第23話〰塩気も色気も足らん〰


「おっしゃ、料理するぞー!!」


声高らかに宣言したその虚空には半透明の1対のビニール手袋が宙に浮かび、さらにその右手には包丁を持っている。さながらホラー映画の1シーンのよう。


全く理由は無いが今日は焼肉炒めの日にしようと思い、スーパーで材料を買ってきた。

外出のドーラン代含めて2000円くらい。コスパ最悪。


キャベツと人参、もやしと豚のホルモン。至って普通の食材たちを用意。

味噌ダレでパパっと味付けして、夕食としゃれこもう。



透明人間と調理はすこぶる相性が悪い。自分の指すら見えないので刃物を扱う時は手袋が必須。オーバーリアクションなぐらい鍋から離れてないと不可視の前腕をやけどしてしまう。

まあ厳密には肉の油分とか手のひらにくっついて、ほんの少しは可視化されるのだが…。


正直料理なんて手間なだけなのでインスタント食品で充分なのだが、無性に出来たての料理を食べたくなる。何故だろう。にんげんだもの。



ごま油をフライパンに引いて、切っておいた野菜を炒める。ジリジリと野菜達に火が通り始める。未だにキャベツの芯部分の良い焼き加減が分からない。人参もそうだが「固っ!!」と思うこと幾星霜。

塩コショウで軽く味を整えておき、皿に盛り付けておく。


そして主役のホルモンを焼き始めた。味噌ダレを絡めてフライパンの前でしばらく待つ。


ジュウウウゥゥゥ……


焼肉のいい香りが漂い始めた。あぁ…これでお腹がさらに減ってくるんだよな……。


中火でじっくりと加熱していた時に、悲劇が。



ボンッ!!!!



突然1個のホルモンが爆発した。ホルモンを焼いたことがある人なら誰しも経験したことがあるだろうこの現象。私は今の今まですっかり忘れていた。

灼熱の肉汁が見えない左胸を直撃。サドンアタックだ。



「熱ううぅぅっっっっ!!!!」



……ちょっとフライパンから離れて、隙を見て肉をひっくり返そう……。

透明になってなんで焼肉の機嫌まで窺わなきゃいけないんだ。人の視線気にするだけでももう既にお腹いっぱいだ。


充分火が通ったタイミングで、野菜炒めの上に盛り付ける。……うわぁ、めっちゃ美味しそう。

でもちょっと焦げてる部分多い気がする……。



ぷかぷかと手袋ができたての料理をリビングに運んで、いざ実食。お味のほうは……


「う、美味っ………♡」


噛めば噛むほど肉汁が広がり、味噌ダレの濃い味を野菜炒めが中和する。まさに味のクインテット。適当言ったわ。


料理を美味しく頂き、面倒くさいのはここからだ。

食器洗いも油汚れで面倒なのだが、透明な自分自身のアフターケアがとにかく非常に面倒なのだ。


普通の人なら歯磨きを適当に済ませて終わりなのだが、完全に透明な私は口内の汚れが丸見え。

油、食べカス、しまいには牛乳や乳酸菌飲料まで、着色汚れ系は全般……うぇ……


そのため食事の後は、いつも時間をみっちりかけて汚れを落とす。糸ようじも洗口液も舌ブラシも駆使しないと、完全な透明に戻れない。

幸い歯石などの、理論的には透明人間でも可視化されてしまいそうな生理的事象は、なぜかあらゆる理屈を無視して透明になってくれる。

それならいっそ食べ物自体口に含んだ時点で透明になって欲しい。ほんとグロいんで…


もし私が歯の被せ物やブリッジなどの治療をしていたら、それも常に宙に浮いていただろう。そこは不幸中の幸い。あとは消化中の食べ物も見えずに済んでるから、その点も良かった。

……でももしネジとか間違って誤飲してしまったらどうなるんだろう。

お尻から無事に出てきた途端に見えるようになるのだろうか。


…………。



何か気色悪い話ばっかりになってしまった。

とにかく透明人間は、透明でいることに対してのタスクが多い、という認識で構わない。どうせ透明になってしまった人にしか理解されない事だと思うので、どうか気にせず……。





お腹を満たし、いつものお風呂に入ってベッドに寝転ぶ変わらないルーティン。今日は森の香りにした。

もうちょっとで透明女化して1年、もし元の身体にポンと戻ったとしても、逆に違和感を覚えてしまうほど自分の価値観が逆転してしまった。

できれば『男の東城渚』に戻りたいとは心の奥底では常に思うものの、今の私にはたくさんの大切なものがある。もうこれ以上、姿以外に何も失いたくない。



……今はとにかく、明日も無事に生きることができることだけ刹那に願う。

透明女化してても、まだまだやりたい事がいっぱいある。温泉とか温泉とか、温泉とか……。

あぁ、萬寿の湯に浸かりたい……。



気分の乱高下の激しい面倒くさい透明女は、もはや第2の人生と言っても差し支えない毎日を謳歌していた。

ほぼパンツ一丁で。





つづく

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