第十一章 監禁
冷たい感覚が頬を撫でている。雅秀は薄っすらと目を開けた。
天井が見える。コンクリートの無機質な天井だ。地下駐車場や、倉庫のような。
雅秀はかすかに体を動かした。どうやら、自分はベッドの上に仰向けで寝ているらしい。
雅秀は体を起こそうとする。だが、そこで異変が起きた。ガチャンと金属音が鳴り、両手が頭部のほうに引っ張られる。
雅秀は、はじめて気づく。自分が頭のほうに手を上げた状態で、拘束されていることに。
両腕の手首に嵌っているのは、銀色の手錠だ。
頭が完全に覚醒し、雅秀は顔を上げた。
今、自分がいる場所は、八畳ほどの部屋だ。ちょうど、自分が住むワンルームマンションくらいの広さ。
壁全て灰色のコンクリートで覆われており、天井には蛍光灯が取り付けられている。その蛍光灯が、淡い青白い光を放ち、室内を不気味に照らしていた。
部屋の中には窓がなく、唯一、雅秀が寝ているベッドの対面の壁に、黒色の金属の扉が備え付けられているだけだ。おそらく、そこが出入り口なのだろう。
あとは、何もめぼしいものが見当たらなかった。独居房のような物々しい空間。次第に、雅秀の鼓動が早くなってくる。
一体、ここはどこなんだ?
雅秀は、おぼろげな記憶を手繰り寄せようとした。この場所へ至るまでの記憶がすっぽりと抜け落ちている。今の状況は、ただごとではない。
そして、すぐに映像がフラッシュバックした。テーブルに倒れ込む光景。それから、床へぶちまけられるオレンジジュース。
雅秀ははっとした。彼女は……アズサはどこにいる?
雅秀の疑問に呼応するかのように、正面にある扉が開いた。錆びた歯車が回るような音が、室内に響き渡る。
姿を現したのはアズサだった。トレーナーにショートパンツと地味な出で立ちである。
アズサは、赤みを帯びたストレートヘアを揺らしながら、部屋の中へと入ってきた。
「起きたみたいね。具合はどう? 雅秀」
アズサは優しく訊く。まるで風邪をひいて寝込んでいる恋人の様子を尋ねるかのごとく。
雅秀は、泡を食って叫ぶ。
「おい、なんなんだこれは!」
雅秀はもがき、頭上で手錠が音を立てた。足は拘束されていないので、駄々っ子のように足が跳ねる。
雅秀の詰問を受けたアズサは、にこやかに笑った。
「よかった。元気そう」
アズサは質問に答えることなく、ベッドのそばまでやってきた。ゆっくりとこちらを見下ろす。
「おいアズサ! 手錠を外せ」
雅秀は手を振り、手錠を鳴らす。硬質な感触が同時に感じ取れ、自力で破壊するのは不可能だと伝わってくる。
アズサはこちらの様子を眺めながら、微笑を浮かべた。
「ごめんね。雅秀。手錠は外せないんだ」
「なんでだよ!」
雅秀は、可能な限り顔を起こして訊く。こうすると、少しだけ周りの様子が見えやすくなるのだ。
アズサは、無言でベッドに腰掛けた。そして、雅秀の頬をそっと撫でる。
「これからずっと、あなたをここに監禁するから」
雅秀はアズサの言葉が理解できなかった。今、彼女はなんて言った?
