【――甲斐視点――】

第4話 甘くて不穏な逢魔が時〜京都修学旅行事件前〜「――甲斐視点――」

 ――歴史ある街、京都。


 美しい都は古くから栄え、日本の古来からのまつりごとや流行の中心をになってきた。人々を魅了する、惹きつける。

 京都は間違いなく日本の強力パワースポットだ。日本国内からも海外からも観光客がたくさん訪れる。栄えるのには栄える理由が土地にある。


 多くの人間の【気】がたっぷりと満ちて漂い交流している。

 悪も騙しも、正義も真心も。

 地の気配は美しく、そして絶えず流れ穢れている。

 祓うものがいる。

 淀みない自然の風や寺社の加護に、それから……。

 


 京都は、魅力あふれる場所。


 そうであるとともに……。


 大昔からまことしやかに口伝えられてきた噂は……、観光にうってつけの人気さでありながら、そうしてそんな京都には魑魅魍魎や鬼が出るというもの。

 平安時代からの雅さには相反する怖い伝説や鬼退治ものがたり、陰陽師にまつわる話やオカルトな不思議怪談が尽きることなく絶えずあるんだってよ。

 華やかな世界の裏を返せば、呪いと怨霊のうずまく魔の都伝説がうじゃうじゃ怪異のもりだくさんなのが京都だ。


 この地はまばゆい光とよどんだ闇をやどす――。

 人間の本質にある感情と共鳴するのに、なんの違和感もない。

 怪異の起こすモノモノしさと禍々しさの不穏な空気を、包み隠すだけの賑わいとエネルギッシュな人々の陽の気の明るさは、そのまま人間ひとりの内側と構造が似ていると言えると俺は思う。


 遠く平安時代から、現代の令和の一見平和で穏やかな時代まで、ここは人にとってもにとっても魅惑のパワーで満ち満ちている。



      ✳✳✳



 俺たちは中学の修学旅行で新幹線で京都にやってきた。

 うっきうきな気分で来る予定だったが……。

 

 片想いの相手、天野夏衣とちょっと口喧嘩をしちまって、目下落ち込みちゅう……。

 せっかくの修学旅行だってのに……!

 同じ班なのに気まずいったらありゃしねえぜ。

 さっきから夏衣とは親友の桜井日毬さくらいひまりってクラスメートが俺のことをニヤニヤして見ている。

 はいはい、俺は夏衣と喧嘩してますよ〜だ。

 夏衣はよそよそしいし俺も暗い表情だから、態度があからさますぎて、みんな気づいちまうのかな。

 まったく……。俺がいけねえんだ。夏衣の地雷を踏んだ俺が悪い。

 繊細な夏衣の心の奥の部分に踏み込んじまったか。



 修学旅行の初日はまず清水寺へ。

 清水寺は言わずとしれた京都の超有名観光スポットだよな。

 よく『清水の舞台から飛び降りるつもりで』とか比喩に使われるそのまさにそこ。

 本堂からの景色は圧巻だ。

 あと、清水寺には七不思議が実在するらしいぜ。 


 清水寺に行く参道は坂道で傾斜が在り、山の緑が奥に控え土産物屋などが並んで情緒を感じる。どこか違う時代にタイムスリップしたみたいに、俺は非日常空間を満喫していた。

 気分は落ち込み気味だが、それでもそんな俺の気持ちを払拭するぐらい見どころがあるのはありがたい。

 京都に着いて、班の数人で観光をしてまわる。

 時間になったら、学校指定の宿に到着してなければならないが、それまでは社会科見学、授業のいっかんとしての歴史探訪の旅。

 俺は見逃すかとばかりに、視線はきょろきょろ。

 広がる京都の風景を上から下まで右から左へと目線をずらして見た。あちこちの物珍しい建物を注意深く観察しては、ふだん目にすることのない景色に感嘆する。で、写真を撮ったり、忙しい。

 音羽の瀧の水は飲めば無病息災に不老長寿のご利益ありだなんて言われてる。


 俺は夏衣と仲直りしないままでへこんではいるが、旅の非日常を満喫できてそれなりに気分転換になったのかちょび〜っとだけ楽しい気分になる。


 清水寺を参拝したあとは、おたべや八つ橋に抹茶をふんだんに使ったパフェなどのリサーチ済みのご当地スイーツやお土産物屋さんを巡って、そのあと昼食をとる予定だ。

 うちの班は、事前の調べはばっちし準備万端で、本やネット情報や家族からの情報提供でびっちりと予定を立てている。

 なにしろ学校行事なので自由時間はかぎられているのだ。

 有意義に京都を楽しみたいので、無駄なことをしている時間は一分一秒とない。

 時間に惜しいことをしている暇は無し。

 修学旅行のしおりに書き込んだ、班の行動予定はおおむね順調にこなしていった。

 けっこう、仲が良いメンバーで班を組めたので、考え方の根本は似ているし、意見の衝突がそんなにないから助かる。

 で、いちおうの班長は夏衣で、副班長は俺におさまっている。

 無論、メンバーからの推薦だ。

 自分からはやろうとは思わなかった。だって、夏衣とできるだけ一緒にいたいなーとか思ってたわけで。


 清水寺をひととおり散策して、俺たちの班は気になっている土産物屋さんをそれぞれまわっている。食べ物屋さんも多いが、京小物の伝統品を扱ったも多い。むかしむかしの時代から伝わってそうな工芸技術で作られた扇子とか清水焼の茶碗や湯呑み……。

