第3話

 名瀬シズカと平山トオルと名乗った彼らは、間違いなく僕のクラスメイトだった。なんなら名前順で僕の前後だった。今の座席は名前順なので、つまり物理的にも前後の人間の名前はおろか顔すらも僕は覚えていなかったことになる。

「いやでもクラスメイトの顔と名前なんて覚えないでしょ普通……」

「んなわけないだろ、俺はもう半分以上覚えたぞ」

「わたしは三分の一くらいかな。でも、顔合わせたらなんとなく思い出さない? 普通は」

「昨日は暗くて見えづらかったし……」

「ばっちり見えてたけど。ねえトオル?」

「俺が見たのは逃げるとこだったけど、それでも横顔と背格好くらいなら見えてたぞ。なあ、ほんとに昨日見てたんだよな?」

「ごめんなさいあんまり人間のこと見てなくて……」

 思わず人外のような謝り方をしてしまう。縮こまる僕を見て二人はケラケラと笑っていた。

「どんだけ人と触れてないんだよマサトは。教室でも机に突っ伏してばっかりじゃんか」

「話す相手なんていないし……、話さなくても生きていけるし……」

「高校スタートミスっただけでそんな大げさな。自分から話しかけに行きゃ案外受け入れてくれるもんだぜ?」

 そんなわけない、と僕は返す。物語の世界ではいつだってそういうやつが仲間外れんされてきた。だから僕もきっとそうなる運命なのだ。

「頭でっかちなんじゃないのかマサトは。みんな案外適当に生きてるもんだぜ」

「トオルは適当に生きすぎだけどね」

「なんだと」

「ほんとのことでしょ、昨日もあんなとこでしようとか言い出すし」

「お前も乗り気だったじゃんか。『わたしも一度してみたかった』~、とか言って」

「それはトオルが誰も来ないって言ったからでしょ。そんな無計画だから堀越君に見られたりするのよ」

「いやあのその、いいんでその話は。忘れますんでもう帰ってもいいですか」

「いいわよ?」

「駄目だ」

 二人の意見が食い違い、互いが互いを強く睨みつける。結構な体格差があるはずなのに雰囲気はまるで互角だった。どっちも怖いし関わりたくない。

「どうしてよ、いいでしょ忘れるって言ってるんだから。そもそも覚えてなかったって分かってたら、こんな阿呆らしいこんなこと頼まなかったのに」

「話しちまったからには仕方ないだろ。なにより可哀そうだろマサトが」

「可哀そう? なにがよ」

「だってこいつ、俺らのセックス見たことしかクラスメイトとの繋がりないんだぜ。ここでこの縁すら切ったらただセックス見ただけの出歯亀ってことになっちまう。そいつは可哀そうだろう」

「もういっそ殺してくれ……」

 そりゃ他人のセックスを勝手に覗き見たことは相応に悪いことだとは思うが、だからといってここまで酷い仕打ちを受けなくてもいいだろう。どれだけ前世の業が残っていたらここまでひどい目にあうんだろうか。

「……それに、仲良くなっといたほうが後腐れなく見張れるだろ? 他に友達いないらしいし」

「……それもそうか」

 おい聴こえてるぞ。

「というわけでさ、マサト。今日から俺と友達になってくんない?」

 そんな僕の気も知らないで、トオルは無邪気に右手を差し出してきた。少しだけ悩んで、右手で彼の手を握り返す。こちらとしても仲良くなっておくのは得策に思えた。というより、ここで応じなければなにをされるか分からない、と思ったのが本音だ。

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