アズサは繰り返す。
「今日から一生、あなたをここで『飼う』から」
「か、飼う……」
雅秀は唖然とする。アズサは一体、何のつもりなのか。この現状を見ると、決して冗談や虚仮ではないだろう。彼女は本気なのだ。
雅秀はかすれた声で訊く。
「一体、どうして?」
アズサはこちらの頬を撫で続けながら、そっと顔を近づけきた。そして、キスするくらいの距離で止まる。
囁くようにして、アズサは話し始めた。
「前にも言ったでしょ? 私たちは一緒に自殺をした仲。運命の赤い糸で結ばれた男女なのよ」
「運命の赤い糸?」
「ええ」
アズサは肯定する。温かい吐息が顔にかかった。
「意味がわからない」
雅秀は不安気に顔を歪める。今の状況が恐ろしくてたまらなかった。本当にアズサは俺を監禁するつもりか。
雅秀は強い口調を放つ。
「これは犯罪だぞ。早く手錠を外すんだ」
アズサは雅秀の頬から手を離すと、髪をかき上げた。
「駄目。諦めて」
そう言った後、アズサはベッドから立ち上がった。部屋から出るつもりらしい。
「こんなこと、いずれ必ず発覚するぞ! 君は警察に逮捕される」
雅秀は諭すように言う。アズサは余裕だと言わんばかりに、にこやかに笑った。
「大丈夫。絶対に警察にはばれないから。そもそも、誰にも雅秀の居場所はわからないよ」
アズサは、自信満々に発言する。心の底から確信を抱いている様子だ。
「お腹空いたでしょ? 私、ご飯作ってくるね」
アズサはそう言うと、こちらに背を向け、部屋を出て行った。
雅秀は部屋の扉を見つめたまま、しばらくの間、愕然としていた。まるで、無罪の罪で、無期懲役刑を告げられたような気分だった。
「はい、あーん」
アズサは、スプーンを雅秀の口元へ近づけた。スプーンには、シチューの具が乗っている。
雅秀は口を固く閉じ、顔を背けた。拒否の姿勢だ。だが、アズサはそれでもなお、スプーンをこちらの口へと突きつける。
しばらく膠着状態が続いた。やがて、アズサの声が響く。
「強情張ってても辛いだけだよ。お腹空いてるのはわかってるんだから。大人しく食べて」
ふたたび唇に押し付けられるスプーン。アズサはしつこく、シチューを食べさせようとした。食事の前、これは自分の手作りだと言っていたので、無理にでも食べさせたいのだろう。
なおも雅秀が拒否をし続けていると、アズサはため息と共に、スプーンをシチュー皿の中へと乱暴に置いた。
「いい加減にしなさい」
アズサは凛とした口調で警告を放つ。それから、膝を付いた状態から、皿を持ったまま立ち上がった。
「手錠を外せ」
雅秀は負けじと、アズサへ指図を行う。アズサの整った眉根が寄った。不機嫌になっているようだ。
「嫌よ。言ったでしょ? 一生あなたをここで……」
アズサがそこまで言った時だ。雅秀は自由である足を使い、アズサに向けて蹴りを仕掛けた。手はがっちりと拘束されているため、決して逃げることは叶わないが、『攻撃』はできるのだ。
不都合にも、アズサと足の間には距離があったため、クリーンヒットまでいかなかった。だが、手に持ったシチュー皿には当たり、シチュー皿は空中へと弾け飛んだ。
シチュー皿は、中身を撒き散らしながらコンクリートの床へと落下し、大きな音を立てて割れた。
アズサは始め、ぎょっとした表情で割れた皿を見つめていたが、やがて目を吊り上げた。
「なにするのよ!」
アズサは叫ぶ。雅秀は薄く笑った。挑発の意味を込めて。
アズサは少しの間、こちらを睨んでいたが、やがて大きく息を吐いた。それから参ったとでも言わんばかりに、目を瞑る。
アズサの表情から、嫌気が差したのだとわかる。そう、このまま抵抗を続ければ、彼女は気持ちが挫けるかもしれない。そうなれば、こちらを解放してくれる可能性が生まれる。
雅秀の中に、淡い期待が到来した。この奇妙な状況から脱出するチャンスが訪れるかもしれないのだ。
雅秀は次に、アズサを罵倒しようと考えた。肉体だけではなく、言葉での暴力も加われば、より一層アズサはこちらに反感を覚えるはずだからだ。
雅秀が、口を開きかけた時である。思わず硬直してしまった。
アズサはいつの間にか、手に警棒のような物を持っていた。おそらく、ズボンのウエスト部分に挟んでいたものらしい。
