第17話〰風邪ひき、はじめました〰
困った事になった。
39.2℃を示す体温計、頭痛に咽頭痛、止まらない咳。
……まさか、薬による透明化の副作用!?
なんてファンタジーな理由なんかではなく、単純に風邪をひいてしまったようだ。
2日前に、おそらくコンビニに行ったのが原因。
スイーツの誘惑め……。
もう寝てても何してても辛い。有給申請のため会社に電話したら、受診したことがわかる書類を出せば傷病手当が出るとのこと。なんて神。
ただ、透明人間は病院受診なんて絶対できない。レントゲンに写らないのはもちろん、採血もダメ。いや、採血自体は可能だ。血管がプクッとしている所を触れれば採取可能だから。
だが、血液自体が透明なのが問題だ。肌に色は付けられるが血はどうしようもない。採血担当の看護師に、首をかしげられながら永遠に針を刺され続けるだろう。
消毒綿の時点でメイクが剥がれるので、どっちみち透明な肌がバレて詰みだが。
心電図くらいなら測定できるかもしれないが、透明な女体をさらけ出すのはちょっと……
というわけで、私はひたすら症状に苦しみながら、我慢するしかない。透明人間、不便すぎ……
翌日。39.2℃。全然状況変わんない。
これはヤバい。咳も止まらないし頭も回らない……。
感染症の検査は鼻腔に綿棒を突っ込まれるか、唾液を提出するかが主な検査方法。
もし綿棒での検査だと、メイクしてても鼻穴ががらんどうの透明なので、透明がバレて詰み。
……あ、インフルやコロナ等の検査キットは一般販売されている。それで陽性だったら結果を持って病院受診すれば鼻穴検査されないか。
うん、陽性だったらその作戦で受診しよう……。
早速デスタム状態でドラッグストアへ。
もし陽性だったらごめんなさい。できるだけ咳しないようにします。
……2時間後。キットにてコロナ陽性判明。
店員さん、うつってたら本当に申し訳ない……。
はい、受診します……。でも果たして透明人間って受診出来るのか……マスク取らなければ大丈夫か……考えがまとまらない。
今回は背中含めて上半身全部にドーランを塗った。聴診器対策のため。
乳首まで全部ベージュだから違和感Max。ブラは絶対に取ることはできないな……。
ちなみにドーランは容器1個あたり10gくらい。消費量が毎回えげつないことを伝えておきたい。
電話で発熱外来に受診したい旨を伝え、いざ近所の小さなクリニックへ。
前職場の病院受診は絶対無理だ。半年ごとの健診結果を残すために、男だった時の自分のカルテが存在するからだ。くそ、女性化のせいで……。
クリニックの受付で 、先程電話した者だと伝える。すぐに他の受診者と別の待ち合い室に案内してくれた。そこで全身ガウンの看護師に問診票を渡される。いつからの症状か、既往歴、現在の内服薬などを書く。
一応、男に○をつけて提出した。温泉の時みたいに『他』の欄は無かった。
提出後、しばらくしてからガウンとキャップをまとった看護師が尋ねてきた。
武装看護師「あのー、こちら男性に○してるようですが、女性の欄とお間違えでしょうか?」
渚「いえ、それで合ってます……男性でお願いします…」
武装看護師「え?今女装してるってことですか?」
渚「いや、女装ともちょっと違っ…ゲホッゴホッ」
武装看護師「……??」
まあそうだよな。声も見た目もまんま女性だし。
男性要素ほぼ無いからそりゃあ疑うわ。
武装看護師「えーと…身分証を見せて頂いて良いでしょうか?」
サッと財布から保険証を提出する。これで男性と納得してもらえると思っていた。だが……
武装看護師「確かに男性って書いてますね。もう1つ何か身分証を見せて頂いて良いでしょうか?」
渚「えっ!?もう1個ですか!?」
武装看護師「はい。顔写真付きの身分証であれば1枚だけで大丈夫なのですが、写真の無いものですと2個以上確認しなければいけないんで」
渚「…………(絶句)」
武装看護師「年金手帳などでも生年月日、性別が確認出来ますので、お持ちであればそれを出して下さい。それか免許証や個人番号カードならその1枚だけで大丈夫です」
……ヤバい、今マイナンバーカードしか持ってない。
車の免許は取ってないし、マイナカードも男の時の顔写真だ。
前の病院の診察券に生年月日と性別が書いてあったが、そこまで頭が回らなかった。そもそも身分証として有効なのか?
…パニック状態でマイナンバーカードを提出してしまった。
武装看護師「……。確かに男性ですし、生年月日も合ってますが、私には全くの別人に見えます。本当に東城渚さん本人ですか?嘘ついてませんよね?」
渚「(誓って一切嘘はついてません!!!)……。ゲホゲホッ」
脂汗が出てきた。メイクが落ちそうだ。
……ああ!!どうにでもなれ!!こうなったら……
渚「すいませんでした!!女装が趣味でこんな格好してるんですゲホゲホッ!!だから戸籍上男性でしてっ!!」
武装看護師「!?」
ああああぁぁぁ。自分の中で、何かが崩れ去っていく……。
ゴミ見るみてぇな目で見られてる……。
武装看護師「……。貧血とか検査値の基準が男女で違うんで、紛らわしいことしないでください。一応男性として手続きしますね」
渚「はい……。す、すいません……。」
武装看護師「女装、似合ってると思うんで自信持ってください。じゃあ、このまま先生の診察をお待ちください。失礼します」
渚「―――――――!!!!!!!!!」
クッソ恥ずかしすぎる!!!
