第11話〰ゴミはちゃんと分別しようね〰

透明女化して3ヶ月、もう1月になった。

皆さん新年、あけましておめでとうございます。



相変わらず身体は完全に透き通っていて、邪魔な2房もご健在だ。鼻につく声にも慣れて、変身セットでの擬態(?)も習得したためギリギリ人間らしい生活を送れている。

まあ、ドーランはすぐに使い切っちゃうから買い物はあれ以降行ってないけど。




初めは苦労したゴミ出しスニーキングも、もう慣れた。そう、生きていくうえでゴミは必ず発生するから、透明人間でも普通にゴミ袋出すし、分別もする。

ゴミ袋がふよふよと空中に浮かぶ光景を誰かに見られたら一巻の終わりなので、住人っぽい人、配達員がいたらゴミ袋を廊下にすぐ置く。通り過ぎたらまた持ち上げて運ぶ。それだけ。


透明になって、まさかただのゴミ出しがだるまさんがころんだゲームになるとはね…




俺のアパートの住まいは2階の角部屋。廊下を渡り、階段を降りて敷地から数歩離れた所がゴミの収集場所だ。近いし、ほとんど人とも会わないからありがたい。

階段は…いろいろと揺れて痛いから使いたくないけどしょうがない。エレベーター、いいなぁ…。



…あ、ゴミで思い出した。

最初の頃目的も無く、寒空の下で完全透明(全裸)になり近くの公園を散歩していた。そこには細めの鉄骨に植物を絡ませたアーチ状の道があり、木漏れ日がとても綺麗。なんかビビッドな花もチラホラと咲き、ざっと100mくらいはあるだろうか。俺は立ちつくしてじっと見つめていた。



…その時、ポツ、ポツと感じた時にはもう遅かった。急激に雨足が強くなり、人生初めての夕立に出くわした。夕立ってこんな急に降るもんなんだね。



天気が雨の時、体は透明でもボディラインがうっすら見えてしまうため、透明人間はすぐに雨宿りして、体表の水気が無くなるまで壁に張り付いたりして潜伏しないといけない。その時地べたに潜伏は絶対ダメ。雨があがったとしても、起き上がったら土がべっとりついたキショい透明女が姿を現す。


だがその時は雨宿りできそうな場所が一切無い区画だった。日差しも通して雨も通す良いロンゾ族のアーチ。

しかも、巡視中の警察官みたいな人が2人横並びでこっちに走ってきていた。距離はだいたい40~50mくらい。



「ヤバっ……どうしよう……」



俺が見とれてた場所はアーチ入口から40mくらいの場所。

このまま俺に気づかずに通り過ぎてくれればとも思ったが、道の幅からまず無理だろう。ボディラインも既に見えてしまっている。

ベンチも何も無いから、何かの下に隠れることも出来ない。あるのはゴミが満杯になった網状のゴミ箱1個だけ。距離はここから10mくらいか。空っぽならギリ入れそうな大きさだが、今はこんもりと異臭を放っていそうな見た目をしている。


ダッシュでどっちかの出入口に行く?いや、もうここからじゃどっちも間に合わない。鉄骨を伝って天井にしがみつくにもそんな筋力は無いし、何より雨で滑って掴めない。

床に這いつくばってもどっちかの警官に蹴られて気づかれる。


あぁ、もう終わったか……。捕まって一生モルモット……人体実験……知らない注射薬……



……いや、まだ1つだけある!!

めちゃくちゃ嫌だが、それしかない。



警官A「いやあ雨やばいっすね!!このトンネルも雨漏りしてますね!!」

警官B「あぁ!?よく聞こえねぇ!!これトンネルじゃなくて!ガーデンアーチってんだと!!」

警官A「聞こえてんじゃねっすか!!ギャハハ!!」



…………。



行ったか……。はぁ……。




警官達とすれ違う前に、俺はゴミ箱へ全力ダッシュ。

そしてゴミ箱にフタをするように覆いかぶさった。はみ出るほどのゴミの量だったから、かがんだカマキリみたいな格好が近いか。


ものすごい腐敗臭がして、あとゴキちゃんも俺の目前で蠢いていた。透明人間だから、必死に目を閉じてもゴキちゃんが見えてたのがつらい。ゴミに押し当ててた胸も、何かがサワサワしててくすぐったかったが、我慢した。うえぇ。


でもこれなら雨粒とともに俺の体もごまかせるし、ゴミ箱は見えるから警官達はちゃんと避けてくれる。俺の見えない横髪が警官の腕に触れてたくらいだから、すれ違う幅もほんとギリギリだったようだ。



こうして、10分後には嘘みたいに晴れたガーデンアーチ(あの会話で覚えた!)を睨みつつ、人がいない道を探しつつ自宅に帰った。



その日の入浴剤は奮発して、岩塩の入浴剤にした。まあまあ気持ちよかった。

でも左胸の上にポツンと1ヶ所、異常に痒い場所ができてた。全く見えないけど虫刺されのようだ。蚊って透明でも血を吸うんですね。俺の血と体の色を返せ。




…そんなこんなで、透明女化してからは普通の人達では絶対に体験できないような、充実した日々を過ごしている。

透明女は不便だ。だけどどれも不思議と、楽しく感じている。



いつものお風呂に入ったあと、ベッドに寝転がって、ふと左手を天井にかざしてみる。自分では確かにかざしている感覚はあるのだが、本当にかざせているのかと聞かれると途端に自信が無くなる。


かざした手を、そのまま自分の両目を隠すように覆い当ててみる。…目の周りが温かくなったが、見える景色は何も変わらない。



完全に透明。太陽がどんなに眩しくても、手振りをしても何も守ってくれない、何も無い透明な手のひら。



……もう、私は元の身体に戻ることは無いんだろうな……

一生透明のまま、女性として生きていかないといけないのか……




…でもこれからも、せめてどうか人間として生きさせて下さい……。お願いします……。



その左の手のひらには、涙ひとつ、何もついていない、ように見える。



消えたかった、死にたかった気持ちは、いつの間にか生きたい気持ちへと変わっていた。





つづく

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