雅秀は怪訝に思う。一体何だろう。似ているが、警棒ではなさそうだ。交通誘導の警備員が持っている棒にも形状は酷似している。それを黒くした感じだ。
アズサはこちらに近づいた。そしてその棒状のものの先端を、雅秀の首筋に当てた。
突如、目の前が真っ白になった。それから全身の血管を針が流れているような激痛。引き攣れ。
自分の意思とは関係なく、口から絶叫が迸った。無重力空間になったかのように、体が大きく仰け反ってしまう。
呼吸も止まり、雅秀は苦痛に身を委ねるしかなかった。
時間にすると、ほんの数秒だっただろう。だが、雅秀にとっては数分以上に感じた。
やがて、棒状のものが首元から離れ、無重力状態から解消される。雅秀はどさりと、ベッドへと落下した。
雅秀は目を白黒とさせながら、大きく喘いでいた。まるで激しい性交を行った後のように。
「どう? 雅秀。反省した?」
アズサはこちらの顔を覗き込んでくる。彼女は優しげに微笑んでいた。
雅秀は息を整えながら、自分が何をされたのかを悟っていた。
スタンガンだ。アズサが手に持っている棒状のものはスタンガンであり、それをこちらに食らわせたのだ。
『お仕置き』として。
アズサはなおも微笑を浮かべながら、手に持ったスタンガンをためつすがめつしていた。
「はじめて使ったけど、なかなか便利ね。これ」
アズサはまるで買ったばかりのスマートフォンを見せびらかすかのように、雅秀へ向かってスタンガンを掲げた。
「反抗的な態度を取ったらどうなるか、これでわかった?」
アズサが得意気に言う。
雅秀は荒い息を飲み込み、頷くしかなかった。
監禁が始まってどれくらいが経過したのだろう。三日くらいでもあるようだし、すでに一ヶ月経過しているようでもあった。
なにせここは、日の光も一切入ってこない地下室なのだ。時間の感覚が狂うのは当然だった。
アズサの話によれば、この地下室は、アズサの祖父母の家に存在するらしい。
現在祖父母は長期旅行中のようで、家全てをアズサが好きに使っているという。
そのため、元々物置だった地下を片付け、監禁部屋にしたのだ。
あの時――雅秀がアズサの部屋を訪れた時――睡眠薬を盛られ、ここに運ばれた。アズサのような女子高生が一人で大の大人を別の家まで運べるわけがないから、おそらく共犯者がいるだろうと思われた。それともあるいは……。
とにかく、ここはアズサの『テリトリー』なのは変わらない。それに、隣家とは相当距離が離れているらしく、アズサ不在時に大声を上げても、反応する人間は誰一人いなかった。
どうにかして、外部と連絡が取れれば……。
監禁されて以降、常に雅秀の頭にあった事柄だ。スマートフォンは取り上げられ、声も届かない。そして、雅秀がアズサに会いに行ったことを知っている人物は一人もいないため、ここを嗅ぎ付ける者も存在しない。八方塞がりだ。
雅秀の脳裏に志帆の姿がよぎった。結局、彼女の行方は依然不明のままだ。アズサに訊いても首を捻るばかりで、何の情報も得られなかった。
もしも、志帆が無事なら、ここを発見できるはずだが……。
雅秀は、ため息をつき、天井を見上げた。
そこで声がかかる。
「ごめん。冷たかった?」
そばにいたアズサが手を止め、顔を覗き込んでくる。雅秀は目を逸らした。
「続けるね」
アズサはそう言うと、濡れタオルを動かした。
現在、雅秀はアズサに清拭されている最中だった。もちろん、手錠で拘束されたままで。
着ている服は、入院着のように前開きのものなので、体を清めるのに支障はなかった。
この服は、監禁された時にはすでに着ていたので、アズサが用意したものなのだろう。
雅秀は、介護士のように甲斐甲斐しく世話を続けるアズサに質問した。
「なあ、いつまでこんなこと続ける気だ?」
アズサは、きょとんとした顔をする。
「いつまで? 言ったじゃない。ずっとだよ」
まるで当然といった風情で、アズサは答える。
「警察には言わないから、解放してくれ」
雅秀は懇願するが、アズサは答えない。楽しそうに微笑みながら、清拭を続けている。
しばらく沈黙が流れた。耳が痛くなるほど静かだ。外の音が一切聞こえない以上、ここが外界から切り離された場所なのだと嫌でも再認識させられる。
やがて、清拭が終わったらしく、アズサは雅秀の体から手を離した。
