幽霊屋敷の聖職者~人付き合いが面倒になった元勇者パーティの聖職者、隠居した家は幽霊屋敷でした~

雨衣饅頭

序章

プロローグ

魔王城。人類にとって最大の脅威であり、絶対悪であり、絶望であり、魔族と魔物を束ねる存在である魔王が住まう城。


ある種の芸術品のように神秘的であり、かつ暗雲が立ち込める漆黒の禍々しさを放っていたその城は魔王の絶対的な強さを象徴するものであったが、今や無残な姿に成り果てていた。


激しい戦闘により城の大部分は崩壊し、燃え盛る炎が全てを飲み込む勢いでまるで生き物のように蠢いている。魔王城が姿を崩していくその様子は、きっと魔族にとっては絶望を示し、人類にとっては希望を示しているのだろう。


そう。ここは魔王城。勇者と魔王が自身の宿命に決着をつける場所。世界の運命を決める場所。そこに今、傷だらけになりながらも俺たち勇者パーティは立っている。満身創痍ながらも、力強く自身の足で立っている。


「魔王グラディウス!!お前ももうここまでだ!!」


荒々しさを含みながらも凛とした声でそう叫ぶのは勇者パーティの堂々たるリーダー、【勇者】ユウキ・ヤヒロであった。勇者という称号を背負う現時点における人類最強。そんな彼の傷だらけなその姿が、魔王の凄まじい実力を物語っていた。


しかし、ユウキは聖剣を魔王に向けながら、傷だらけであることを感じさせない鋭い眼光で魔王を見据えている。その勇者の戦意に呼応するように、彼の持つ聖剣は七色の光を放つ。


「最後まで気張れよお前ら!!今日ここで、今までの戦いに終止符を打つんだ!!」


ユウキに続き仲間を鼓舞するのは大柄の戦士。誰よりも体が大きく、誰よりも力強く、そして誰よりも仲間を守る盾になってきた男、【守護者】ドグマ・ガランであった。


その強靭で大きな体格に引けを取らないほどの大きな盾と斧を持ちながら、今もなお、誰よりも力強く地面を踏みしめ魔王の攻撃に備えている。


「もうあんな悲劇は起こさせない!!ここであなたを倒し、みんなに平和を届けるのよ!!」


災厄と称される魔王に対して自身の覚悟を語るのは勇者パーティの魔法使い。紅一点の麗しきエルフ、【賢者】カミラ・エルフィードであった。


体の至る所から血を流しながらもその麗しさは変わらず、凛とした表情で魔王に向かって杖を構えている。魔王との戦闘が佳境に入る中、いまだにその体には魔力が満ち満ちていた。


「お前の悪行も今日で終わりだ!神に託された力により、お前に神罰を下す!!」


そして最後に、魔王に対して面と向かって啖呵を切る男。勇者パーティの聖職者、【聖者】ストロノーフ・ユニオン、つまりは俺だ。


神に託された聖なる力を体に漲らせ、俺は強い警戒のもと魔王を睨みつける。たとえ何があってもこの魔王だけは今ここで倒さなければいけない。その強い思いを原動力に、疲れが蓄積された体に力を入れ直す。


そんな俺たち勇者パーティと相対するように、怪物が立っていた。


俺たちの猛攻によりボロボロになった体からはいまだに強大で禍々しい魔力が放たれており、決して油断はできないと俺たちに思わせるほどの力を感じる。闇のような漆黒の瞳は恐怖を、引きずり込まれそうな禍々しい魔力は絶望を、勇者パーティを相手に堂々たるその姿は畏怖を感じさせる。


この怪物こそが災厄と称される魔王、グラディウス。正真正銘の強者で絶対悪。世界を滅ぼそうとするその邪悪な意志は、今もなお増幅を続けており、留まることを知らない。いや、留まることができないのだろう。


『追い詰めたつもりか・・・。なめるなよ!!勇者ども!!!お前たちに勝利はあり得ない!!!なぜなら我が・・・魔王だからだっ!!!』


その台詞とともに、魔王の体から放たれていた禍々しい魔力は収束を始め、魔王の体に集まり始めた。


今までとは一線を画す強大な攻撃が魔王から放たれる。そう悟った俺たちはそれぞれ最善の行動をとり始める。


「『風神の鎧』!!」


まず最初に動き出したのは魔法使いのカミラであった。俺たちの数歩前に立つ戦士ドグマに対して補助魔法である『風神の鎧』を唱えたのだ。カミラの体から溢れ出した魔力が風となり、ドグマの体に鎧のように纏わりつく。


『風神の鎧』は対象者の防御力を高める魔法。人類最高の魔法使いであるカミラが使用すれば、その効果は計り知れない。一見ドグマに纏わりつく風はやわに見えるかもしれないが、ユウキの攻撃でさえその防御を破ることは難しい。


