第18話〰ああ、あらわれていく〰
人間とは気づきの生き物である、とは誰が言った台詞か。
注意を向けることで初めてその存在を認識し、気にならなければ、永遠に認識することは無い。
空気を初めて認識した人は、本当にすごいと思う。よくもまあ視覚触覚に影響してこないものを認識したもんだ。
かくいう私も透明女であるため、知覚できないものはおそらく普通の人間より多数存在する。
ある日入浴剤のローテがラベンダーだった日のこと、
風呂上がりで浴槽のお湯を捨ててた時に異変が生じた。
(……?)
シャーっとお湯の流れる音が扉越しにしなくなったと思って浴室の床を見てみると、ラベンダー色の水面が足首ぐらいまでかさを増していた。そしてすぐに……
(…………!!!!)
浴室から水が台所方面へと流れはじめた。は、氾濫じゃぁー!!!!!!!!!!皆の者ー!!!!
どうやら浴室の排水溝に何かが詰まったようだ。目をこらすと、うっすら気泡がついた繊維質のものが十数本見える。
ここで盲点に初めて気付かされた。抜け毛も完全に透明だったということに。
少し赤カビのついた排水溝のフタをすぐに外して、素手で排水溝を擦ってみる。見えなくてもゴッソリと繊維質が集まったのが分かる。汚い。
するとみるみるうちに水は流れていき、下水の氾濫は解消された。
(ああ、見えなくてもちゃんとそこにあるんだね…)
まるで透明な私と一緒。まあ抜け毛もそもそも実質私だったものだから全く上手いことは言えていない。
排水溝の髪の毛をおそらく全部取り除き、濡れたラベンダー臭い台所をせっせと拭きとっていた所でまた異変に気づく。
(…………?)
何か床ベタついてね?
フローリング張りの台所は、油汚れっぽく部分的にベタベタしている。よーく観察してみると、トイレや浴室、隣の部屋に向かうルートが特にベタついてて……
(…………!!!!!!!!!!)
これは……皮脂汚れか!?ペロッ。(大嘘)
こ、ここまで全く見えないものなのか汚れって。手のひらのバイ菌みたいな考え方と一緒か。
ってことはトイレも……本来の姿は今……。
軽くめまいがしてきた。視覚的に部屋は汚くなかったから、普段の掃除はシンクぐらいしかしていなかった。
おそらく、現在の抜け毛や皮脂汚れ、排泄物が可視化できるならばこの家は間違いなく汚部屋。
(…………。)
私は見えない指で『皮脂汚れ 落とし方 フローリング』で検索を始めた。
ちなみにその検索したタブレットは使う前にゴシゴシと着てたシャツの裾で拭いた。綺麗さは変わらなかったが指通りがぎこちなくなった…気がする。
調べた結果、皮脂汚れには重曹やセスキ(初めて聞いた)が良いそうだ。家に届いたらすぐ掃除する。
一度認識してしまったら、もう我慢できない。
2日後、待望の掃除セットが届いた。汗をかくのが予想されるため、ショーツとゴム手袋だけの半裸状態で掃除開始。何だこの…フェチ的な感じ。ちょっと気色悪い。やっぱ服着ようかな……
家のあらゆる窓を開けてから、掃除機で全部屋を清掃。『ごみ捨てサイン』のライトが点いたのは、ちょうど掃除機をかけ終える寸前だった。
掃除機のパックの中は食べカスや塵がほんの少しだけ。だが実際は巨大マリモが生息しているのだろう。すぐゴミ袋に中身を捨てた。
トイレは見たところ黒カビリングすら無かったが、トイレ用洗剤を容器半分まで使い、入念にブラシと水に溶けるシートで清掃。
最後に固形の洗剤を便器に、「掃除完、了!!」と印鑑みたくスタンプした。
最後に床の拭き掃除。セスキ洗剤を霧吹きで床に吹きかけて雑巾でゴシゴシ擦る。
雑巾はみるみる黒く染まった。すごいなセスキ。
でもこの汚れは皮脂じゃなくて外から裸足で持ち込んだ泥汚れだと思いたい。思わせてください。
肝心のベタつきは……
(…………。)
結構ベタつきが取れた気がする。まあ何もしないより良いだろう。
四つん這いでゴシゴシ掃除しまくったため、見えない両腕と膝が痛い。また胸の付け根と二の腕の内側も凄く痛い。地球の重力め…。
浴室の床もアイロンみたいな形のブラシを使って擦って掃除した。シャワーで洗い流す時、お湯だと思ったら水のままだった。でも冷たくて気持ち良かったからOKです。( ー̀֊ー́ )b
……掃除が完了した後は、すぐお風呂にお湯をためて入浴。汗は全く見えないものの、全身にしっとりとかいていたようだ。
今日はゆず湯にした。ラベンダーはしばらくローテから外す。ラベンダーは何も悪くなかったのだが……完全な八つ当たりだ。
「…………疲れた」
ベッドにそそくさと寝転がり、鉛のように重くなった体を横にする。
見えてたものが見えないのって、こんなに怖いんだな。今日のゴミや汚れを思い出してふと思った。
無意識のうちに周りが汚染されていくなんて気味が悪くてしょうがない。
(ってことは、私も……)
透明な自分も、不気味……?
(…………。)
答えが出ないまま、いつの間にか私は眠りについていた。
つづく
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