 俺は目移りしながらも、じいちゃんばあちゃんをはじめ、家族への土産物をどんどん選んでいった。

 あんまり悩んでいると最終日までなんも決まらずに焦りそうだったから、「これ良さそう!」と思ったものをさっさと買った。

 自分の貯めてた小遣いは持ってきてたし、家族の好みもなんとなく把握してる。

 ついでにみんなで食卓を囲む時の用に、家族と夏衣と春霞姉の分もあわせてお揃いの箸も買った。

 ……あと、こっそり。仲直りしたら……もしできたらさ、えーっと渡そうかなあと、夏衣に似合いそうな小さな桜の花の飾りがついた髪留めも買った。

 あっ、……わっ、渡せるかは分からないけどなっ。

 この旅行のあいだにはかならず仲直りしてえとは思ってる。


 だが、なかなかタイミングがつかめずにいた。


 俺がお土産の箸の会計をしてもらってると、桜井が肘でつっついてきた。

 まだ、桜井はにやり顔である。


「ばっかだねえ、降坂くんはー。せっかくの修学旅行なのに、夏衣と喧嘩でもした?」

「げっ、図星。なんで桜井が知ってんだよ! ……ってかバレバレだと思った」

「言っとくけど、夏衣が言ったわけじゃないからね。あの子そういうこと言う子じゃないのは降阪くんがよく分かってるだろうけど。見たらバレバレ。いつもだったらわんこみたいにボディーガードとか言って、降阪くんったら夏衣にべたべたくっついてるじゃん」

「べ、べっつに。いつでも俺が夏衣にべったりだとか誤解してるぜ」

「またまた〜。素直じゃないんだから。降阪くんも夏衣も意地っ張りだな」

「放っとけ。桜井、からかうだけならダメージがキツイからやめてくれ」

「ふっふっふ。私がふたりっきりにして、あ・げ・る」

「桜井。いらんことすんな」

「まかせておきなさ〜い! いいのいいの。二人が仲良くしてないとせっかくの旅行での班の空気がなんだか残念なのよ。見返りは降阪くんとこの長男か次男のイケメンずなお兄様を紹介してくださるだけでよろしくてよ?」


 おいおい。

 それってだいぶ面倒なんですけど?

 俺んとこの兄ちゃんは、まあイケメンだろうけど性格のクセが強いぞ。


「では、さらば! ああ、三時に宿泊ホテル前で集合ね。ぜったいに夏衣と仲直りすんのよ。降阪くんがへたれじゃないことを証明して見せてよね。夏衣のことよろしく〜。じゃあね〜!」

「あっ! おいっ、桜井〜」


 俺の制止も聞かずに桜井は班の他のメンバーを呼んでどこかへ行ってしまった。


「甲斐」

「あっ、えっと……夏衣」


 その声にどきりとする。

 振り返れば、俺の胸をときめかすただひとりのやつ。


「甲斐。……私、日毬ちゃんに説教ぽいのされた。幼なじみを大切にしなさいとか、さっさと仲直りしなよねとか」


 ……夏衣、……怒ってる?

 いや……泣きそう? な顔してる。

 こんな表情をしているのは珍しい。

 俺が夏衣を悲しそうな顔にさせちまってんだ!

 そう思うと、唐突に俺は夏衣を抱きしめたくって仕方なくなった。

 ……いやいや。

 抱きしめねえけど。

 こんな観光客でごった返した土産物店のなかでなんて。


「ごめん。私がちょっと短気だった。子供っぽいのは私の方だよね」

「俺の方こそごめん。勝手に嫉妬して憶測で気持ち押し付けてた。……夏衣が悠天兄と仲が良いのなんてあたりまえで。夏衣が楽しそうに悠天兄に無防備な顔すんのなんていつもじゃんか。昔っからなのに……俺。……焦って、悔しくって。お前、られるのいやだから……。俺の、俺だけの夏衣でいてほしい」

「……か、甲斐。そういうの、外に出てからにしないか?」


 夏衣に今しかないとか思って。

 しばらく夏衣とまともに喋れてなかったのもあったから。話したくって、ずっとほんとは気持ち溢れそうだったし。

 俺は夏衣に向かって一気に気持ちをまくしたてるように言っちまったあと、死ぬほど後悔した!

 だって、店内にいたお客がいっせいにこっちを注目して見てたから。


 真っ赤になった顔の夏衣が、困り顔プラス恥ずかしげにしてた。

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