第7話 忍び寄る恐怖②


「ストロノーフさん!!」


見えない何かに腹を貫かれ吐血した俺。その一部始終を見ていたトロンさんは焦りと恐怖が混ざった表情で俺の名を呼んだ。何者かに襲撃を受けたという事実をいち早く理解したのだろう。トロンさんとは対照的に、このような緊迫した場面に慣れていないリリスは目を見開いたまま硬直している。


そんな二人を横目に、さらなる追撃がくる前に俺は素早く二つの魔法を唱えた。


「『回復ヒール』、『防御結界』」


その瞬間、俺の体に空いた穴は一瞬で塞がり、体に流れる血液も正常な量まで復活した。それと同時にリリスとトロンさん、俺を各々囲むように三つの防御結界が形成される。


「ただの『回復ヒール』を使ってあの重傷を一瞬で!?これが【聖者】の回復魔法っすか!それに、こんな馬鹿げた魔力密度の防御結界を三つも形成するなんて・・・」


トロンさんが驚くのも無理はない。通常の『回復ヒール』ではここまでの効果は出ないし、それと同時に防御結界を発動することなど普通はできない。


しかし、俺は回復魔法や補助魔法に特化した聖職者の中でも、【聖者】と呼ばれるほどの世界有数の実力者だ。回復魔法や補助魔法に関しては常識の範囲に収まらないレベルに達していると自負している。これは傲慢や油断ではなく、経験に基づく絶対的な自信であり客観的な評価だ。


「とりあえず『防御結界』は発動したが・・・俺が受けた攻撃の正体を特定できない以上、油断は一切できないな。今現在、俺たちは圧倒的不利状況に置かれていると言っていいだろう」


久方ぶりの生命の危機を感じさせる戦い。俺は緊張をほぐすように身じろぎをした。だが、。この策がうまく刺さればいいんだが・・・。





ストロノーフに攻撃を仕掛けた魔族、アランフェス。彼はストロノーフが傷を回復させ、防御結界を発動させるところを遥か遠くの山上から観察していた。


「うわっ、あの傷を一瞬で完治させた上に防御結界を発動させやがった。化け物かよ。さすがにあの【聖者】をこれしきで殺せるわけがねぇってことか」


アランフェスはストロノーフの出鱈目さに呆れたような表情を浮かべている。


「どうすっかなぁ。『忍び寄る恐怖ステルス・オーダー』に関係なく、俺の魔法に【聖者】の防御結界を破壊するほどの威力はないしな。ならば・・・よし、一時撤退だな」


【聖者】の存在は予想外であったにも関わらず、明確な殺意を持ってストロノーフに攻撃を仕掛けたアランフェスだったが、彼はあっさりと撤退を選択した。これが彼の真骨頂である。彼の一番の長所は所有している起源能力オリジンではない。状況を冷静に判断し、少しでもリスクを感じたら撤退するという生存能力である。


「俺は【聖者】の容姿を知っているのに対して、【聖者】は俺の容姿や起源能力オリジンの能力に見当もついていない。つまり、今現在有利なのは圧倒的に俺。ならばここは一時撤退し、この圧倒的有利を保った状態でまた攻撃を仕掛けてやる。いつ攻撃されるか分からない、そんな恐怖を感じさせながらじわりじわりと殺してやるさ」


そう言い残し、アランフェスはストロノーフから離れるようにその場から移動を始めた。しかし、歴戦の猛者であるストロノーフがそれを許すはずもなく・・・。


「がっ!」


ゴンッ!・・・と鈍い音が辺りに響く。高速で走っていたアランフェスの頭に硬い何かが当たったのだ。頭に走る大きな衝撃により、アランフェスは思わず尻もちをついた。


「~~っ!!なんだ・・・何が起きた・・・」


痛みを我慢しつつ頭に走った衝撃の原因をアランフェスは即座に探り始める。そして、すぐにあることに気が付いた。


「これは・・・『防御結界』だと!?」


そう。頭に走った衝撃の原因はアランフェスが防御結界に頭をぶつけたことであった。しかし、その事実に新たな疑問が生まれる。


「どういうことだ・・・。なぜここに『防御結界』が・・・」


その疑問とは、なぜ防御結界がここにあるのか、という当然の疑問であった。その疑問に対して、アランフェスは考えを巡らせる。


「それに、この『防御結界』・・・、ここら一帯を囲うほどのとんでもない大きさだ。それこそ、かの【聖者】が発動させたかのような・・・まさかっ」


アランフェスは一つの結論にたどり着いた。


「この『防御結界』は【聖者】が発動させた魔法なのか?・・・回復と同時に三つの防御結界を発動させたかのように思えたが、実際は四つの防御結界を発動させていたのか!四つ目の防御結界を発動させた理由は、俺をこの空間内に閉じ込めるため!!これほどの大きさなのは、居場所が判明していない俺を確実に閉じ込めるためだ!!っくそ!なんて出鱈目な力だ!!」


ストロノーフが『回復ヒール』と『防御結界』を発動させたとき、彼はリリス、トロン、自身を囲う防御結界の他に、一帯を囲う巨大な防御結界を形成していた。敵が自身を監視できる距離に潜んでいることを攻撃された瞬間に確信し、そして攻撃方法や敵の希薄な存在感から敵の能力が隠密に長けた力であることも推測したのだ。その結果、見えない敵を閉じ込め居場所を特定するために、巨大な防御結界を発動させることを一瞬で決断したのだ。


「これほどの大きさの『防御結界』をあの一瞬で発動させたのか。なんて力・・・。なんて判断力・・・。俺は【聖者】の力と頭脳を見誤っていたみてぇだな」


アランフェスは【聖者】の強さを認めた。【聖者】は間違いなく自身よりも強者である。そう認めたのだ。


「俺の魔法の威力じゃあ、この馬鹿げた防御力の結界からは出られねぇ。つまりは、【聖者】と同じ空間に閉じ込められたってわけだ・・・。さて、とりあえず生涯最大級のピンチってわけか。・・・どうすっかな」


【聖者】の規格外の強さにアランフェスは思わず天を見上げた。

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