第15話〰極楽湯か、地獄湯か:後編〰
私の状況について改めて整理。
いろんな位置を上から見た図で言うと、浴場は北東に源泉、南東…東側の3分の2は浴槽。
北西にはシャワーとちょっと高めの40~50cmくらいの台形みたいなイス(あとフェイスタオル)、南西がくもりガラスの扉。扉を開ける時は東方向に開ける。扉のレールは洗面所側と浴場側の2レール、開閉する扉は洗面所側のレールだ。
浴場全体には湯気が立ち込めており、透明女の私の姿はどこにいてもうっすらと見えてしまう。
窓は天井の1ヶ所のみ。距離は3m以上あって絶対に届かないし、はめ込んだだけでそもそも開閉できるように作られていないようだ。
当の私は転倒し、前胸部の疼痛がヤバい。肋骨は折れては無いと思うが乳房が背中まで引っ込んだ気がする。……本当に引っ込んで欲しい。
扉を閉めたあと、私は半透明の状態でイスに座っている。
温泉の効能は肩こり、腰痛、膝痛、血行促進、リウマチ、大願成就など。至って普通の効…能?
ドーランなんて塗る暇はもちろん無いため、この透明な私の姿を見られずに、かつ私がいるということを証明をしなければいけない。
……ざっとこんな感じ。もう詰みじゃん。ああああぁぁぁモルモットにされる……。
半透明な渚「ほんと大丈夫なんで……ぐっ……」
女将?「いやいやお客様、お辛そうですって。じゃあ、すみませんが失礼します!」
女将っぽい人がガラス越しに立って、扉をこれから開けて、私が透明人間ってバレて……
……いいや、諦めたらダメだ!胸痛いけどもっと温泉入りたいよ!!昼食だって用意してくれてるなら食べたいよ!
私がこれから助かる方法は……
女将っぽい人がくもりガラスの扉を開けた。
綺麗な着物を着て、上にお団子みたく結んでる黒髪がツヤツヤ。やっぱり女将さんのようだ。
女将「お客様!大丈夫で……あれ?」
半透明の渚「はい……本当に大丈夫です……」
女将「でも、お姿が見えないのですが……」
半透明の渚「私、今客室の入口にいます……」
女将「え!?今しがたまで浴場にいらっしゃって、こちらから物音だって聞こえましたよ」
半透明の渚「転んだの、客室の廊下なんです……。大きな音立ててすいません」
女将「今の声だってこちら側から聞こえて」
食い気味渚「ほら、くぐもって声聞こえてませんか?多分壁越しだからだと思います……」
女将「ああ……そうでしたか。体の具合は本当に大丈夫なんですね?」
半ギレ渚「(しつこいな……)大丈夫です。ほんとご迷惑おかけしてすみません。昼食、楽しみにしてます」
女将「あ、ああ、大変失礼致しました。どうぞお大事になさってください。昼食は和室にご用意いたしましたので熱いうちにお早めにお召し上がりください。それでは失礼します…」
…………。
はぁぁぁぁぁぁぁっっっ。
乗り切った……よね?
女将さん、私のこと心配しすぎですって。
こ、今回はほんとに危なかった……
透明女、不便すぎ……
女将をどうやって巻いたかというと、そんなに大層なことはしていない。
イスの裏に、フェイスタオルを持ってしゃがんで隠れただけだ。
扉と私の間にイスが置かれてる位置関係を作り、私はめっちゃ猫背な体育座りでイスを盾にするような感じで潜伏。んで、口元に4つ折りにしたフェイスタオルを当て続けてた。そのタオルも宙に浮かぶと怪しまれるため、イスの端に置いてるように見えるようにした。
タオルで口元を覆ったのは浴室じゃない遠い場所の部屋から聞こえているように装うため。
最初の女将の再三呼んでた声があんなに小さくしか聞こえないほどの遮音性だから、タオルなしの小声で装ってたら声が鮮明すぎて「浴場に何かいる」とすぐバレてただろう。
あんなに屈んでもイスからは、私の目より上がはみ出ちゃってたからほんとギリギリだった……
あと、体育座りはするもんじゃないね。潰れて胸が痛い。
かくして、怪我は負ったものの女将を乗り越えた私は、山菜の天ぷらや美味しい焼き魚を食べて、もう一度温泉にゆっくり浸かり、透明な素肌にきちっと色を付けてから温泉宿を後にした。
館内着は結局着なかった……いや、着れなかった。完全に男物のサイズだったのだ。
最初の受付おばさんの問答は、どうやら男物か女物の館内着か聞きたかったらしい。わかるわけない!!
「はぁ……」
家に着いて、ベッドに横になった途端ため息をつく。ほんと、つくづく透明女化には頭を悩まされる。
発動したい時だけ使える能力ならどれほど良かったか。
普通の人間の生活を送りたい……
立ち会いの件も温泉も散々だった。姿が見えないだけでこんなに大変なんだな。
…透明な男性だったら多分性欲とともにストレス発散できんだろうな。
女だからか、そういうのは全然したいと思わないんだよな……
身体全く見えないから1人で慰めようとも思わないし……
声はするものの、そこはうっすら人型にへこんだベッドしか見えなかった。
つづく
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