第11話

 俺は妻が帰った後、ネットフリックスで映画を見ていた。ヘッドホンで英語を聞きながら字幕を目で追っていた。


 俺が選んだのは、子どもが出てくるヒューマンドラマみたいなやつだ。前はそういうのが嫌いだったのに、今は子どもの演技を見るのが楽しい。子どもは面白い。大人ではなかなか思いつかないような言葉の選び方をする。大人を見る目は澄んでいて、邪気がない。


 俺もこんな風に子どもに慕われたい。いいなぁと思う。自然と笑みが浮かんできた。まともな奥さんを貰って、普通の家庭を築きたい。俺に何が足りなかったんだろうか。相手が違えば全然結末が変わっていたのかもしれない。彼女を顔で選んだのが馬鹿だったと思う。やっぱり次は性格で選ぼう。


 ***


 すると夜遅くインターホンが鳴った。しかも、廊下にいるらしい。

 心臓が止まりそうになった。


 また、奥さんだろうか。

 俺は身の危険を感じた。

 別れた配偶者によりを戻すことを断られて、逆上して刺してしまうことはよくある。女性が男性を指すことはあまりないが、逆は多い。


 俺は恐る恐る廊下のモニターを見た。

 そこにいたのは薫だった。

 なぜ、薫がそこにいるのかわからなかった。

 無視したらとんでもないことになりそうだ。

 俺は玄関に向かった。


 ドアを開けると薫が嬉しそうに言った。


「パパ!ポケカ買えたよ!」

「おお…よかったな」


 俺は愕然とした。夢の中でしか会ったことがない息子が、今、目の前にいる。

 変なアニメ柄のTシャツを着ていた。美少女アニメのセクシーな女の子の柄だった。オタクなのだろう。

 顔はかわいいが眉毛がぼうぼうで、髪もぼさぼさだった。それで、口を半開きにしたまま微笑んでいる。


「ただいま」


 息子は俺を押しのけて家の中に入って来ようとした。


 おまえ誰だ?

 そう聞く勇気はなかった。相手が傷つくかなと思った…。


 息子は靴を脱いで家に入って来た。靴はボロボロでかかとを踏みつぶしていた。


「パパ。髪洗って」

「え?」

 まさか…。これって夢なのか?それとも、頭のおかしい男が押しかけて来ているんだろうか。

「洗ってくれなかったら、僕お風呂入らないよ!」

「わかったよ」


 なんだこいつは。

 仕方なく、一緒に脱衣室に行って服を脱いだ。

 濡れてしまうからパンツも脱いだ。

 今日は風呂に入っていないから、一緒にシャワーを浴びてしまおう。


「さっき、パトカーと救急車が来てたでしょ」

「気が付かなかった。寝てたからさ。どっかで何かあったのかな?」

「屋上から女の人が飛び降りたんだ」

「え?」

 さすがにびっくりした。

 まるで、建物全体が霊に取りつかれているような気がした。

「ママが飛び降りたんだよ」

「えっ!」

「自業自得ってやつだね。くっくっ…くっ」


 俺は言葉を失った。

 俺が再婚を拒んだせいだ。

 だからって言って、またあの妻と暮らすなんて無理だ?

 俺が悪いのか?

 あんなにひどい目に遭っていたのに…。


 息子の顔を見ると妻とよく似ていた。

 こいつ、俺のことはどう思っているんだろう。

 慕ってくれているのか。

 待てよ…もしかして俺のことも怒ってるんじゃないか…。

 息子は邪悪な目をして笑っていた。

 本当は知的障害なんかなくて、そのふりをしているだけのような気がした。


「これからはずっと二人で暮らして行こうね。パパ」 


 息子は嬉しそうに俺の腰にしがみついて来た。俺の腰に腕を回して顔を埋めていた。ちょっと肥満気味で体がずっしりと重かった。


 俺にはもう自由がない。

 俺の目の前は真っ白になった。


 しかし、その腕を払いのけることができなかった。

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一人っ子 連喜 @toushikibu

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