第2話
翌日。学校へ向かうのが憂鬱だったのは言うまでもない。
なにせ彼女に顔を見られている。特定されればどうなるのだろうか。ボコられる? あるいは脅迫される?
僕は昨夜の男女の体格を懸命に思い出す。女の子の方は華奢だったけれど、男子の方はかなりしっかりした身体つきだったように思う。高校平均よりも劣る僕の身体ではどちらにしたところで抵抗する術はないだろう。
ビクビクしながらなんとか教室に到着し、いつも通りに授業を受ける。昼休みを迎える頃には僕の思考はだいぶ前向きになっていた。
そうだ、もしかしたら暗闇で見えなかったかもしれない。僕の側の記憶でも彼らの顔つきなど覚えていない。体格だって不確かなものだ。で、あれば向こうもきっとそうなのではなかろうか。僕の顔なんて見ておらず、ただ「人に見られた」程度の認識なのではなかろうか。
よしんば見られていたとしても、相手が三年生なら問題はないだろう。彼らは既に受験期も終盤でほとんど投稿しておらず、教室もこちらではなく旧校舎の方に移されている。すれ違う機会すらほとんどないのだ、僕を特定し乗り込んでくる、などかなり難しいはずなんじゃないのか。
もちろんそうでない、同学年や二年生の可能性もある。顔を見られていない可能性も含めれば、そして相手が暴力的でない可能性を含めれば、絡まれる可能性はグッと小さくなるんじゃないだろうか。そう考えると、僕の気持ちは少しだけ軽くなった。
もっとも、その安心はほんのの束の間、放課後までのことだったのだけれど。
なにもなく訪れた放課後。うちの学校の教室掃除は班ごとの日替わりなので、今日は僕も早く帰れる。放課後になるころには朝の心配もだいぶ和らぎ、僕の頭の中は帰宅後の読書のことでいっぱいになっていた。
だからって、目の前にいる一回りも体格の大きい男に気づかないのは自分事ながらどうかと思う。
目の前に立っていた彼にドン、とぶつかった僕は少しだけ後ろに弾き飛ばされる。
「あ、あの、えっと、ごめんなさい……」
謝る僕を上から一瞥すると、彼は僕の顔を上目遣いでのぞき込んできた。上目遣いが可愛いのは相応に可愛いがやるからだ、と僕はこの時体感することになった。眉間に皺を寄せた三白眼の男がやっったそれは可愛いという言葉からは程遠く、むしろ威圧的という言葉がぴったりだった。
「あの」
「なあシズカ、本当にこいつで合ってるのか?」
彼に無言で見つめ続けられ、その無言の空間に耐えられなくなった僕が再度口を開くと、彼は視線を外し背の方に向けて声をかけた。おそるおそる彼の後ろに目を向けると、彼よりも二回りは小さい女の子がこちらを睨んでいた。
「そう。あってる。その子」
一瞬で理解する。昨晩のカップル。もちろん絡まれる可能性を一切排除できたわけじゃなかったけれど、でも、こんなに早くとは思ってなかった。
「いや、あのですね、昨日のはその、違」
どうしたらいいか考える前に反射的に言葉が紡がれる。その言葉に被せるがごとく、男の方が低く、威圧的な声を出す。
「そうか、見てたんだな。昨日の」
一瞬首を横に振ろうかと考えて、その後即座に縦に振る。もし嘘を吐いたことがバレれば、この首が二度と触れなくなってもおかしくはない。
「あー。そうか。うん、まあな、見ちまったもんはしょうがないよな。うん。……このあと時間、あるか?」
縦に振る。逃げ出したら脚をもがれるかもしれない。
「うんうん、ならよかった。いやこっちもな、できれば早めに話したいと思ってたんだ。まあここじゃんなんだから、とりあえず校舎裏、行こうや」
言われるがままに校舎裏へと自主的に向かう僕。後ろについて行こうものなら縄で縛られ市中引き回しのようになるかもしれない。先導する僕を、彼らは不思議そうに眺めていた。
校舎裏に着き、再び男と向き直る。殴られる覚悟は歩いてくる途中に済ませた。殴られたときにせめてそれだけは守れるよう、常に眼鏡に手をかけておく。
「それで、話って」
「……あのな、勘違いしてほしくないんだが」
男はそう言って息を大きく吐き。意を決したように僕に告げた。
「普段は、あんなに早漏じゃないんだからな。昨日のはほら、その、ムードっつーかシチュエーションっつーかほらその分かっっっっっ痛‼ どうして話の途中で殴るんだよシズカ‼」
「アンタのみみっちいいプライドのために話に来たからわけじゃないからに決まってるでしょ‼ ほら見てよ、堀越くんも呆れてるじゃん」
……自分が殴られると思ったら、目の前の男が女の子に殴られていた。想定外の展開に目を白黒させている僕に、彼女は畳みかけるように話してきた。
「ごめんねトオルがバカで。こいつ悪くないやつなんだけどバカが玉に瑕でさ」
「バカって紹介はどうなんだよ彼氏に対して」
「バカのせいでバカの紹介をしなきゃいけなくなってるんだけど?」
「バカですみません……」
ここまで言われてるのを見ると思わず同情してしまう。さっきまで威圧的だったはずの彼の姿はすっかりなりを潜め、目には涙を浮かべていた。
「ええとあのその」
「とりあえずそのバカはほっといていいから。堀越くん、昨日のことなんだけどさ、まだ誰にも言ってないよね?」
首を縦に振る。言えるような機会もなかったし、なにより言う相手もいなかった。
「うん。じゃあさ、できればこれからも、誰にも言わないでくれるないかな? 堀越君も嫌でしょ、同じクラスメイトの男女が青姦してた、なんて噂が学校に広まるの」
そこで僕は初めて首を傾げた。クラス……メイト……?
「えっと、ひとつ質問してもいいですか」
「うん。こっちは頼む側だしね、答えられる範囲ならなんでも答えるよ。なに?」
「その、僕らって、クラスメイト……なんですか……?」
今度は、僕が首を傾げられる番だった。
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