「これでオッケー。綺麗になったよ雅秀」
アズサは明るく言う。それから手に持ったタオルを、そばに置いた桶の中に入れた。
現在、相も変わらず異常な環境ではあるが、確かに体を拭いてもらっただけでも充分、爽快な気分になった。
雅秀がゆっくりと息を吐いていると、アズサがこちらの胸元に手を伸ばす。それから、はだけた服のボタンを留め始めた。両手が使えないので、それすら人頼りだ。
ボタンを留めながら、アズサは口を開く。
「私ね、雅秀と自殺未遂ができて本当に良かったと思っているの」
雅秀は訝しがる。また何を言い出すのだろう。
雅秀の表情を見て、アズサは雅秀の心をテレパシーのように悟ったらしく、説明を行う。
「もしも、雅秀が私の自殺未遂も募集に応じてなかったら、今も私は孤独で暗い人生を送っていたと思うの」
「……」
アズサは続ける。
「私と雅秀は似た者同士。結ばれる運命なのよ」
雅秀はしばらくじっとしていたが、質問を行うことにした。これは訊いておくべきことだ。
「菊池を殺したのはお前か?」
アズサはあっさりと頷いた。
「うん。そうだよ。色々と嗅ぎ回っててうっとしかったから」
「どうやって殺したんだ?」
菊池は自殺として処理されたはずだ。
アズサは人差し指を頬に付け、思い出す仕草を取る。
「うーんとね、相手の姿には気づいていたから、思い切って声を掛けたの。どちら様ですかって。その後、誘惑したらあっさりと引っ掛かって部屋に入れてくれたわ」
「菊池は自殺だったぞ」
「うん。睡眠薬で眠らせた後、練炭を燃やして殺したんだ」
アズサはまるでナンパしてきた男を上手くあしらった話をするかのように、意気揚々と語った。
雅秀は呆気に取られる。
「じゃあ、黒ジャンパーの男も?」
アズサの眉が、八の字に曲がる。
「あの人は違うわ。勝手に自殺しただけ」
「知り合いか?」
「前にちょっと会ったことがあるだけよ」
雅秀は唇を噛む。なにか、おかしい気がした。
「本当のことを言ってくれ」
「言ってるよ。あの男は私の知らないところで自殺をしたの。菊池さんや志帆さんと違って、私は手を下してない」
雅秀ははっとした。この少女は、今なんて言った? 志帆だと?
アズサは自分の失言に気がついたようだ。ぺろりと小さく舌を出す。
「あちゃ。言っちゃった」
アズサは笑っていた。
「おい! 志帆の話は事実なのか?」
アズサは臆することなく、首肯する。
「うん。そうだよ。私、志帆さんを殺したの」
雅秀は目の前が真っ暗になった。ある程度、予感していたことだが、こうもあっさりと事実を突きつけられると、震えるようなショックを受けてしまう。
雅秀は叫ぶように訊いた。
「なぜだ? なぜ殺した?」
「菊池さんと同じで、邪魔だったからよ。それに、あなたと前にデートした女の人でしょ? 泥棒猫はお仕置きしないと」
アズサは、憑き物が落ちたような顔でそう言った。雅秀は愕然とする。アズサは一切、人を殺すことに対し、罪悪感も後悔の念も持ち合わせていないのだ。
雅秀は、アズサの手首の傷のことを思い出す。自殺未遂を続けたせいで、命に対する感情が希薄になっているのだろうか。あるいは、生来的な何かかあるのかもしれない。
いずれにしろ、恐ろしいことだ。
雅秀が口をつぐんでいると、アズサは話し始めた。
「志帆さん、私が『話がある』って声をかけると、簡単に家まできてくれたよ」
「……その後はどうやって殺した?」
アズサは微笑む。
「睡眠薬を飲ませた後、絞め殺したの」
まるで料理内容を語るかのように、アズサは伝えてくる。
絶句する雅秀に、アズサは言う。媚びたような声だ。
「ねえ、雅秀。あなた志帆さんとセックスしたの?」
雅秀は、咳き込んだ。志帆が殺された事実によるショックに加え、突然の不躾な質問に、雅秀は混乱する。アズサの言動の真意が、掴めなかった。
「一体、何を言い出すんだ」
アズサはこちらに体を傾けた。
「ねえ。質問に答えて。志帆さんとセックスをしたの? してないの?」
アズサは服越しに、雅秀の体を撫でる。白魚のような艶かしい手が動き、雅秀は快感とくすぐったさを覚えた。
雅秀はつい、目を逸らす。
「してないよ。俺たちはそんな関係じゃなかった」
