第2話〰正常は異常と紙一重〰
(寒っ…)
夜勤明けのピヨリ復帰では、大抵「いま何時…」と初めに思うのだが、今日は秋めいた時期ということもあり、異常な程の肌寒さを感じた。
暗くて見えないが布団をかぶっておらず、腹を出して気絶していたようだ。どことなく胸の辺りが苦しい。圧迫されているような感じ、が一番近い表現。
交感神経が休まってないのだろうか。どうかストレスだけの起因でありますように…心臓系の疾患だと笑えないからな。
ゆっくりと体を起こし、目を閉じたまま手を気持ち下側に伸ばしつつ壁にぶつからないようトイレまで歩く。雨の予報のためか、まだ窓の外は暗いようだ。
勝手知ったるトイレへ着き、電気を点けずに便座へ座ってそのまま用を足す。目的地に着いてしまえば、いつもスイッチを点けないのが自分のルーティンだ。首の後ろが少し痒くて、ポリポリとかきながら無心の境地へと赴く。
用を足し終えて、ある部分を軽く振り回そうとある場所へ手を伸ばしたが、そのイチモツを一向につまむことが出来なかった。
(………。)
こんなことは今までおそらく一度も無かったはずだが、その時は何も考えず、目を閉じたまま全てを水に流した。
頭はぼんやりしているのに、視界はクリアな気がする。
そしてベッドへうつ伏せでダイブ。
……したのだが、その瞬間に前胸部に激痛が走った。
「……つっ!!!!!!!」
思わず裏声になるほどの痛みだった。胸が潰れるような痛さ。やっぱり心臓が悪くなったのかもしれない。病院に行くか、患者さんとして……。
痛さで眠気も吹っ飛んでしまったため、とりあえず洗面台へ向かうことにした。顔でも洗って、その後はネットでも見て過ごそう。休みだし。ああ、それにしても胸が痛い。
洗面所、兼浴室の前で電気を点けようと壁のスイッチへ手を伸ばそうとした時に、異変に気づいた。伸ばしているはずの腕、指が見えないのである。
慌てて足元を見るが、そこまでは暗くて見えなかった。
俺は洗面所の電気を点けると、ドアを開けて水垢の少し付いている鏡を覗いた。
……見えない!!!!足元も顔もそうだが、身体全部が見えなくなっており、Tシャツとズボンだけ空中に浮かんでいる!!!!
これはまさか……
(夢か。)
あまりに希死念慮が強かったから、こんな夢を見てしまったんだな。
とりあえず顔を洗って、もう一度寝たら夢から覚めるだろう。
蛇口に手を伸ばす。思いっきり突き指をした。指先が見えなくて、距離感が分からないのだ。
疼痛箇所を増やしつつ水を出して、両手で掬うと…作り方を知らされてない人が作ったタルトの水100%バージョンのようなものが空中にできた。
さすが夢。自分の家が背景なのにとっても不思議な光景だ。
それを顔にバシャッと当ててから、洗顔フォームを両手で泡立てる。縦線に泡が浮かび、手を開くと白い手形が浮かぶ。凄い。
あとは顔に泡を塗っていつも通り洗顔。目は閉じているが視界は洗顔フォームで白いものの、常に見えている。まぶたが透明だからこうなるのかな。洗い流す度に、手で溜めた水が眼前に迫って来るのはちょっぴり怖かった。
この光景を動画に残したらバズりそう。…いや、どうせCGって言われて終わりか。
顔を拭く時に、Tシャツの両肩の所だけが水で濡れていたがなぜだろう?そこまで水を飛ばした感じはしなかったが…。
さあ、顔も洗ったことだし、眠くないけどまた寝てこの夢から覚めよう。
今度は慎重に背中から、ベッドへ横になった。
(いろいろ痛かったけど面白い夢だったなぁ。透明人間…。透明なら銭湯に電車に映画館に、何でもできるよなー…。悪いこと…うん…。)
外はうっすらと明るくなってきた。時計は目をつぶっていても午前6時2分と確認できた。
視界が真っ暗じゃないからか、はたまた前胸部、右人差し指が痛いからか眠りに入りづらい。
だが、人間とは不思議なもので、寝ようと思うといつかは眠れてしまうものなのであった。
ふと気づいたら、雨の降る音で目覚めた。
……。目覚めて欲しかった。
つづく
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