第24話〰ウェルカムようこそ遊園地へ〰


「っしゃああぁぁ!!!!」


今日は待ちに待った単発バイトの日、着ぐるみデイ。

遊園地の職員のおじさん――大森さんというらしい――から私に声をかけて頂いた次第だ。


求人サイトからこのバイトの求人情報が消されていただけに、本当に『東城渚』を必要としてくれたと思うと、胸が温かくなる。……ヤバい、最近涙腺が緩いんだよな…。歳か?



前回のバイトの経験を活かし、休憩中は着ぐるみ状態でトイレにて水分補給して(汚い!!)、帰りもトイレで擬態すれば問題無さそうだと知ったので、今日はデスタム状態で遊園地に向かうことにした。



ただ、やっぱり暑い日に長袖長ズボンで街を出歩くのは正直キツい。夏に差し掛かったこの季節、うっすいワンピースで気軽に外に出られないこの体質がほんと辛い。



……はぁ、やっぱりネガティブなことばかり考えてしまう……。

見えるようになった両手でほっぺを叩いて気合いを入れる。チークが少し崩れた。自業自得。

服装、メイクバッチリ。さ、行こう。夢の国へ。





渚「おはようございます……ほ、本日は何卒よろしくお願いします……」


初対面で言い合った経緯もあり、遠慮がちに事務所のドアをノックして開けた。大森さんが立ち上がって迎える。

大森「おお渚ちゃん!来てくれてありがとう……って、その顔……」


…………!!!

大森さん、めっちゃ私の顔見てる!!近っ!!


ヤバい、透明がバレた!?汗でメイク崩れてたんかな!?

な、何か顔を見れるものを……いや、そもそもメイク直す暇なんて無い!!

に、逃げなきゃ……!!


渚「あっ、す、すいませんでした!!で、出直してきましゅ!!」


噛み噛みで踵を返して逃走しようとした私を大森さんが制止する。


大森「ああごめんごめん!怖がらせるつもりはなかったんだ。ちょっとまあ……んー何だ……凄く綺麗だなと思って……」



あぁ大森さん、こんなゴミクズな私にお世辞まで言ってくださるとは…。

あなたが神か。入信します。なんのツボを買えばよろしいのでしょうか。




渚「す、すみませんメイクがケバくって…で、でも真面目に仕事頑張りますので、改めて今日はよろしくお願いします」

大森「こちらこそよろしく。着ぐるみ、クリーニング出したばかりだから安心して。……あ、今日はカエルじゃなくてウサギになりきって、ね!」



そう言って事務所からすれ違うように、大森さんにポンと肩を叩かれた。ごつごつした感触の大森さんの手は、やわらかかった。





デスタム状態で事務所内の更衣室で着ぐるみに着替える。着ぐるみの中の体幹、足は完全に透明。

汗で自然にメイクが落ちて、ゆくゆく私の姿は完全に消え去るだろう。

地肌に直接着ぐるみ…申し訳ない…


以前と違い、悪臭のスリップダメージは今回0。灼熱地獄は相変わらずだが、水分補給ができる手段を見つけたため、前よりはおそらく快適だ。



着ぐるみの私を大森さんが手を取って定位置に案内してくれる。今日はメリーゴーランドの近くで佇めば良いみたいだ。


30分毎に大森さんが休憩時間を知らせてくれて、私は水分補給のため毎回園内のトイレに案内してもらった。男子トイレに入ろうとして、慌てて大森さんが制止する。


大森さん「おいおいちょっと、そっちは男子トイレだよ!ハハハ、ほんと渚ちゃんは面白いねー」

渚「あ、前が見えなくて…すいません……そこの広い車椅子トイレでも良いですか?」


外で女子トイレを使うのにはさすがに罪悪感があるので、男子トイレを借りたかったがやっぱり止められるよな……。

妥協案で併設の男女共用の多目的トイレで納得してもらった。トイレ使いたかった障がい者の方、お母さん方、大変申し訳ない。



水分補給に関してはトイレで問題なく可能だった。他の人達は着ぐるみの頭を取ってその場で水分補給するらしく、毎回律儀に決まってトイレに向かうのは渚ちゃんぐらいだと大森さんに笑いながら言われた。


頻尿女の肩書きを意図せず手に入れた。要らない。



業務は至って平和に終わった。女児、男児が私に抱きついてくるぐらい。足元辺りに抱きついて来られる度に、胸がキュンとした。


……ただ、「ふかふかだー」って言って私の胸を2分くらいずっとペシペシ叩いてたあのクソガキ(♂)は許さん。時々つまむんじゃないよ。夜中耳元で囁くぞ。




やっぱり、着ぐるみバイトはすごい楽しい。あっという間に終業時刻。

全然忙しくないから楽ってのもあるけど、他人に面と向かって関われることが何より嬉しい。



帰りは事務所に寄ってトートバッグを取りに行ってから着ぐるみのまま多目的トイレに入り、そこで着ぐるみを脱いでメイク。私服に着替え、バッグと着ぐるみを持って出てくることで透明バレせず変身できた。


大森さんに着ぐるみを返しつつ、挨拶して帰宅。

またお願いね、って言ってもらえた。ほんと嬉しい…





「ああぁぁぁ……極楽じゃ……」


ヒノキの香りのひとっ風呂を浴びて、いつものベッドにダイブ(背中から)。



今日も1日を振り返ってみる。

まじまじと大森さんに見られた時は本当に焦った。透明人間ってバレたのかと思って、パニックになってしまった。

キックにセクハラ…あのクソガキ達、覚えてろよ。

…あれ、もしかして同じガキだった可能性は?

…まあいい、相手が1人でも2人でも些細なこと。真夜中にお化けの囁きをお見舞いしてあげるだけだ。住所知らんし、知りたくもないけど。





…………。

大森さんの、私の顔を見た時の驚き方、何か気になったんだよな……。

幽霊見たような驚き方じゃなくて、探し物が見つかった、そんな感じ……うーん…うまく表せない……。


親父が生きてたら、大森さんと同じぐらいの歳か…

まあ、親父は酒癖の悪いクソみたいな親だったから大森さんと比べること自体失礼だわ。




「…………寝よう…」


ウトウトしてたら、いつの間にか眠りについた。







…一方その頃、遊園地事務所にて。

大森は渚を見送ってから、しばらく考えこんでいた。

「……生きてたら、あいつも渚ちゃんぐらいの歳か……。」

そうポツリと呟く。

「よく見たら似てはいないんだが、何かあいつと重ねちまうな……クソッ、考えないようにしてたのに……!!」

テーブルに手を叩きつける。

…………。

何かの拍子に、『お父さん』って、ポンと顔見せに来てくれねぇかな……


……それか、来れないなら俺が会いに行くか……。天国に。

いや、あいつは俺に会ってくれないか。カミさんにも怒鳴られるな。



「……俺も歳をとったな……涙腺が緩くてしょうがねぇ……。」



この独り言を聞いた人は、誰もいない。

『この世』には、誰もいなかった。





つづく

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