雅秀は正直に答える。変に嘘をつく理由もない。そして、早めに話題を変え、ここから解放されるよう話を進めようと思った。
「そんなことより――」
雅秀が話を変えようとした時だった。アズサはゆっくりとこちらに抱き付いた。
温かな感触と共に、ふわりと花の香りが鼻腔をつく。胸の鼓動が大きく波打った。
「な、なにを……」
雅秀が問いかけようとすると、アズサが先を制した。
「ねえ、私、雅秀とセックスしたい」
そう言い、アズサは媚びた目を向けてくる。その目は、発情した雌ライオンを思わせた。
「ど、どうして?」
雅秀は唾を飲み込んだ。女子高生からのセックスの要求。現実なら有り得ない状況だ。
そして――。
アズサは雅秀の質問を無視し、つい先ほど締めたばかりの雅秀の服のボタンを外し始めた。雅秀の中に動揺が去来し、身体が震える。
やがて上着のボタンは全て外され、上半身がはだけた。アズサは下半身のズボンにも手をかけ、脱がそうとしてくる。
これではまるでレイプだ。このままでは……。
容易くズボンは下され、中に履かされていたオムツが露わになった。アズサはそれすら脱がそうとしてくる。
「や、やめ……」
雅秀は身をよじり、抵抗しようとするが、無駄だった。拘束されているせいで、上手く逃れられないのだ。
いや、違う。雅秀は自分の本心を痛切に感じ取った。
その気になれば抵抗は可能だった。所詮、向こうは未成年の女の子。こっちは成人男性。いくらでも跳ね除けられる。レイプに限らず、この拘束状態すら……。
本心では、今のこの状況を、自分は歓迎しているのだ。
やがて、アズサはオムツを完全に取り払い、雅秀を全裸にする。そして、自らも服を脱ぎ、裸になってこちらに馬乗りになってきた。
妄想の中にしかなかった、めくるめくる快楽の瞬間だ。
雅秀はアズサと体を重ねた。
『行為』が終わった後、アズサは雅秀の胸に顔を付けたまま、囁くように言う。
「よかった。これで運命で結ばれた者同士、一つになれたね」
雅秀は何も答えなかった。頭がぼーっとしてて、脳みそがいまいち働かなかった。
アズサは続ける。
「あと、これから私たちが本当に一つになれることをやらなきゃね」
アズサは裸のままベッドから降りる。雅秀は目を瞬かせながら、アズサの行動を見つめた。先ほどの言葉はどんな意味だろう。
アズサは雅秀の心を読んだように、ニッコリと笑って言う。
「雅秀、女子高生と自殺することが夢なんでしょ? これから叶えてあげる」
アズサにその夢を語ったっけ? 雅秀は、ぼんやりと疑問に思った。しかし、それは事実であることに変わりはないので、すぐにその疑問は頭から消え去る。
アズサは部屋から出て行く。そして、すぐに戻ってきた。手には七輪を持っている。
「懐かしいでしょ。これ」
アズサは七輪を掲げて言う。まるで昔、夫から貰ったのプレゼントを誇示する妻のような風情だ。
雅秀はゆっくりと笑みを浮かべた。
さすがアズサだ。俺の望むことを全て実行してくれる。
アズサは七輪に練炭を投入し、火を点けた。キナ臭い匂いが辺りに漂う。これは夢が叶う希望の香り。
雅秀は拘束されたまま深く深呼吸を行う。同時に、アズサがベッドへ入ってきた。
アズサはこちらに何かを突き出す。
「はい。これ睡眠薬」
アズサの手には、大量の睡眠薬が乗っていた。ラムネ菓子のようなカラフルな錠剤。よくここまで集めたものだと、雅秀は感動を覚えた。俺のために。
アズサは犬にドックフードを与えるように、こちらに睡眠薬を飲ませる。コップから水が口内に流し込まれ、雅秀は一気に飲み込んだ。アズサも同じように、睡眠薬を嚥下する。
「それじゃあ一緒に逝こう」
アズサは裸のままベットへと寝転び、こちらに身を寄せる。そして、ピロートーク後の恋人のように、そっと顔を雅秀の胸に付けた。
雅秀は感嘆の息をつく。
ああ。なんて幸せなんだろう。素敵な女子高生とここまで親密になれて。そしてその女子高生と一緒に自殺を行えるなんて。
生きてて良かった。
雅秀は、ゆっくりと目を閉じた。
次第に体から力が抜けていく。睡眠薬が効いてきたのだ。
やがて沈み込むような感覚が、雅秀を襲った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます