【――夏衣視点――】
第5話 覚醒!! 悪鬼襲来! 甘くて不穏な逢魔が時〜京都修学旅行事件〜「――夏衣視点――」
――悠久の歴史探訪が似合う街、京都の空から日が落ちる。
古都の街は光から闇へ移り始めた。
夕焼けで千年以上の歴史ある都の風景が、だんだんと暮れなずみいきオレンジ色に染まりだす。
影になる寺社や塔が映えて絵画のように美しく浮き彫りになっていく。
妖気が満ちた混沌の扉が開こうとしていた。
――もうすぐそこに。
甘くて不穏な夜がやって来る。
【「我らの支配する暗闇が訪れる」】
あやかしや悪鬼にとって、とても甘美で軽やかで飢えを満たせる
舌なめずりするバケモノたち……、やつらは獲物を狩るのを待ち望んでるんだ。
黄昏はじめの昼と夜との境い目には、自然に妖気が濃く満ちる。
夜は夜で、妖怪や夜行性の鬼や妖魔が好む真っ暗闇が広がっていく。
しかし、絵の具がパレットの上で混ざるさまよろしく、昼と夜のないまぜの曖昧さ。どっちつかずに紛れて沈む人や迷い人の心の隙間に幽世や異界の霊気がどっと流れ込む。
流れは激しい。大海に流れる増水した川の如く、あやかし妖気の気流は速く絶え間ない。
人間世界がいっとき妖気の類をもっとも受け入れる時間は、祓い師や悪鬼退治に関わる者たちには気が抜けない。
――知らず知らずのうちに。
私は甲斐と不可思議な京の都に迷い込んでいった。
なにかに誘われたのだろうか。
――そこに広がるは異界の、京都。
さっきまでいた修学旅行先の人間世界の京都じゃない。
明らかな違和感……。
異質な空気、空中を浮遊している薄い影やテレビや本で見た妖怪にあやかし。
だって、姿が人間じゃない!
着物を着た獣や後ろ脚で立つたぬきや、大人の人間みたいな姿格好の犬や、尻尾がいくつもある猫がいた。
狐風の獣耳に尻尾の男女が仲よさげに恋人みたいに寄り添ってたりして歩いて行った。
それに……、規格外のどでかさの
誰かがコスプレしてるわけでもなさそうだ。
作り物ではない迫真の異様さがある。
「ここ、どこだ?」
「なんかの施設のアトラクションじゃねーよな? ちょい妙な寒気がするな」
「寒気……か。ほんとだ、ざわっと腕に鳥肌が立ってる」
甲斐と私は目を合わせて、およそ現実とは言いがたい現象について冷静に話そうとした。
「そういや、いま時分は『逢魔が時』というんだぜ。幽世の狭間世界が現れたとか? それか魔界か冥界か。まるでホラーかファンタジー世界だな」
「たしかにファンタジーだね。しかし甲斐。……そろそろ集合場所に行かないと、いい加減みんなが心配する。ああ、だがこれは簡単には行けそうにもないな」
「ああ、たしかに。抜け出せるんかな。素人を仕掛けるドッキリのテレビ番組の撮影じゃねーよな? えっ!? うはあっ、なんだよっ!? ……な、夏衣。……なあ、アレやばくねえか?」
あまりの予想外の出来事に声が続かなく静かになった甲斐の顔に、蒼白めいた驚きの表情が浮かぶ。
「大きいバケモノだ。その辺のと格が違う、圧倒的にヤバめ」
そうだ、分かってた。
分かりきっていたことだよ。
気配はずっと漂っていたじゃないか。
電波を受信する機械みたいに、妖気の受け取り側の私たちが鈍かっただけだ。
接触不良だったって、そんな理由。
奴らが活発に動き出す、好適な時間。夕方が世界で乖離する。
人間世界の現し世と
陽のモノは天へ――。
それから、陰のモノと罪を犯した罪悪人は地獄で裁きと罪滅ぼし、さらには魂の洗浄を受ける。とはいえ、犯した罪が刻印されて、それは次生に影響を及ぼすとされる。
改心しようが、積み重ねた罪は決して消えはしない。