「『極収束』!!」


戦士ドグマは『風神の鎧』の他に自身にさらなる補助魔法をかけた。その補助魔法の名は『極収束』。相手の攻撃を全て自身に収束させる魔法である。この時点でドグマは覚悟を決めた。魔王の攻撃を一人で受け止める覚悟を。


勇者であるユウキと聖職者の俺は防御をドグマに任し、反撃のときを待つ。おそらくこの攻撃を放った後、魔王の力は弱まるはずだ。そのとき確実に魔王を仕留めるために、ユウキと俺はドグマを信じ、そのときを待つ。


これで魔王の攻撃を防御するための準備は整った。


その直後、魔王の魔力は収束を終える。ただでさえ強大で禍々しかった魔力が極小の球に収束されたため、その球には信じられないほどのエネルギーが秘められていた。まさに絶望を体現したような、暗黒がそこにあった。


おそらく魔王グラディウスは最後の力を振り絞ったのだろう。


『これで勇者パーティも終わりだ!!ぬぅおおおおおおお・・・!!!暗黒凶魔弾!!!!』


魔王グラディウスから魔弾が放たれる。補助魔法『極収束』によってその魔弾は吸い込まれるように戦士ドグマへと向かう。そして、ドグマの構える盾にその魔弾が衝突した。


「ぐぉおおおおおおおおお!!!!!!」


凄まじい衝撃がドグマを襲う。構えていた盾はすぐに崩壊をはじめ、もはやドグマ自身の体で魔弾を受け止めていた。


「うおおおおお!!!・・・おらぁっ!!」


かなりの距離を後退しながらも、体中の骨を折りながらも、多量の血を流しながらも、ドグマはその攻撃を耐えきった。耐えきって見せた。その姿はまさに不動、まさに剛健、まさに守護者であった。


その隙に聖職者である俺は魔王に攻撃を仕掛ける。魔王は今、確実に弱っている。これ以上ないチャンスだ。


俺は迷わずに自身の切り札を切ることにした。本来神にしか形成することのできない領域を、膨大な魔力と引き換えに展開するのだ。


「『簡易聖域』!!!」


『ぐぉおおおおおお!!!!』


俺は魔王を囲むように結界魔法『簡易聖域』を発動させた。魔王とは邪悪な意志の塊。聖域に囲まれるだけで叫び声を浴びるほどのダメージを受けている。


しかし、『簡易聖域』の効果はこれだけではない。聖域とは聖なる空間。邪悪な力を弱めるだけでなく、聖なる力を持つ勇者の能力を向上させることができるのだ。


「これで終わりだ!」


ユウキは聖域によって向上された能力で魔王の元へ駆ける。数々の傷を負っていることを感じさせないほどの速度だ。


そして、遂にその時が来た。俺の、勇者パーティの、人類の悲願の時だ。


「うおおおおおお!!!『神聖斬』!!!!!」


『ぐぁああああああ!!!!』


ユウキの聖剣から放たれた聖なる一撃が魔王を飲み込んだ。


『まさか・・・この我がっ・・・』


その言葉を最後に魔王は消滅した。その瞬間、魔王城周辺を囲っていた暗雲は嘘のように晴れ、禍々しかった魔王城に光が差し込んだ。


そう。俺たち勇者パーティは遂に魔王を倒したんだ。





その後は怒涛の展開だった。象徴的存在である魔王を失った魔族たちの多くは人類に討ち取られ、生き残った少数は姿を消した。また、魔王に操られていた魔物たちは統率が取れなくなり、いとも簡単に人類に殲滅された。


人類は平和を手にしたのだ。


一人も欠けることなく魔王を討伐した俺たち勇者パーティは、魔族や魔物を殲滅しながらユウキと俺の出身地であるグレゴリオ王国の王都へと帰還した。


あの日は本当に素晴らしき日だった。


俺たちが王都に一歩踏み入れば大歓声が沸き、多くの人々から感謝の言葉を伝えられた。その中には各地で共に戦った戦友たちもいて、ともに酒を飲み喜びの涙を流した。


それから俺たちは魔王討伐の報酬をグレゴリオ国王から受け取った。莫大な富と大いなる名声だ。


他国出身のドグマとカミラを除き、ユウキと俺は望めば貴族の地位を手に入れることもできた。しかし俺たちは自由を望んだため、その地位につくことはなかった。結果として俺たち勇者パーティは共通して莫大な富と大いなる名声を手に入れることになったのだ。


その後、ユウキは王都でパン屋を営む幼馴染と結婚。今では有望な若者たちに稽古をつけながら、妻となった幼馴染とともにパン屋を営んでいる。ちなみにそのパン屋では勇者パンというパンが大人気らしい。俺も食べたことがあるが、あれは絶品だった。ネーミングセンス以外は完ぺきなパンと言えるだろう。


