第16話〰桜は透明より綺麗〰
うーん……
暇だ。
3月後半になり、暖かい季節になってきた。あの温泉以降外へは全く出かけず、相変わらず自堕落な日々を送っている。
透明女化して半年経ちそうだが、全く変化なし。
ひとしこのまなくても全部のモンスターを仲間にしたり、鬼エンカウントの桃太郎を2作クリアしたりと、ブログのネタも出来て充実している。
相談の仕事もまあそつなくこなしている。
…ちょっとだけ面倒だったのが、その勤務先の会社から、私について聞かれたことかな。
要約すると、履歴書では顔写真含めて男なのに、有給の申請の時といい何でお前じゃなくて女が出るんだ…との事。
確かに、透明女化してから書類とメールだけで就職できたこの仕事、証明写真は看護師の時の写真だし、マニュアルや手順もメールでのやり取りだったため、社員と声で話したことが一切無い。
相談者に対してだけ発声していた。
とんでもなく良い会社に就職出来たと思う。
普通どの会社も面接を経て採用だし、上司に挨拶したり社員証の写真撮影をしたりする必要があるのに、ここはそれらが要らなかった。当時擬態も出来なかったから、透明人間にとって絶好の条件だった。
なんて敷居の低い会社なんだ。神。
だが今回さすがに怪しまれたらしい。虚偽申告疑惑が浮かび上がってしまった。……何か前にも虚偽やったな。
結局は性適合手術を受けて、戸籍は男のままにしている、ということで納得してくれた。
……嘘を重ねてて申し訳ない気持ちになった。偽ることなく普通の人間として生きられたら、どんなに幸せか。
あ、でも普通だった時から看護師キツかったからな。どっちみち幸せは転がってないか。
(ん……。)
ダメだ、ネガティブなことしか考えられない。
外も桜がもう咲き始めているらしい。
……そうだ、桜見に行こうかな。
キレイなものを見たら少しは嫌な気持ちも払拭出来るかもしれない。
あのガーデンアーチの公園にでも行ってみるか。
思い立ったが吉日。外は快晴、時間も正午頃といい感じ。
前は夕立が降ってひどい目にあったが、この時間なら大丈夫そう。
…メイク面倒なんだよな。花見るためだけにメイクするか?
気温は暖かい。衣替えを考えても良いくらいの陽気だ。
…………。
やるか。全裸。
地面スレスレくらいに足をあげて慎重に歩き、人がいなくなった時に足裏の塵を手のひらでサッと取り除く。こうして浮かぶ足跡を消しつつ、ようやく目的の公園に着いた。
透明人間になってから良い点より不便な点の方が死ぬほど多いが、ほとんど乗り越えてきている。順応性凄い。
「うわあぁ…………。」
ガーデンアーチとは正反対の方向に桜の木が十数本……いや、その倍はあるかも。だだっ広い敷地に花吹雪が舞っている。
チラホラとブルーシートも敷かれて花見客で賑わっている。お酒を飲んでる人もいて楽しそうだ。
私は…電柱にしがみつく姿勢でその景色を眺めていた。こうしないと人に激突されるからだ。
電柱に突っ込んでくる人はこの世にはほとんどいないため、完全透明の時に電柱はすごく頼りにしている。ほんと神。
この公園の公衆トイレに向かう道には、膝の高さくらいの植木が両側に直線上に生えている。
花見客の通りも多い。
その植木のところで、しゃがみこんでいる小さな女の子がいた。低学年くらいか。
「ない……ない……」と独り言を言いながら、手と服を土で汚している。
気になった私は植木付近にしゃがんで潜伏、私は木になった。……めっちゃくだらない。消えたい。
可愛らしい水色のペンギンの…ポシェット?だっけ?肩にぶら下げていた物はパスケース。
「のれない……」ともブツブツ言っているから、交通系のカードでも失くしたのだろうか。
時々大人たちが道を通るが、まるで気にせず女の子を通り過ぎていく。声の1つでもかけてあげたらいいのに。世知辛い世の中だ。
立ち上がってちょっと辺りを見回してみる。
……女の子のちょうど反対側の植木に、カードがポツンと落ちていた。
なーんだ。こんな近くに落ちてるなら、いずれ自分ですぐに見つけられるだろう。ホッとした私は、その場を後にしようと思ったが…
(でも……これじゃ私、あの大人たちと一緒じゃない?)
しかも私はカードの場所、つまり女の子の解決の答えまで知ってしまっている。ここで見捨ててしまったら、声をかけない大人よりも私は悪い人……そんな気がした。
カードを拾って女の子に渡すか…?
不可能ではないが、透明人間だと人通りが途絶えた時に道を横切って、宙に浮いたカードを見られないようにして女の子の近くにおかないといけない。
そしてしゃがんでいる私は、うっすら足裏に泥がついている。これを完全に落とすにはトイレの水道を使うしか無いが 、また戻ってくる時に結局足跡がついてしまう。
……。
ちょっと恥ずかしいが、試してみるか。
透明な渚「……ねぇ、ねぇ」
女の子「……?」
女の子が辺りを見渡す。
透明な渚「ボクだよ。ペンギンだよぉ」
女の子「……!!!」
女の子はポシェットを眼前に持って、目を見開いて驚いている。そう、私はパスケースのペンギンになりすます事にした。
ペンギン「あーっ、やっとしゃべれたぁ。こんにちはぁ。でもボクのおかおにドロをつけないでほしいなぁ」
女の子「……あ!ごめんねペンギンさん!ねぇペンギンさん、カードおとしちゃったの、たすけて!!」
さっきまで必死になってた女の子の顔が、今にも泣き出しそうになっていた。
女の子「おはなみにきたんだけど、これじゃおうちにかえれなくって……ぐすん…」
1人でここまで花見に来たのか…すごい行動力だな。
ペンギン「うん、ボクしってるよ!うしろの木をよーくみてみてぇ!」
女の子「うしろ?」
くるっと振り返り、反対側の茂みへ向かう。するとすぐにカードを見つけられたようだ。
女の子「あ!!あった!!」
女の子はすぐにパスケースにしまうや否や、ダッシュで公園の出口方向に駆け出してしまった。
……お礼も何も言われなかったけれどしょうがないか。透明だし。
でも、ちょっぴり胸は温かくなった。透明女状態で初めて人助けみたいな事ができたからかな。
今までずっと自分の身を守ることしか出来なかったから……。
私はまた電柱ごしにしばらく花見を続け、こっそりその場を後にした。
「ふぅ……今日も色々あったなぁ」
ローズの香りにした風呂を終えた後、いつものベッドに寝転ぶ。
今になって、かなり大胆な事をしたなと後悔する。何が『ペンギンだよぉー』だよ恥ずかしい。
「―――――――~~~~!!!!!!!!!!」
枕に透明な顔を埋めて悶絶。桜が綺麗すぎて、自分でも知らないうちに舞い上がっていたのだろう。
……まあでも、悪くはなかったか。
女の子、無事に帰れたかな。
そんな事をウトウトしつつ考え、透明ペンギン女は眠りについた。
つづく
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