第19話〰塵も積もればムシとなる〰



珍しく、その日の私は朝からイライラしていた。

マッチングした相手に全然勝てなかったからではなく、カルシウムが足りていない訳でもない。

……女性の日?……ばぁーか。



ゴミが全然取れなかったんです。爪の。




昨日は何かもやもやして眠れなかった。

この気持ちを払拭すべく、午前3時から格闘ゲームで顔の見えない有象無象達とバトルしていた。



持ちキャラは吸血鬼の女性。普段は老婆の姿だが、相手の血を吸うと人間だった頃の大阪のおばちゃんみたいな姿に戻ってパワーアップする。全く設定の意味がわからなくて一目惚れ。


反時計回りにスティックを1回転させてから弱パンチを3回、弱キックを3回、強キックを4回入力すると即死コンボが出せると攻略サイトに書いてあったので、それをひたすらトレーニングモードで練習。阪神関係ないやろ。


5回に1回は成功するようになった。んでオンライン対戦に潜ったのだが…これが全く勝てない。

敗北ボイスの「んなアホなぁー」が常にリフレイン。そのボイスもしっかり老婆とおばちゃん形態の2種類存在。私的には老婆の方が哀愁漂ってて好き。



本題に移る。

私はゲーミングチェアに座り、よく両肘だけ机につけた前傾姿勢でコントローラーを持ってゲームをする。

モニターとコントローラーが常に視界に入る感じ。伝わるかな?


んで、ふと対戦の間に小さなハエみたいな黒い点が視界に入った。コントローラーの左スティック辺りをくるくる飛び回っていたかと思いきや、ピタッと私の親指付近に着地。汚い。


私は左手でコントローラーを持ちつつ、もう片方の見えない手のひらで払いのける。

……ハエが逃げない。

続けて何度かぶんぶん手を振ったが全く動じず。何だこいつ。透明だからってナメてんのか?



……あ、ハエがくっついてる左手自体を動かせばいいじゃん。そしたら絶対逃げるわ。閃きってすごい。



コントローラーを置いた。そして透明な左手を離した瞬間にハエは飛び立った。


よっしゃ、と思ったのも束の間、またハエがコントローラーの近くを飛び回る。……何?サイコシールド∑でも使ってくれんの?



「ふうぅぅぅ……」

机に両手を置いて精神をしずめる。

ハエも一緒に休憩している。



右手をゆっくりと掲げる。ハエは飛び立たない。

チャンス!!!!

私は狙いを定めペチンと、透明な左手をひっぱたいた。



…………。



嘘でしょ、本当にサイコシールド使えんの!?

叩いたはずのハエはビクともしない。



もはや恐怖さえ覚えるこのハエ、ちょっと近くで観察してみよう。もしかしたら何かの進化系生物かもしれない。

すると、あっけなくそのハエの正体がわかった。


……黒い塵だ。場所的に透明な左手の親指か。

何だ、生き物じゃなかったから逃げないし死ななかったのね……ぶんぶーん……


親指にフッと息を吹きかけるが取れない。台所で手を洗い流す。全然取れない。爪の間にピッタリ挟まっているようだ。


(―――――――!!!!!)


対戦で負け続けゴミの1つも満足に取れないなんて。ああほんとイライラする。

そして爪楊枝を使ってゴミ取ろうとした時、思いっきり爪の間に刺してしまった。



「いっ……たあぁぁい!!!」



透明だから目測を誤った。もうほんと透明なんて嫌だ。胸もあの姿勢でゲームすると机にぺたぺた当たるし脇締まりづらいから不便。女なのも嫌だ。


透明も女性化も慣れたもんだが、



…………。


はぁ……

何か楽しい事でも起きないかな……。



淡い期待を胸に、外はすっかり明るいもののふて寝することにした。




つづく

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