次生では、悔い改めた思いを魂の何処かで戒めにし、どう善なるモノになるかが試練になる。
「どうして? どうして! こうなった――っ!?」
慌てた甲斐の絶叫が、四神相応の考えのもとに美しく整った配置の京の都に響き渡る。
「甲斐、思い出さないか……? 脳内に合致して組み合わさったパズルのように符合していくような。大切な記憶が眠ってる気がしてる。……こんな漠然としたこと甲斐には通じないか」
「いいや、大丈夫。伝わってるさ、理解してっから、俺。夏衣の言ってること、俺には通じてる。なんとなく分かっけど! ああ、でも、忘れてる記憶――、思い出せないことを、どうやって思い出せてないって気づくんだ? 分かるわけねえじゃんっ! だって、
眼前には大昔の京の都にタイムスリップしたかのような景色がある。
平安時代の街並みに、突如として現れたでっかいバケモノ。
「甲斐、あれさ。鬼だよね?」
「ああ、どう見てもヤバい鬼だなっ! 逃げようっ、夏衣! 早くっ」
巨体を揺らしながら、両角を頭に生やした赤黒い肌の鬼が金棒を振りかざし、追っかけて来る。
赤い巨大鬼はグギャアグギャアと唸り声を上げ、口に収まりきらない牙の間からは黒い煙を吐いて見せた。
――確実に私たちを目がけて、重たそうな足をでドスンドスンと踏み鳴らして来ていた。
狙いは私と甲斐だ!
決して足は速くはないが、体が大きい分、大股一歩で距離が私たちと縮まる。
あの赤黒い肌の鬼はこっちに向かって来て、何するつもりだ?
私は甲斐と、京都市街を逃げ回った。
人は人っ子一人としていない。
代わりに妖怪やらあやかし鬼がうじゃうじゃいた。道に闊歩するモノ、建物に登ったりしてる妖怪、空を飛んでく天狗……。
赤鬼が来たら蜘蛛の子を散らすように、あやかしたちも逃げていく。
ケタケタと笑うお歯黒べったりが私の横を過ぎかけて「あんた何者? ホントに人間かい?」と言いながら去っていった。
逃げる、逃げる!
ああ、だが本当にこれしか手段はないのか?
ずっとキュイーンっと金属をひっかいてるみたいな耳障りな音がしてる!
濃くザワリと感じる――これははっきりと悟った。
鬼の邪気だっ!
色濃い強い怒気と苛立ちもを孕んでる。
「俺たちは京都に修学旅行に来ただけじゃねえかー!」
隣りで甲斐の叫んだ声がしてた。
不思議と、私は……、ちっとも怖くなかった。
だって、隣りに甲斐がいる。
ただ、それだけで。
なんだろう?
……私たち、無敵てきな?
こんなバケモノめのまえにしてさ、無謀かもだけど、戦おう。
――きっと、私たちなら、出来る。
そうだっ、甲斐と私なら!
どんな困難だって、どんなに絶望に打ちのめされたって。
やばそうな敵にだってさ、勝てる気しないか?
「ああ、懐かしい。この感覚……」
なぜ、忘れてたんだ。
こんな大事なこと。
……甲斐は私の。
甲斐は私の最も信頼できる相棒じゃないか。
私は横の甲斐をあらためて見てみた。
「フフフッ。……甲斐。どうやら私たち、とんでもなくテンションが上がる場所に迷い込んでしまったみたいだね」
「ちょっ、おい待て。やめろ、変なこと考えんなよ。とんでもねーぞ。……本気か? 夏衣、なんで不敵に笑ってんだよ? まさかお前、アイツを目の前にして戦うとか……マジな目で言わねえよな?」
重なる面影……、ああ、私は甲斐を知っている。
ずっとずうーっと、大昔っから。
この世界にやって来る前から、私は甲斐とたしかに共にいた。
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