第6話 忍び寄る恐怖①


魔族。それは人類と敵対するように神に設計された種族である。特徴として紫色の瞳、額に生えた二本の角、そして絶えず増幅する人類に対しての悪意などが挙げられる。


極僅かな例外は存在するものの、基本的に全ての魔族は人類に対して純粋な悪意を抱いている。その悪意に理由はなく、魔族は生まれるとともに人類に対して悪意を抱くのだ。魔族とはそういう生き物なのである。


そして、ストロノーフをはるか遠くから監視していた男もまた、魔族であった。男の名はアランフェス。絶大な魔力量を誇る上級魔族の一人である。その証拠として二本の角は漆黒に染まっている。


「しっかし、まさかこんな田舎にあの【聖者】がいるとはなぁ。まったくの予想外だぜ」


ストロノーフを警戒しているようなその口ぶりとは反対に、アランフェスは笑みを浮かべていた。それは決してストロノーフに対する油断などではなく、己の確固たる実力に対する自信の表れだった。


「だが問題はねぇ。いや、むしろチャンスとも言える。ここで【聖者】を始末すれば、かなり事を進めやすくなるからな。【聖者】の殺害は至難の業だろうが・・・俺ならあいつを始末できる。俺ならこの場面を華麗に乗り越えることができる。いつだってそうだった。俺の起源能力オリジンがあればどんな奴だって倒せた。相手が強いだとか弱いだとかは関係ねぇのさ」


起源能力オリジンとはその人物固有の特殊能力である。極一部の生物しか所持することのできない天恵とも言える。起源能力オリジンには多種多様な能力が存在し、その共通点はたった一つ。


通常の魔法とは比べ物にならないほど強力な力であること。世界に名を轟かせる人物のほとんどはこの力を持っていると言われているほどに起源能力オリジンとは強力な力なのだ。もちろん、【聖者】として名を馳せるストロノーフもその力を宿している。


そして、起源能力オリジン所有者の間には共通の認識が存在する。それは、起源能力オリジンの能力相性次第で実力差など関係なく勝敗がつくことである。


「やってやるぜ。『ヒューバッハ戦線』じゃあ、勇者パーティから逃げ隠れることしかできなかった俺だがよぉ・・・。起源能力オリジンに覚醒した今の俺は一味も二味も違うぜぇ。始末してやるよ、俺の『忍び寄る恐怖ステルス・オーダー』でなぁ。【聖者】、ストロノーフ・ユニオンさんよぉ」





一つの集落を築いていたオークキングやオークの大群を殲滅した俺は、後方で待機しているリリスとトロンさんに合流した。


「すごかったです!ご主人様!!」


「いや~、さすがはストロノーフさんっす。たった一つの魔法で集落のオークを軽く殲滅するなんて、まじやばいっすよ」


二人の純粋な尊敬の眼差しに少し照れくさくなった俺は誤魔化すように話題を変えた。


「はは、ありがとうございます。そう言ってくれると嬉しいです。・・・さて、討伐は終わりましたが、一応オークの集落の探索をしましょうか。まだオークが残っている可能性もありますし、被害者の遺品などが見つかることもあります。最悪の場合、被害者がいることも・・・」


俺の言葉にトロンさんは快く頷いた。


「そうっすね。オークの死体処理のために雇った冒険者たちが到着するにはまだ時間があるっすから、軽く集落の探索でもしましょうか」


「うぅ、そこら中にオークの死体が落ちてて・・・なんだか落ち着かないです」


「そうっすか?僕はもう慣れたっすけど、確かに冒険者ではない女の子には厳しい光景っすね。無理はしなくていいっすよ」


「いえ、常にご主人様の傍にいるためにはこれしきのこと、耐えなければなりません。私も慣れて見せます!」


「いい意気込みっす!じゃあ探索に行きましょう!」


「はい!」


オークの集落に向けて二人は元気よく歩いていく。その後ろ姿を見た俺は思わず笑みをこぼした。冒険者としての活動、そして前を歩く仲間という状況が、勇者パーティとして活動してた頃の記憶を刺激したからだ。


懐かしく素晴らしい、仲間との思い出。


『ほら皆!ビビッてないで行こうぜ!!竜の巣の探検だ!!きっと楽しいぞ!!!』


『ちょっ、ユウキ!あぁもう、竜の巣は超危険区域よ!こんな簡単に探索していいところじゃないのに・・・。ドグマ!ぼさっとしてないでユウキを止めなさい!』


『がっはっは!まぁいいじゃねぇかカミラ。ユウキが竜の巣を探検すると決めたんだ。ならきっと、竜の巣は探索すべき場所なんだよ。止める理由なんてねぇ。腹くくってユウキに着いていくぞ』


『もう!・・・ストロノーフ。あなたなら私の言っていること、分かるわよね。一緒にあのバカ二人達を止めるわよ』


『いやいや、無理だろ。あの二人を止められたことが今まであったか?ないだろ?ならドグマの言う通り、腹をくくるしかないんだよ』


『うぅ~、分かったよ!私も着いていくわよ!私だって勇者パーティの一員よ!やってやろうじゃない!』


『お~い!カミラ!ストロノーフ!はやく行くぞ!!』


『はいはい!今行くわよ~!!ほら、行きましょう?ストロノーフ』


『あぁ、行こう』


魔王率いる軍勢との厳しい戦いの日々。辛いことは数えきれないほどあったが、それと同様に楽しい思い出も数えきれないほどあった。そんな日々の記憶だ。


しかし、戦いの日々はもう終わった。これからは楽しい思い出を作るのみ。・・・そのはずだったんだが―――。



―――まったく、人生とはそれほどうまくいかないらしい。



「ぐはっ・・・!」


突如として体に走る衝撃。ドスッ・・・と鈍い音が体の内側から聞こえると同時に、俺は苦しげな声をこぼした。この音の正体を俺は知っている。戦いの日々で何度だって耳にしたことがある音だ。・・・体が何かに貫かれる音。これが音の正体。


「・・・ゴフッ・・・!」


俺は吐血した。深紅の液体が目の前の地面へと落下する。自身の体を見下ろすと、腹にぽっかりと大きな穴が開いていた。やはり、なんらかの攻撃によって俺の体は何かに貫かれたのだろう。


俺の異常に気が付いたリリスとトロンさんは大きく目を見開いている。


「【聖者】。てめぇの最期を見られて、俺は幸せ者だなぁ。あの世で魔王様によろしく頼むぜぇ」


どこからか、声が聞こえた気がした。

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