また、ドグマは自身が生まれたヴァルド帝国へと帰還し、そこで皇帝直属の近衛兵になったそうだ。ドグマの実力は近衛兵団の中でもダントツで、それを見込まれて他の近衛兵の育成を任されているらしい。ドグマが近衛兵になってから数年たった今では、皇帝直属の近衛兵団は世界で最も強い集団になっていそうだな。


カミラも故郷であるエルフの国、ティターニアに帰還した。なんでもティターニアのお姫様に魔法を教えているようだ。そのお姫様も相当な才能があるようで、最近会ったときに数十年あれば自身を超えるだろうとカミラは言っていた。人間からすれば数十年なんて相当な年月だが、エルフにとっては数年程度なのだろうか。


そして俺はと言うと、一聖職者として慎ましく生きようと思っていた。しかし、いつの間にか王都のエルミナ教会本部の大司教の地位についていた。エルミナ教会とは唯一神エルミナを信仰する組織であり、世界で最も大きな宗教団体と言ってもいいだろう。


その本部はグレゴリオ王国王都に存在し、毎日多くの信仰者たちが王都を訪れる。俺ももちろん、聖職者としてエルミナ教会に所属していた。


そんな巨大な宗教団体の本部の大司教の地位など、下手な貴族よりも権力がある。その地位に何故か俺はついてしまった。俺の意志とは関係なしに。


たくさんの友人や王都の住民、また、数多くのエルミナ教の信者たちが俺を本部の大司教に推薦していたらしく、その思いを考慮すると大司教となることを断ることはできなかったのだ。


そして俺はエルミナ教会本部の大司教として平和になった世界を生きるようになったのだが、それから数年後、ある一つの強い思いを俺は抱いていた。その思いとは―――。



―――大司教をやめて隠居したい。



数年間大司教を務めた俺は、このような思いを抱くようになっていた。一番大きな理由は人付き合いが面倒になったからだ。


エルミナ教会本部の大司教は大きな権力を持つ。そのため、その権力目当ての貴族やら商人やらと嫌でも繋がりが出来てしまい、面倒な会食やパーティに出ることが多々あった。教会の顔に泥を塗らないためにも、断ることは出来なかった。ユウキとは違い、大司教という立場が俺に自由を許さなかったのだ。


俺は困っている人々を助けたいという思いでエルミナ教会の聖職者となった。しかし、貴族や商人との会食や大司教としての仕事に追われる日々。これでは困っている人々を助けるという聖職者になった当初の思いを全く叶えられそうもなかった。


だから俺はさっさと大司教をやめて隠居することにした。


もちろん周囲からは反対された。だが、俺の後続となる人物の育成、仕事の引継ぎ、数年で培った人脈による貴族への根回し。これら全てを完璧に行い、反対意見を押し切った。


隠居したいという強い思いを原動力にすれば、辞めようと決めてから僅か一年で大司教の地位を降りることができたのだ。ただ、さすがに大司教をやめ一介の聖職者に戻るというのは無理があるようで、俺は大司教という立場からエルミナ教会の特別顧問という立場に変わった。


特別顧問と言っても具体的な拘束力はない。【聖者】という俺の名を教会に残しておくことが目的の役職なのだろう。それならば遠慮なく隠居させてもらう。


王都で世話になった人々にその旨を伝え感謝を告げてから、俺はグレゴリオ王国の最南端に位置する中規模の町、ニューリオンに引っ越した。穏やかで犯罪率も少ない良い町であり、隠居にはもってこいの町だろう。隠居に飽きたら王都に戻ればいいしな。


町に住むにあたって、その町にあった無人の屋敷を購入した。ちょっとした贅沢のつもりだった。しかし・・・このときの俺は、購入した屋敷にあのような秘密があるなんて思いもしなかった。俺の人生は屋敷を購入したことにより、さらなる展開を迎えることになったのだ。




「みんなー!この屋敷に新しいご主人様が来るよー!!」


メイド服を着た少女が元気に屋敷を走り回る。


「おやおや。それは嬉しい報告ですね。今回のご主人様はいつまで住んでくれますかな?」


執事服を着た男性がコーヒーカップ片手にニヤリと笑う。


「ひゃっはー!!俺はどんな野郎が来ようと!屋敷を綺麗に維持するだけだぜー!!」


火のついた蝋燭が楽しそうに踊る。


「私の使命はこの屋敷を守ること。無法者なら斬るのみ」


中身のない全身鎧が剣を振る。


俺がその屋敷へ向かうと―――。


俺がその屋敷の扉を開くと―――。


「お帰りなさいませ!!!ご主人様!!!」



―――メイド服を着た半透明の少女が、俺を出迎えた。



そう。俺が隠居した家は幽霊屋敷だったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る