第9話〰長距離200m走〰

透明女化して、今一番やりたいことは覗きでもつまみ食いでもなく、買い物だ。意外。



職種がガラッと変わったこともあり、毎日に余裕ができた。というか増えすぎた。

できていなかったレトロゲームのブログ更新をしたり、最新のニンテンさん、ピーエスのゲームを遊びまくって毎日を過ごしている。

オンラインゲームにも初めて手を出したが、これはハマるね。下手くその部類なんだろうけど、失敗を重ねて、遊ぶ度に上達していくのがすごく楽しい。

中でも、ボイスチャットが俺にとってはもう楽しくてしょうがない。姿が無くても、普通の人みたいに雑談できるのが嬉しい。たまに理不尽に暴言も吐かれるし、いきなり銃でやられてとっさに「きゃっ!!?嫌あああぁぁ!!!!」って叫んじゃって、俺キンキンうるせぇな、って時々憂鬱になるけど。


ネットラジオ?もやってみたが、俺が一方的に話す感じがしてそっちは停滞気味だ。



話を戻す。



ネット注文で飢えをしのぎ、服や日用品も簡単に手に入っているものの、買いづらいものが存在する。

スイーツとかアイスとか、甘くて冷たい食べ物達だ。

そう、宅配においてこれらは置き配不可。対面での受け取り前提の言わばプレミア品。



女性化の影響か、無性にプレミアムロール何とかとか、ハーゲン何とかを食べたい衝動に駆られる。

でも透明人間だからって犯罪はしないことに決めているため(寒いし、何より全裸で外出なんて恥ずかしい。見えないけど)、何か良い案は無いのかと時々考えを巡らせていた。



ある日、何の気なしに「透明人間 治し方」についてネットで検索していたら、女性版の透明人間を取り扱った作品があった。

その殆どは能力で身につけた服まで消える設定だったが、全身しか透明にならない作品も何個か見つけた。さっそく購入し、そこに書いていたセリフに俺は衝撃を受ける。



『素肌にドーランを塗って、目にはカラコンとマスカラ。あとはウィッグと口紅、アイライナーさえあれば普通の人間にだってなれるのよ』



「…ドーラン?」

2匹目に仲間になりそうな名前のそれは肌に塗るファンデーションのようなものだそうだ。



最初のあの洗顔フォームのバケモンを見てから、ファンデーション等化粧しての外出をする可能性は自分の中で消していた。



だが、このセットなら……





思い立った1週間後、物品が置き配で全て揃った。

業者さん、心より感謝を。


ウィッグや口紅など変身セットを鏡の前に置き、届いたドーランの容器を開けてみる。何かベージュの泥みたいなものがちょこんと入っていた。


透明な右の人差し指で掬い上げ、親指でこすり合わせてみる。思ったよりサラサラしていた。


それを左手の手首付近に伸ばしてみた。サーっとベージュカラーが空中に広がり……


(!!!!!!!!!!)


何と、綺麗な肌が浮かびあがった!!


「地肌やん!!!!!!!!!!おぉぉすげぇ……」


おそらくこの時俺の目には星がキラキラしていただろう。見えないけど。


自分の素肌を見るのは水に濡れた時か汚れが付いた時しか機会が無かったが、これは……。



その後はもう楽しくて楽しくて、ひたすら化粧品を塗りたくった。顔、首、手を片方ずつ……。



セミロングのウィッグは元々の髪が邪魔で付けづらかったが、最後にうっすいピンクの口紅まで塗り終えた時に、鏡に映っていたのはちょっと眉毛の長さが左右非対称の若くて可愛らしい女性だった。

自分で言うのは心底キショいが、童顔だが結構な美人だ…。頭と両手が空中に浮かんでいるので、某デスタムさんみたいだが。


「すっご……あっ!?」

鏡に見とれてて油断した。ポカンとしてた口内は透明のまま。慌てて口を閉じた。

でもマスクして服を着たら、これもう普通の女性だろ。感じたことの無い高揚感が全身を駆け巡る。



タートルネックと裏起毛のパンツ、靴下、透明女化する前から使っていた大きなコートを身につけ、マスクを付け、鏡で全身を再確認。


「うん……、うん!!」


見た目は全く問題ない。と思う。

服の下は空っぽだが、中には希望がぎっしりと詰まっている。



こうして俺は透明女化してから初めてのコンビニへと繰り出した。

200m先のコンビニへ。




つづく

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