第6話

 先輩の偽彼氏になった翌朝。

 普段と同じ時間に目覚め、いつもと変わらない朝を迎えた。

 ただ違うのは先輩とこれから振り向いて貰う為に、頑張らないといけないと言うことだけ。


「御馳走様でした」


「あら?もう食べたの?」


「うん。いつも無理させちゃってるし、今日ぐらいは僕が洗うよ」


「気にしなくても良いの。ほら、咲愛と一緒に学校に行ってきなさい」


 母さんは父さんを亡くしてから人が変わったかのように僕達に尽くすようになった。ただ無理はしない程度に仕事をしてくれたお陰でこうして今がある。

 いつか恩返ししたいと思ってはいるんだけど、なかなか上手くいかない。


「母さんも無理しない程度にね?」


「言われなくとも分かってるわよ。本当あの人に似て心配性なんだから」


 くすくすと笑う母さんだが、父さんが亡くなった当時は僕を見る度に泣いていた。それぐらい母さんにとっては大切な存在なんだと。

 僕と咲愛は母さんに見送られながら学校へと家を出た。

 そして数分後咲愛と別れ、駅前に着いた僕はある人を探しに周辺を見渡す。


「誰を探してるのかな?」


「滝川先輩ですよ」


「えっ、私?」


 驚いた顔で僕に声を掛けてくる先輩は、見知らぬ人と一緒に僕の元へ訪れた。

 ご友人だろうか?滝川先輩よりしっかりしてそうな印象を抱いた。それに先輩より少し身長が高く、女性らしい体つきをしていらっしゃる。


「……村越君?」


「へっ……?せ、先輩?」


「ふーん、私より凪沙が良いんだ?」


 なんで先輩は怒っているのだろう?もしかして隣に居る人をじっと見つめているから?……いやいや、そんな訳ない。第一僕と先輩は正式に付き合ってる訳じゃないし……。


「ふふっ、この子が流歌が言ってた子ね?初めまして、流歌のクラスメイトで親友の東雲凪沙しののめなぎさよ」


「ど、どうも……村越航、です……」


「話は流歌から聞いてるわ。今後とも宜しくね」


「は、はい……」


 東雲先輩は先輩より気さくな方で、でもグイグイと踏み込んでは来ない性格のようだ。

 ただずっと僕を見ては優しく微笑むのは何故だろう?


「村越君っ」


「せ、先輩……!?ぁ」


「村越君、凪沙に靡いちゃ駄目なんだから。凪沙も凪沙で村越君を誘惑しないでよ」


「あら、可愛い後輩を取られそうになって私にヤキモチかしら?」


「ち、ちが……っ!!」


 先輩は林檎のように顔を赤く染めて、僕の腕に顔を埋めてしまった。その一連の行動が今の僕には刺激が強すぎて先輩と同じように顔を赤く染め上げた。


「ふふっ、ごめんなさいね。ついついからかっちゃったわ」


「もうっ……!凪沙のバカっ」


 な、なんか今の滝川先輩……すっごく可愛い……。

 いつもからかわれる側だから、凄く新鮮な気持ちで先輩を見てしまう。


「な、何……?」


「い、いえっ……!」


 ただ先輩の前では僕は強く出れず、思わず気圧されてしまった。そして今更ながら顔を埋めている事に気付く。

 僕の顔が火傷したかのように物凄く熱い。


「ぷっ……ふふっ」


「もうっ!笑わないでよ……!?」


「ごめんなさい……あまりにもお似合いだから、おかしく思えちゃって……!」


 えっ……?僕と滝川先輩が……お似合い……?


「か、からかうのは辞めてっていっつも言ってるでしょ……っ」


「だからって、わざわざ村越君を――」


「わああああっ?!それ以上は本気で怒るからね!?」


 な、何が……起きてるんだ……?東雲先輩は、僕と滝川先輩がお似合い、って言ったのか……?

 滝川先輩の耳が先程より赤く染まっている。本当に何が起きたんだ?


「村越君っ、別に何もないからっ!ね?」


「いや、でも……」


「ね?」


 凄い剣幕で僕を睨み付ける滝川先輩は余程僕に知られたくないらしい。

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