第12話〰温泉回だけ閲覧数高いんだろどうせ〰
新年に入ってから、自分のことをなるべく『俺』
じゃなくて『私』と思うことにしてみた。
透明女化してもう3ヶ月以上経過。元の俺に戻ることも無いだろうし、これからは腹をくくって透明女ライフを満喫しようとケツイした次第だ。
……と言っても今の仕事以外で他に何もする事は無く、レトロゲームのブログ更新を細々として、オンラインゲームのボイチャでワイワイ姫プを楽しむだけの、自堕落な日々を送っている。
買い物もネットで充分。スイーツは近いうちまた絶対買う。決定事項。
願わくば温泉旅行とかしてみたいが、姿の無い私は肝心の温泉に入れないため、それなら別の旅行でいいじゃん、ってなる。
…それでも旅行したいと思えたの自体は大きな進歩だろう。普通の人への擬態方法を習得できたからというのが1番の要因。そしてこれは私の生きる希望だ。
今は寒いから外出は自粛しているものの、化粧のスキルは気が向いた時に磨いている。
ドーランを落とすのも慣れた。と言ってもクレンジングオイル使うだけだからマスターするのは意外と早かった。今なら多分5分ちょっとでデスタム状態から透明女になれるだろう。
…盛りましたすいません。マウスケアとか全身の確認もしないと完全な透明に戻れないから、実際は15分以上かかる。
デスタムメイクで20分くらい、透明化で15分……。タイパは良いね。
化粧含めて着替えは相変わらず女装してるみたいな気がして抵抗があるけど…。しょうがない、いろいろな部分を守るために着ているだけだ。
……そうだ、先生が着ろって言ったんだ!!私は悪くねぇ!私は悪くねぇっ!!
今後暖かくなってきたら、個室系限定で外出したいな。
居酒屋、焼肉、カラオケ……
1人様向けのコースこそ用意されているものの、そもそも1人ではハードルの高い行先ばっかり思い浮かぶ。
……ん?
そういえば温泉にも個室制の場所があったような……。
見えない指ですぐに調べてみると、めちゃくちゃ個室の温泉がヒットした。
日帰り温泉、露天風呂、貸切……!!!
魅力的なワードが見える見える!!
…体は見えねぇけど。
しかも、今の時期は真冬。絶好の温泉日和じゃないか。
…えっ?暖かくなってから?そんなん待てねぇよヒャッハァ!
多摩地区に1件気になる温泉宿が。口コミで「受け付けの態度以外全部さいこー」とたくさん書いてた。
サクラレビューが少なそうなここだったら大丈夫だろう。多分。
家からも路線1本で行けるようだ。
…今は全部ウェブで予約できちゃうんだね。便利な世の中だ。
もうこの衝動は自分では止められなかった。
それでも冷静になる時間を、そして当日の作戦を練るため、2日後に温泉宿『萬寿の湯』を日帰りで予約した。
翌日、業務終了後。
さあ、温泉へ行くために作戦を練ろう。
仕事は明日から数えて3日休みを貰えた。出たばかりの有給をさっそく使わせてもらえる。嬉しい。1日目を温泉に行く日にして、残り2日は予備日に回すとめっちゃゆとりができて良い。
行き帰りのバス・電車はデスタム状態の擬態で問題なく遂行可能だろう。人も車も避けてくれるし、尻スタンプも無いはずだからケガの心配は無用。雨が降った場合だけがちょっと心配だが、折りたたみ傘を持っていけば大丈夫なはず。
宿の手続きもデスタムで大丈夫。
…ただ1点だけ。今回女性として手続きをするつもりだが、あくまで戸籍は男性のまま。これだけは偽って手続きを進めさせてもらうことに…申し訳ない。
宿は11時に予約を取っており、17時に帰る予定(6時間のプランなんだそうだ)。
電車には10時に乗れれば、余裕で宿に到着する。
そしていざ温泉。ここを1番念入りに考えなくてはいけない。
まずドーランを塗ったままの入浴は温泉では禁止。ドーランが入浴中に落ちて、温泉の壁やお湯へ頑固な汚れがつく。そして清掃のため、汚した客の損害賠償沙汰になるとの事。……マ?
ファンデーションも原則入浴前に落とすのがマナーとの事(メイク落としが更衣室に備え付けられてるらしい)。だが日帰りでの利用客はナチュラルメイクの状態で入る人達も多いらしい。…結局ファンデは良いのか悪いのか意味わからん。
また、当日は3階の客室に案内されるようだが、初めて伺う場所なので部屋の繋がりが全く分かっていない。以下、ありえそうなのを何パターンか考えてみる。
①全ての客室へ直接温泉を引いている
②客室とは別の場所に温泉があり、公共の更衣室を経由してから専用のカギか何かで個室温泉に分岐
③客室の利用客ごとに入浴時間が決められていて、時間になったら誰もいない状態の温泉へ案内される
①であればビジネスホテルとかの個室に近い構造である可能性が非常に高い。ぜひ私としてはこの造りであって欲しい。超イージー。
②は更衣室のせいで入浴難易度爆上がり。ドーランを客室で落としてから、薄いファンデに塗り替え。ここで全身に塗っておかないとその後の更衣室で『可視化できる裸体』になれないため(透明だとカギを運べないから)詰み。仮にカギを使って入れたとしても、入浴して温泉を出た後の髪と体が濡れたウスラ透明女の潜伏先、打開案が無くて詰み。このパターンだけは、温泉は諦めないといけない。
…ただ、更衣室に入る時点で個室に分かれるタイプなら、更衣室と客室の間だけデスタムになれば大丈夫。入浴後も、入念に水気を乾かしてメイクすれば問題ない。これなら希望は持てるか。
③は一見安全そうに見えるが、うっかり規定の入浴時間を超えてしまった場合に宿の職員が来てしまい、透明女の逃げ場が無くなって詰む。何らかのステルスアクションで職員をやり過ごしても、「ああ、もう東城様は上がったんだね」と思われて、次の客を呼ばれてしまい詰み。
時間より早く出れば問題無いが、常に時間を気にしないといけないので、リラックスとはほど遠い入浴となるだろう。
最後に、大半の温泉はとても熱くて気持ちいい。さぞかし立派な湯気が立ち込めているだろう。
…そう、常に半透明の女幽霊状態になるため、どこかに隠れることはまず不可能。
あ、言ってなかったかもしれないが、湯気の多い場所で床に突っ伏すと、フタコブラクダの背中みたいな半透明の丘陵が出来上がるよ。みず・ゴーストタイプのモロバレル。
そして基本的に浴場の床はグラスフィールドならぬミズムシフィールドのため、絶対に突っ伏したくない。
……だろう、はず、とか不確定要素ばっかりだな。ただ温泉に浸かりに行くだけでこんなに考えなきゃいけないことが多いとは……。はぁ……。
いっそ透明状態でタダで温泉に行ったろか……。
……いや、絶対凍え死ぬわ。無理だ。
まあ世の中完璧なんてことは無いか。無策で臨むよりは絶対に良い。
どうか無事に温泉を満喫させて下さい。お願いします…。
つづく
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