シーフのカンタ

 老人や女性を襲撃して物品を奪い、その物品を転売して生活していたカンタはある日、同業者に襲われて命を落とした。

 彼はアルディフォリア王国にシーフとして転生し、元の世界で培われた強盗の知識を駆使して盗みを働いていた。

 「なんだ。あっちの世界よりも簡単じゃないか。この世界なら俺は億万長者だ。一生遊んで暮らすぞ」

 

 アルディフォリア王国のあちこちで赤い狼煙が上がった日の夕刻、カンタはアジトで盗品を整理していた。

 「だいぶ集まったな。そろそろ盗品市に売りに行ってもいい頃かな」

 その時、ドアをノックする者がいた。

 「誰だ。ここが俺のアジトだと知っているやつはいないはず。もし、今晩の宿を探している旅人だったら喜んで泊めてやろう。そいつを殺して金目の物を奪ってやる」

 ドアを開けると、そこには白いローブを着た黒髪の男が立っていた。

 「旅の人かい。もし今晩の寝床を探しているなら、ウチに泊まるといい。歓迎するぜ」

 「いや、僕は宿を探している旅人ではありません。この辺りに、弱い人を襲って金品を奪う悪党がいると聞いて抹殺しに来た者です」

 「なにっ!?」

 カンタは咄嗟にドアから下がり、武器にしているダガーを取り出して構えた。

 「そのローブ、お前、まさか噂のスノーホワイトとかいうやつか?」

 「そうだ。どうやらあんたがシーフのカンタらしいな」

 「クソッタレめ、これでも食らえ!」

 カンタはスノーホワイト目掛けてダガーを投擲した。ホワイトは飛んできたダガーをするりと交わし、懐から氷の銃を取り出した。

 カンタはダガーを投げた隙に、アジトの奥の隠し扉に向かい、そこから外へ出た。

 アジトの外は陽が沈み、夜が訪れていた。今日は月が出ていなかった。

 「これは好条件だ。シーフの俺の能力が存分に生かせる」

 カンタは特技の気配消しを使い、夜の闇に紛れた。

 アジトの方から足音が近づいてくる。

 カンタはダガーをもうひとつ取り出し、ホワイトが近づくのを待った。

 「さあ来い。このダガーで喉仏を掻っ切ってやる」

 しかし、足音は途中で止まった。

 「そこにいるな?シーフのカンタ」

 ホワイトの声が聞こえる。

 「元の世界でも盗みを働いていたんだろう?人から盗んだ物を転売して食べる飯は美味かったか?」

 何を言ってやがる?

 カンタは出て行きたくなる衝動を抑えた。

 「味気無かったろ。本当は苦しかったんじゃないか?いつ警察に捕まるのか怖がりながら日々を過ごしてたんだろ。平気で弱い者を襲うお前のようなビビリのろくでなしには、そういう暮らしがお似合いだがな。聞いてるか、この臆病者め」

 「この野郎!」

 自尊心を深く傷つけられたカンタは怒りに任せて、ホワイトの前に姿を見せた。

 「食らえ!」

 カンタは先ほどと同じくダガーを投げた。ホワイトはそれを避け、銃を構える。

 ダガーの投擲は陽動であり、カンタはホワイトがダガーを目で追うのを確かめ、今度は腰に取り付けていた鉄製のブーメランを投げた。

 ブーメランがホワイトの首目掛けて回転しながら飛んでいく。

 闇夜で視認することが難しかったため、カンタはホワイトの顔の前でガチンと金属が当たる音がしたのを聞くことで勝利を確信した。────だが、勝利の喜びはすぐに消え失せた。

 ガチン?肉が切れる音じゃない。

 あれは、金属が硬い物体に当たった音だ。硬い物体だと?

 カンタが音の正体を思案しようとしたその瞬間、前方から閃光が走った。そして銃声が鳴った。一瞬のマズルフラッシュの中、ホワイトがこちらに向けて発砲するのをカンタはしっかりと見た。

 「え──」

 直後にカンタは、みぞおちに衝撃を感じた。そこから血が流れているのに十秒ほど経ってから気づいた。

 「な、なん••••••で」

 カンタは口から血を吐き、膝を落とす。

 ホワイトがゆっくりと近づき、カンタを見下ろした。

 「トリガーガードだよ。大したトリックじゃない」

 ホワイトは右手に持っている銃のトリガーガードを、左手の人差し指でトントンと突きながら言った。

 「そう••••••か。こっちに長く居すぎて、わ、わからなかったよ。また、駄目だったか。••••••でも、これでまた別の世界に行ける。こ、今度こそ、一生遊んで••••••」

 「いや、お前はもうどの世界にも行けない。お前が行くのは地獄だ」

 ホワイトはカンタの脳天を撃ち抜いた。

 来訪者がまた一人、アルディフォリア王国から消えた。

 

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