第21話〰悲しみの連鎖〰
「んんん……っっ」
大きくベッド上で伸びをして、起床。うっすら部屋が明るくなると自然に目覚める。
ぼんやりとした頭でトイレに向かう。
…………。
何か下腹部が重くてズキズキする。来たか厄災が…
いつもこの日が来る度に憂鬱さとキツさが頂点に達する。男の時には無かった感覚。今思えば毎日楽だった。
ササッと慣れた手つきで昼用のナプキンのテープを剥がし、トイレの地面スレスレに浮かんだショーツへ付け替える。
人は慣れると何も違和感を覚えなくなるものだが、この自覚症状だけは未だに慣れない。
トイレットペーパーで後始末するが、目に見えない水分が紙を貫通して、見えない指にまとわりつく。
(チッ、最悪……)
こうなるともうダメだ。全ての出来事がわざと自分を攻撃してきてるようにしか思えない。
ふてくされてトイレを後にした。
身体が重くて、勢いをつけてベッドに座る。何かが無意識に漏れ出たのを感じた。
…………。
たった今綺麗にしたばかりなのに……
ゲームも一切せずにずっと横になって休んでいたいのに、今日もあいにく夕方まで相談業務の仕事だ。
休暇を貰おうとも思ったが、あと何日分の有給が残ってるか分からない。休むにしろ残り日数を確認するにしろ、会社に電話する必要がある。
…………。
会社には何も電話せず、インカムを装着した。
その日の夕方。時計が夕方4時を指して業務終了。苦痛に耐えつつ物事をこなすと、いつもより時間の流れが非常に遅く感じる。
「はぁぁぁ……」
もう何もしたくない。でも明日から2連休。
せっかくの連休なのだが、何も出来ずにずっと休んでしまいそうだ。
ササッと晩ご飯のインスタント味噌汁をすすって、風呂の準備をする。浴槽がアレで汚れるだろうけどどうでもいい。どうせ見えないし。
お湯が溜まり、入浴剤の量をフタで計る。
だが勢いづいたのか、大量にゆず湯の素をこぼしてしまった。
透明だった足先、右腕がオレンジ色に染まる。
「……あああもう!!!!!!」
山盛りになったゆず湯の素を浴槽のお湯に叩きつけるように振り下ろす。
熱いお湯がバシャッと私の顔に跳ね返ってきた。
うすらオレンジの顔が鏡ごしに視界に入る。わかめが小さく空中に浮いていた。さっきの具が歯に挟まっているようだ。
「―――――――!!!!!」
世界が、私をいじめてくる。こんなに耐えて頑張ってるのに。
浴室の壁に両手をついて嗚咽をこぼす。涙が出てくるのを自分で止められない。その涙すら自分でも見えなくて、惨めさが増す。
「私……生きてて良いのかな……?」
本当はもう自分がいて良い場所なんて無くって、だから神様に姿を消されて毎月苦痛を与えられているんじゃないのか。
泣きながら風呂に入るなんて人生初めてだった。
ゆず香る無敵のシェルターは、簡単に内部から崩壊した。
入浴を終え、倒れ込むようにベッドに寝転ぶ。
心も体も全てがしんどい。
タブレットで目的なく画面をなぞる。
セール中の洋服の値段を見てみたり、仕事の求人情報を意味なく眺める。全部『普通の人間』に向けた情報だ。透明人間は言葉通り眼中に無い。
(……?)
……ある求人が目に留まった。臨時バイトのそれはパッと見た感じ楽しそうで、募集要項が全て私の体つきに怖いくらいピッタリとハマっていた。
(……着ぐるみバイト?)
つづく
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