第20話〰消え入りそうだけど、そこにいる〰
東城渚、24歳。突然『透明女化』という不運に見舞われた元男性看護師。
人類のロマンとされる透明人間の恩恵を何一つ自由に使えず、細々とゲーム片手に毎日を必死に生きている。
仕事以外は寝て起きて、また寝るの繰り返し。
今日はなぜか無性に食べたくなったスフレを求めて近所のコンビニへ。この衝動を止めることなどできるだろうか?いや、できない。
完全にスイーツ脳のぐうたら透明女。
ただ、これも日々努力を積み重ねているからこそ今の『東城渚』が成り立っている。女性化しても元々はゴリゴリの男性。女性っぽさを演じているだけに過ぎない。
男に戻れるならすぐにでも戻りたい。
普段通りにカラコン、ウィッグ、マスク、ドーランを使って透明な顔と両手首までメイキング。
「きんこう……せいぼッッッッ!!!!」
などと独り言を言いつつ鏡で透明な塗り忘れ部分が無いかポーズを取って念入りに確認。
…まあどんなに装っても厳密にはカラコンで白目全てを彩ることが出来ず、耳穴だってよく見られると空洞だから透明人間バレとは常に隣り合わせの状態なんだけど……。
Tシャツと長袖のカーディガンを着て、こないだ買ったばかりのスキニーパンツ(0敗)と靴下を履けば立派な人間の完成。こうやって外に出るためには『普通の人間』を演じないといけない。
完全透明な裸で街に繰り出すのには差し支えない陽気になってきたのだろうが、足跡は浮くし水たまりは一切踏めないし、くしゃみ1つできないし…
何より、見られてないとわかってても全裸で外にいること自体恥ずかしすぎてほんとに無理。
マンガのキャラとかで、透明人間が積極的に外に繰り出しているのを見ると
(よくもまあ堂々と街歩けるなぁ……)
と羨ましくさえ思える。まあ作り話の世界を間に受けちゃダメか…。あの人達と私とでは、言葉通り住む世界が違う。
それでもやっぱり外に出てみたくなってしまうのが人間のサガ。部屋だけで過ごすと鬱屈なことばかり考えてしまうから…。
大体近所の公園でぼーっとしたり、名前すら知らない高校の運動部の練習を遠くから眺めたりしてのんびりする。姿こそ見えないが全裸で電柱にしがみついている私、完全な不審者だよね。はぁ…。
ネットショッピングがとにかく私にとって神システム。もしこれが無かったら、この現代で私はおそらく窃盗などの悪行に手を染めていたに違いない。物が確保できる手段があるだけで救われている。
ありがとうございます業者さん。
あ、そういえばこの前あまりにもヒマだったから証明写真を撮りに行ってみた。マイナンバーカードの顔写真(男だった時の俺)で、散々な目にあったからだ。
もちろんメイクして、マスクを外した状態でパシャっと撮影した。フラッシュが眩しくて目が眩んだ。目無いけど。
何度か撮られて、出来上がり予定の写真が画面に表示される。
「…………ひゃ!!!!」
思わず悲鳴をあげてしまった。
そこには顔全体が異様に光った状態で写っていた。なんて言うか…ハロウィンのカボチャみたいな感じ。いや、それよりも怖い。
昔暗がりで顎下から懐中電灯当ててお化けごっこしたことある?あれ全然怖くないじゃん。
これは遥かにヤバい。もう妖怪。怪異の類。
そうか、化粧で肌を覆ってるだけだから、強い光当たるだけで簡単にバレちゃうんだね……。
快晴時のメイクでの外出、ちょっと考え直そう……。これじゃ今までも危なかったかもしれない。気づけて良かった。
お値段は1000円。勉強代だと思えば安く感じた。
嘘。絶対何に対しても使えない写真数枚で1000円は高すぎる。
妖怪を証明してどうすんだよ。伝説の鏡か何かなの?
写真はすぐハサミで刻んで家のゴミ袋へ処分した。もったいない……。
そんなこんなで、やっぱりしがらみは多いけど毎日充実した日々を送っている。
生きるって大変だ……。でも後日振り返ると不思議とそんなに悪くないと思えるのも事実。
……いや、そうでもないか。ペンギンとか受診とか…。
1日のアンニュイな気分を吹き飛ばせる唯一無二の時間。お風呂の支度をする。今日はいつもより熱くお湯を張ろう。
「はああぁぁぁぁ……幸せ……♡」
今日は桜の香りの入浴剤にした。浴槽のにごり湯が人型にくり抜かれていく。
んで、シャワーを浴びるといつもの透明な水の精霊が出現。
水の精霊「ほっほっほ……そなたの願いを1つ叶えてしんぜよう」
渚「じゃあこの透明を治して」
水の精霊「わらわが叶えられるのは水に関することだけじゃ。さらばじゃ…ほっほっほ」
渚「ま、待って!!じゃあせめて水道代を安くして……ああぁご無体な……」
なんて1人芝居をして気を紛らわす。くだらない…。
風呂上がりの後、ベッドにコロンと寝転んでタブレットで動画鑑賞。この時間も最高。惰眠を貪るこの瞬間がたまらなく好き。
もう何度目かわからない「透明人間 治し方」で検索する。
街で売っている万能薬を500ゴールドで買って使えば治るそうだ。
それか一度戦闘不能から復活すると治るらしい。
…………。
眠くなってきた。
全部の明かりを消してしばらくすると、いつの間にか眠りについていた。
つづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます