。


 大人な男の色気なんて危ういだけだ。

 悠天兄の腕に抱かれながら、わりと居心地が悪くないからイヤじゃないなとか思った。そうは思えた。

 小さい頃は悠天兄だけは私を年相応に甘やかしてくれたから、私からぎゅっとハグしてってせがんでしてもらったこともある。

 悠天兄は、私が素直になれる相手。

 恥ずかしいけど、悠天兄になら甘えられる。


 でも、……やっぱり。


 頭によぎるのは、切なそうに私の名前を呼ぶ夢のなかの阿修羅王……、それから現実の、拗ねたり子供な甲斐の屈託のない無邪気な明るい笑顔だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る