第3話
「既に申し上げたように、母艦と小型艦のいずれも、ほぼ同時に爆撃すればよろしいのです。超長距離レールガンも砲塔の安定化をクリアすれば、連続二射攻撃を行えます。冷却に関する問題は、脱塩化装置の到着によって海水を利用できるため問題は解消されたも同然です。したがって、地上を集中爆撃、宇宙を超長距離レールガンによって叩くことで、今のような茶番は終わりにできます」
合衆国の幕僚長は学者を信用していなかった。軍内部には既に数百年前から技術士官を始め、多くのテクノロジースタッフとラインが存在しており、殊更に外部の研究者の意見を取り入れることは、安全性確保という名の遅延と作戦系統の乱れを生む獅子身中の虫であるとして、断固として介入させまいと、年々資金援助を取りやめたり、補助体制を見直してきた。
そんな矢先、異星人騒動で、彼らはなんとしても標本欲しさに、チェスなどという近世以前の方法でもって、勝敗が決まると思い込んでいることに、彼はずっと、いっそのこと苦虫を嚙み潰した方がマシだという顔をしていた。
「そうなると、旧国連館に被害が及びます。人類の遺産であることは幕僚長もお認めになるでしょうから、あえて述べませんが、仮に成功しようとも、軍法上、貴方の作戦は犯罪と言わざるを得ないでしょう」とよく分からない肩書きの学者が割って入る。
多国籍からなる作戦会議ゆえに、お互いの勲章の意味がもはやよく分からず、相手を尊敬すべき上官・学者なのか、あるいは言い分通りのウスノロなのか、誰ももう気にしてはいなかった。これが宇宙人の狙いとすれば、仲間割れはいつ起こっても仕方のない時限爆弾として成立していると言えよう。
「『軍部の暴走』、それが二度の世界大戦のキーワードですからな」
「優生学や破壊兵器の誕生などといった『科学者の高慢』は教科書から消されたのかな」
売り言葉に買い言葉という次第で、もはやチェスについての議論は今日、一度もなされていない。それどころか、負けが続いたことで、チェスを戦闘手段に選んだことを無かったことにしたいと、皆が薄々抱いている心境なのである。
『人類会議』と名付けられたこの会議の議事録ほど、戦時にあってこれほどまとまらなかった公文書は、きっとどの国家にも残されていないだろう。
――――――光陰矢の如しということわざは、いつだって、自分に不利な状況で思い出されるものだ。
「だめだ、また負けた」
幸いにして、この負けは僕とヤンデロリアンAIとのシミュレーション試合。一夜明けた今日の試合もまた始まっていない。朝食をとり、日差しの気持ちいいスイスでチェスをしているなんて、文字だけでみればえらく優雅なものだが、相手はトカゲの化け物で、おまけに人類の歴史の分岐点らしい。
僕らプレイヤーは、宇宙飛行士よろしく、決められた人員として会えない。というのも、病欠が彼らに許可されるかどうかもわからないし、代わりの人間を用意することも難しい。ヤンデロリアンも感染したとしたら、いかなる未知のウイルスに変容するかも想像がつかないから、僕らに秘書官がそれぞれ割り当てられているわけだ。
それなのに、偶然昨晩会ったエミリアさんは、なぜか僕の部屋に朝から居座っている。
彼女の試合は僕の次の日、明後日になっている。このまま負け続きでは彼女の番になる前に勝敗が見えるので、こうしてくつろいでいるらしい。
「あの、エミリアさん、さすがにリラックスしすぎでは」
かつて大英帝国と呼ばれた国のレディ――僕より8歳年上らしい――というより、何だか居候の姉のように、ベッドを陣取り、僕がデスクでシミュレートしているのを気に留めているのかいないのか、よく分からない民謡のような鼻歌を室内に流していた。
基本的には外出禁止で、この高級ホテル内での移動もダメではないが、はばかられる雰囲気というのに、昨日、僕が部屋を出た出会い頭にぶつかり、少し話をすると、特に彼女には用は無かったらしく、どうせ目的も無くウロウロするならと、僕の部屋に今朝も現れたという経緯。
「私は別に軍規に縛られないし、ここだって軍のキャンプじゃなく、選手村だと思えば、別に気分転換も許容範囲内だってば」
彼女は日本にも出張したことがあるようで、日本語が上手なのが、こうして打ち解けた雰囲気の最たる要素だと思う。日本人が奥手で、男女二人でホテルにいても、手を出してはこないと考えているようだ。今回もその経験則からは外れていない。紳士としては当然のことではあるけれど、この奥手が、未だに恋人ができないという現状の説明として、最も的確なのは言わずもがなである。
「私達って、絶対に勝てないと思わない?」
「ちょっとちょっと……!?」
「明白でしょう、チェスがまじないではなく統計学の問題だとすれば、慣れた大人と素人の子どもとでは結果はする前から分かりきってるわ。彼らの定石を観たでしょう、まるで詰めチェスみたいに理路整然。シンクタンクの数学者たちが何もアドバイスしてこないのは、彼らが既に『証明』を見たからよ。ましてやAIに連敗中のサムライボーイに、彼らは何の期待をしているっていうのよ」
心の中でどう思っているかは別にして、こうして公言してはばからない人はおそらく彼女以外に居ないはずだ。
「私ね、プレイするつもりないよ。もしも私の番が来たら、一発、花火でも拝ませてやるんだ。ビックリするかなぁ、ふふ」
「それは人類を代表して、やめていただきたいのですが」
「ほんと真面目なんだから~」
たしかに普段から真面目にしていても、人間関係で損することはままあるけれど、こういう時にラフにいれるというのも、ある意味では才能なのだろうから、結局、自己弁護を試みるのは虚しいだろう、ということで、彼女のタイトスカートも発言もそっとしておくことにする。
「それともカミカゼアタックは君の専売特許かな?」
「……違いますから」
――――――「博士の仮説通りなら、今更カモフラージュを施しても、彼らには22世紀の技術が観測できているんじゃないんですか」
「現在、軍としては妨害電波を生じさせて、極力、彼らの回線ならびに電子機器を地球に向けて使用できないよう対応しております」
「このままチェスで負けが続くとなると、人類会議の処遇はいかなるものとなるのか、外交ルートはどうなっている」
「その勝敗の度合いによって、譲歩の余地はあるとのことです。ですが、完敗となると……」
「無条件降伏はしてはならない。これはわが国の王の厳命です」
「何を言う! 今、人類は全員がギロチンの恐怖に憑りつかれているんだ。状況によっては無条件も大いにありうる!」
「母艦を掃討し、地上にある小型艦は毒ガスなどによって殺傷してしまいましょう。そうすれば、奴らの新たな艦隊が来るまでに、我々もサンプルをもとに亜光速航行や宇宙での決戦が可能となるやもしれない」
「騎士団の作戦系統には戦闘にまつわるものがほぼありません。彼らは頭脳集団に過ぎない」
「だからこそ、人類会議がその器であり、手足にもなるのだ」
「このままヤンデロリアンに優勢にしてはいられない」
「では、投票願います。全面戦争か、盤上戦争か」
人類会議でようやく一致した意見は、前線の人々には知らされることなく、少しずつだが確実に、起こりうる将来像としての輪郭を濃くしていった。スイスのレマン湖を冷却装置に転用する案は、ヤンデロリアンの監視下である可能性が高い以上、承認はされなかったが、超長距離レールガンと核ミサイルの増強はすべての文化発展をとめようとも優先するとして、一手一手進められていた。
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