逃げる者と追う者

 陽が沈み、満月が出始めた時刻。

 一輛の幌馬車がベシクス峠を越えようとしていた。

 道は馬車一輛がようやく通れるくらいの間隔しかなく、馬車の右側には崖があった。

 車内にはラクタ、イワオ、ワト、ほかに二人の来訪者と膝を抱えて蹲るリョウタが乗っていた。

 「リョウタ、何をそんなに震えてる?お前の能力、素晴らしかったじゃないか。俺たちはこれから王都に奇襲をかける。お前の力が頼りだ。頼むぞ」

 ラクタがリョウタの隣に座った。

 「俺、エルシィを殺してしまった」

 蹲ったままのリョウタが言った。

 「悩むことじゃない。あの女が馬鹿だっただけさ。女なんてこの世界にいくらでもいる。だからいつまでもくよくよするな」

 尚もリョウタは顔を上げようとしなかった。

 その時、後方から疾走する馬の足音が聞こえてきた。

 「ラクタ、追手だ!」

 馬を引いていたワトが叫ぶ。

 ラクタは顔を乗り出して後方を確認した。

 氷のショットガンを片手に、スノーホワイトが馬に乗ってこちらに接近して来るのが見えた。

 「スノーホワイトだ!速度を上げろ、振り切るんだ!」

 ラクタがワトに指示を出す。

 「駄目だ。乗っている人数が多すぎてこれ以上速く走れない」

 「わかった」

 ラクタは幌の出入り口手前に座っていた来訪者の一人、トモキに声をかけた。

 「トモキ、お前は確か調理の能力で『甘い』を広めるのが夢だと言っていたな?」

 「うん。砂糖菓子を発明してみんなに『甘い』を教えるんだ」

 「そうか、いい夢だ。だが悪いな。この世界の連中はもう『甘い』を知ってるんだ」

 「へ?」

 ラクタは突然、トモキの首根っこを掴み、彼を馬車から放りだした。

 トモキの身体が底の見えない崖へと消えた。

 「これで一人分軽くなった」

 ラクタは再び座った。

 ホワイトはどんどん距離を詰め、来訪者たちの乗る馬車を氷のショットガン──ウィンチェスターM1887にこめた弾(こちらは火薬以外氷でできたショットシェル)の射程距離に捉えた。

 ホワイトがショットガンを撃った。

 氷の散弾が飛び散る。

 しかし、馬車の幌は無傷だった。

 ホワイトは銃を片手で回転させ、空になった薬莢を排莢してから再び銃を撃った。

 今回の射撃も幌に傷ひとつできなかった。

 「ヨウマ、お前のシールド化能力は最高だな」

 馬車の中でラクタが笑う。

 「だろ?シュウヤのマントもシールドにしてやったのにあっさりやられやがって。だが俺は違う。おい、俺を降ろせ。降りてホワイトの足を止める」

 「任せたぞ」

 木の鎧に身を包んだヨウマが馬車から飛び降りた。

 ホワイトが狙いをヨウマに変え、ショットガンを撃つが、ヨウマの鎧は弾をはじいてしまった。

 「何!?」

 「ここから先は通さないぜ」

 ヨウマがホワイトの馬を殴りつける。

 勢いでホワイトは落馬してしまう。

 馬は殴られた衝撃で足を踏み外し、崖から落ちた。

 「よくも!」

 ホワイトは寝転がった体勢のまま、ベレッタを取り出し、ヨウマを撃つ。結果は先ほどと同じだった。

 「無駄だよ。この木の鎧は鋼鉄以上の強度を持っているんだから。俺の足でぺしゃんこになれ」

 ヨウマがホワイトを踏みつけようと足を上げたその僅かな隙を、ホワイトは見逃さなかった。

 ヨウマの片足を蹴りで払い、彼を横転させ、横三角絞めでヨウマの頭部を拘束し、鎧の隙間に見えた首筋目掛けて銃を撃った。

 もがいていたヨウマの動きがピタリと止まった。

 「ふぅ……」

 ホワイトはひと息ついてショットガンを拾い、起き上がった。

 その直後、謎の衝撃波がホワイトを襲った。

 ホワイトは道の左側の岩肌に激しく打ちつけられ、意識を失った。

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