このまま消え去りたい……。
咳き込みつつしばらく待っていると、名前が呼ばれた。診察室へ入る。
内装は綺麗な診察室だが、棚や机上は本や書類で溢れかえっている。
男性医師とさっきの武装看護師がそれぞれ1名いた。両名ガウンとキャップで完全装備だ。
医師「じゃあそこに座ってください。……え、本当に男なの?すごいね……」
あああああぁぁぁ女装のこと話したなあああぁぁぁ!!!!!
ね、すごいでしょ先生、なんて言ってやがるこんちきしょう。
そもそも女装じゃねぇよこれ全部本物だよ!!
いや、擬態だから偽物か?もう訳わからん。
早く薬処方してくれ……。
私はスマホで撮った陽性の抗原検査キットの写真を見せつつ説明した。
変態女装男「あの、自分で検査したらコロナ陽性みたいだったので受診しました……」
医師「んん?あ、こりゃもう感染確定だね。PCRするまでも無いわ」
PCR検査はコロナ検査の一種。抗原検査よりも感度が高く、鼻腔粘膜や唾液を用いて検査する。逆に、PCRより感度の低い抗原検査で陽性であれば、患者は完全にコロナに感染していることの証左となる、というわけだ。
これで透明な鼻穴を見せずに検査を回避することができる。ここまでは想定内。
渚「やっぱり陽性ですよね、ほんとすいません……。じゃあ薬を」
医師「あーはいはい、ラゲブリオ(治療薬)とカロナール500(解熱剤)出しとくからね。じゃあ胸見せて」
渚「は、はい……。ゲホゲホッ」
自分で服をたくしあげる。すると医療者達(自分除く)の目が点になり凍りついている。
……ヤバい、やっぱドーランだと違和感があったか!?それともどこか剥げてる!?
しかし2人が凍りついた理由は透明に関することではなかった。
医師「いやあ、これは……寄せてこうなってるの?女装って凄い頑張ってるんだね」
あ、ああ、何か詰め物でもしてると思われてたんか。透明人間なのがバレたのかと思った。でも何か誤解を助長した気がする。この実りは一応本物だ。
…それにしてもほんと邪魔だな胸って。いい点が1個も無い。男の時はあんなに魅力的に見えてたはずなのに。
たわわな先端だけは絶対に見られてはいけないので、前胸部への聴診はやめてもらうようにお願いした。
これでやっと診察が終わり、後は帰るだけ……
とはいかなかった。
渚「ゴホゴホッ……ありがとうございました。じゃあこれでくすr」
医師「あー、あと喉見て診察終わるね」
…………。すっかり忘れてた。
そうじゃん!!呼吸器疾患だったら絶対喉の炎症視診するじゃん!!
お前ほんと看護師だったのか?ってぐらいの初歩的ミス。
うわあぁぁぁ、ガチでヤバい。こんな空っぽの口なんて絶対他人に見せられない。透明人間であることがバレる。んで、モルモットにされる……。
渚「あ、そ、そういえば口紅塗り忘れちゃってて、恥ずかしいんでマスク外せない……」
医師「別に化粧した顔を見るためじゃないし、そもそもみんなメイクしないで受診する人多いよ?胸見せる方がよっぽど恥ずかしいじゃん。だからほら、早く口開けて」
渚「あ……えっと……昨日から全く歯磨きしてないし、ニンニクもたくさん食べちゃっててどうしてもマスク外すのはダm」
医師「口臭も別に気にしなくて大丈夫だって。おしっこの管入れんのだって摘便だってやってんだから匂いなんて気にしないよ。ほら早く」
カンゼンロンパ。ああああぁぁぁ、もう詰んだぁぁぁ……。
口を見られないで済む方法なんて……
……ん?もしかしてこれならイケるか?
いや、これしか無い!!
渚「私いっつもあの棒でゲロ吐いちゃうんです!!いっっっっっっっつも苦しくてみじめになって……うう……。
喉見せるぐらいならおっぱい見せた方がまだマシです!!今見せましょうか!?」
……どうだ、これなら!!!
医師「あ、そうなの……。わかった、一応トランサミン(抗炎症薬)も出しておくよ。お大事に」
…………助かった!!!!!!
これぞ必殺、窮鼠猫噛(読み:プライド・サクリファイス)。
自身の羞恥心を全て捨て切ることで初めて発動できる、最強の即席魔法。
発動者は時間差で100%希死念慮に駆られ続ける、と語り継がれている伝説の禁忌呪文だ。
メガ○ンテだとその場で命投げ出せる分まだ優しい。この呪文は生きてる限り代償を背負う。
最強呪文を唱えた後は、とてもスムーズ。
併設の薬局で処方薬を貰い、帰路に着いた。
……その日の夜。自室にて。
「はあああああぁぁぁぁぁ……」
人型にへこんだベッドは本日何度目か分からないため息をついた。
「どうしてこんなことばっかり……ゲホゲホッ」
透明人間にとって、この世は地獄だ。健康で文化的な最低限度の生活を送るために姿が見えることが前提。何でもかんでも男女で分類。半端者にはすぐ迫害。
「女装って、脱ぐって……うぅぅ……」
後日コロナは後遺症なく治ったものの、最強呪文の代償までは内服薬で治らなかった。
つづく
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